第18話 配信モンスター、Dr. こはく!!

 園田ひなたのVTuberデビュー配信は、想像以上の大成功を収めた。


 新たな姿――マッドサイエンティスト系VTuber "Dr.こはく"。

 狂気と知性をはらんだ白衣姿、瞳に光る理不尽な科学の閃き。

 設定は、研究室を追放されたマッドな科学者が、秘密結社AssaXの総帥・黒羽ヨハネに拾われて活動を始めた、というものだった。


 あんこは、配信を裏で見ながら思わずつぶやいた。


「……現実と同じじゃねーか」


 そう、前の事務所が潰れた園田が、新たな事務所・ニジライブに拾われたのは、まさにその設定と一致していた。


 デビュー配信は見事だった。

 もともと園田は活動歴があり、再デビューでも動じる様子はなかった。

 進行もトークも堂々としていて、あんこの初配信時とは明らかにレベルが違っていた。


 コメント欄も盛り上がっていた。


「Dr.こはく、ヨハネ総帥よりなめらかで草」

「ヨハネは総帥なのに後輩に押されてて泣いた」

「これが本物の配信者か…」


 モニターを見ながら、あんこの眉がピクリと跳ねた。


「……うっさいわ!!」


 そしてクライマックス。

 あんこもサプライズ登場を果たしたのだが――


「え? この薬飲めって? ……え、えぇぇっ!?」


 園田演じるDr.こはくの作った謎の薬を飲まされ、ちっこくされるヨハネ総帥。

 いつもの威厳も吹き飛び、視聴者からは爆笑の嵐。


「ちっちゃ!かわいい!総帥ェ!」

「威厳どこ!?ってか誰このシナリオ考えたの」


「……ほんとだよ。誰だよこれ書いたやつ……」


 と、あんこは裏で本気で嘆いた。


 とはいえ、実際の配信の同時接続数では、やはり話題性もあり、あんこのヨハネの方が上だった。

 それを理由に、あんこは園田を煽りまくった。


「ふーん、最初の数字はこっちの勝ちだね?

 初動って大事だからね? 総帥としての威厳かや?」


 だが、その優位性は、たった一か月であっさりと崩れた。


 園田は、狂っていた。


 毎日10時間以上の配信。しかもクオリティは高く、飽きさせなかった。

 雑談、ゲーム、歌、工作――何でもこなす配信モンスターと化していた。


 その姿は、まさに“狂気の科学者”そのもの。

 ファンは日に日に増え、登録者数は右肩上がり。


 一か月後――


「……追い抜かれてんじゃん!!」


 叫ぶあんこ。


 対して園田は涼しい顔で言った。


「おやおや総帥? 数字に負けて威厳も失ったんですか?」


 ぐぬぬと歯ぎしりするあんこ。


 ただ、視聴者たちにはうっすらと分かっていた。

 ヨハネの配信には、まだ緊張感と"いい子ちゃん"感が残っていると。


 本気のヨハネは、まだ壁をぶち破れていなかった。


 配信業界において、数字がすべてではない――

そんなのはきれいごとだと、あんこは思っていた。


 コンテンツの質も、トークの回しも悪くない。なのに、なぜ。

 ――きっと、何かが足りていない。


 園田に追い抜かれてからというもの、あんこは静かに、しかし確実に焦っていた。




 そんなある日のことだった。


「ヨハネ、コラボするねぇ」


 懐かしい、あの独特のゆるいイントネーション。

 声の主は、一世を風靡し、いまも大人気のレジェンドVTuberの一人、みこだった。


「え、ええっ!? み、みこ先輩!? いきなり……」


「ふふ、いいでしょ?」


 あんこは思わず頷いていた。

 これはチャンス。数字も、経験も、何か突破口になるに違いない、そう思った。

 企画の内容は"ゲームコラボ"だと聞いていた。


 安心した。少なくとも、ネタには困らない。


 ……しかし、当日、用意されたサムネイルを見た瞬間、血の気が引いた。


『ヨハネ、懺悔会します。』


「は???」


 画面の前で硬直するあんこ。

 そんな彼女の元に、みこから短いメッセージが飛んできた。


「今の悩み、話してみて?」


 それは、優しくもあり、鋭くもあった。


「……えええぇぇぇ……!? そ、そんなの話していいの……?」


 迷った。

 こんな個人的な話、言っていいのか。

 視聴者はどう思う? ファンは離れないか?


 でも――何も考えずに口にできるような面白話も、今の自分にはなかった。


 なら、逃げるか?

 否。

 やるしかない。ここで逃げたら、もう自分は総帥なんて名乗れない。


 あんこは深く息を吸い、腹を決めた。


「……やってみます」


 向かう先は、みこ先輩の配信。

 そこは懺悔の場であり、ある意味で“告白”の舞台でもあった。

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