11 問題の日の訪問者
健康診断が明日だというのを、家族には言ってない。
その日の夜。
風呂の入り方を普段と変えてみた。
体を洗うのも、泡を流すのも、全部冷水。何をするにも冷水。だって、こういうのぐらいしか、やりようがない気がしたしね。
ぬる過ぎて冷たいと言った方がいいくらいの風呂に浸かって、このあと入るお兄ちゃんやお姉ちゃんのために追い
一切温まらずに体を拭く。
でもまあ、髪も体もしっかり拭いた。
鏡を見たら、唇が紫になってた。これ、見られたら絶対変に思われちゃうよ。
普通の色に戻れ~って少し待ってから、洗面所を出た。
リビングの温度は適切。二十七度くらいかなあ。
そこを通り過ぎて、すぐに部屋へ。戻るとクーラーを利かせた。
これでも詰めが甘かったりして?
そう思ってからも、適当にデザインの本を読んで時間を潰したけど、その際水分を取らなかった。
あまりトイレに行かなかったし、少ししてから歯磨きをして、おやすみの
それから部屋に戻ったら、いつものマギウトの練習だ。
芯を対象としたマギウトによる念動や増加、拡大縮小、強度操作の練習をした。特に今日は強度変更の一環として、硬化・軟化を頑張ってみた。
まずシャー芯を細長い蛍光灯のような大きさに。で、それの硬度を変える。
それの端と端を両手で持って、膝蹴りで壊れるか壊れないかをチェック!
これ、最初はすぐに壊れたんだけど、だんだん硬くできてきてるんだよね。
鉄棒くらいにはできたらいいんだけどなあ、強度。
軟化させて衝撃を与えるとすぐにボロッとなるのも、何かに使えそうなんだよね。そういうのも練習してる。
このベッドの上での膝蹴りチェック練習を――やりながら考え事をした。
あの時。
ん? あの形状の場合、一個とか一枚って言うべき? まあいいか。
とにかく。
あれは――できると思ってなくて、それでもやるしかなくてやったけど――怒りに任せて一気に念じたからできたんだろう。
たとえるなら、自転車を限界以上の力で
思っている以上の力を出すなんて簡単にはできないけど、ペダルに乗る力が一気に強まると、車輪の回る速度が急に速くなる、そして同時に一気に疲れる。サクラへの意識の行き渡り方が強くなったことで成長速度が急加速したみたいに意外にもできてしまったけど、身動きが……。その分疲れた、って感じ。
安定した走りでできたことではないってことだ。
短距離でしかできないこと。長続きしないこと。
あんなやり方に頼ることはできない。危ないんだと思う、あのやり方は。
あの時目の前が白んで、身動きできず無防備になったのがいい証拠。
この力は特別。
だからこそ色んな問題も抱えている。
それを気にしないでいられるようにするには、
あんな状態に陥ることがないように練習しよう、僕はひたすらその想いを念頭に置いて、マギウトを行った。
そして
練習をしたあとは、部屋のクーラーを
寝る時は、自分の体にタオルケットすら掛けなかった。毛布が必要なほど部屋を冷やしているのに、だ。
健康診断当日。
朝の小鳥のさえずりが届く中で、僕は身を起こした。
左右を見る。視界は悪くない。
それぞれの手で、逆の二の腕を同時に触ってみた――自分を抱えるみたいに、さすりさすりと。
体は冷えてる。
これはクーラーのせい? まあ寝る時寒かったもんね。狙い通りではあるんだけど。目的達成はできてるのかなあ。
関節が痛いなんてこともないし、めまいもない。吐き気や頭痛もない。腹痛もない。
ピンピンしてる。
あれだけやったのに、嘘だろ。くそっ。これじゃずる休みになっちゃうじゃん。
いや、意図して体調を悪くしてる時点でそもそもずるではあるけど――それはまあ置いといて。
熱もない。
鼻水も出てないし……一体どうすれば。どうすれば――!
悩めば悩むほど、どうしてか興奮してしまう。自分の心音も、なぜか大きく聞こえた。
このままじゃ僕は……。想像してしまって、それだけで身震いした。
とにかく何かしないと、何か……。
洗面所で水を……いや、風呂場で冷水のシャワーを……。
色々と考えてから、『ああ、その前に』と、机にあるリモコンを取って、クーラーを停止させた。
部屋が冷え過ぎたことに気付かれても嫌だし、今度は寒暖差で自分を苦しめてみることに。
よし、と思いカーテンを開けてから、部屋を出てリビングを通り過ぎようとする。
と、お母さんが僕を見付けて
「あんたどんだけクーラー利かせてんの?」
マジか、バレてた? それとも今バレただけ? どっち? え、どっちなの?
僕が何か言う前に、お母さんは話し続けた。
「部屋から冷気が
バレてたんだな、そりゃ変に思うわな――と思ってから僕は。
「鮮度が保たれるね、あ、老いによかったりするのかな」
「鮮度ぉ? 人が心配してるってのに、もう」
「分かってますって」
と、冗談に終止符を打ったその時だ、体がぶるぶる震えた。
「でもなんか今日、いつもより寒いよね」
と、僕が洗面所に向かおうとすると――
お母さんは、「え? そんなに寒い?」って言って辺りを見た。
「あ!
お母さんは突然、僕に駆け寄ってきた。
何だ? と思っていると、顔をまじまじと見られ、額に手を当てられた。
「ちょっと心配ね」
と、お母さんが独り言を目の前で。
あ、そうか。
僕はやっと気付いた。
今、感覚が鈍ってるんだ、その上で体は冷やされてて、自分に熱があるかどうか、自分では分からなくなってたんだ。
そう思ったら、何だか段々、体がだるくなってきたぞ……。
「体温測ってみて」
と、体温計をお母さんが持ってきた。
受け取って脇に挟み、しばらく待つ。
ピピピとお知らせが鳴って数値を見てみた。「あ」
「え? 何度?」
お母さんが聞いた、朝食作りの片手間に。
僕は体温計を見せてやりながら。「三十八度七分」
「ほらあ……あんなにクーラー利かせるからあ……」
「そんな利かせたつもりなかったんだけどなあ」
僕が首をひねりながら部屋へ戻ろうとすると、お母さんが。「今日は休んでね、外に出ちゃ駄目よ」
「ああ、うん、まあ大人しくしとくよ。ご飯食べたら寝るわ、なんか目も熱くなってきたし、だるいし――」
「そうそう、熱があるんだから、安静第一」お母さんはそう言って、黒い皿にトマトと出汁巻き卵を盛っていた。
話は終わった。
どうやら作戦が功を奏した、一時は失敗したかと思ったけど。
ホッとしながら洗面所へ行き、うがいをしてからシャツを脱いだ、汗まみれだったからね。
部屋で新しいシャツを着てから、食卓に着いた。その頃には鼻水が出始めてた。
そこへお父さんが起きてきた。「おはよう」
同じ言葉を、僕とお母さんが返したあとで、お母さんが話した。「
「なんだお前が夏風邪か? 珍しいなぁ。体調管理しっかりしろよ?」
お父さんがそう言った。
『何の事情もなけりゃ風邪なんて引きたくないし』『普通に心配してくれてるし』という本心から、「うん、しっかりするぅ」と僕は返事。
「クーラー利かせ過ぎたのよこの子」というお母さんの声が聞こえた。
「何してんだ、そこもしっかりしろ?」
「はぁい」
そのあとで、ぞろぞろと――お兄ちゃんとお姉ちゃんが起きてきた。
朝のみんな。家族みんな。普通の生活をしてる。
みんなのために――マギウトのことに巻き込まないために――僕は、白い嘘を
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