一年生 はじめてのダンジョン(準備)


 学期末試験は早々に終了した私達。実技の殆どは授業中に終わっている事を思えば、座学の試験だけなんてすぐに終わっても当たり前なんですけれどね。


「試験が終わったか、ではダンジョンに行くぞ」

「え? お養父様おとうさま、ダンジョンって……」

「お祖父様、わたくしもダンジョンに行ってよろしいのですか?」


 領地と王都を行き来しているお養父様ですが、先週到着してからはゆっくりしていると思いましたが、まさかダンジョンに一緒に行ってくださるのでしょうか。

 え? 辺境伯閣下だった人がダンジョンに行くんですか?


「其方らは二人とも銅ランクのカードを持っているだろう? 銀ランクに昇格するには初級ダンジョンのソロ踏破が必要なんだ。上級以上は銀ランクでないと入るのに手続きが面倒だからな。

 さっさとソロ踏破して、銀ランクになってゲルシイに行くぞ。ヴィオは大容量のマジックバッグが欲しいと言っていただろう?」


 ゲルシイは通称魔道具ダンジョンと呼ばれるダンジョンで、マジックバッグが欲しい人は必ず潜ると言われています。確かに自分のマジックバッグが欲しいとは言いましたが、こんなに早くその機会が?


「お祖父様、ゲルシイは遠いですわよ。七週間でダンジョンに潜っての往復は厳しいですわ」

「はーっはっはっは、大丈夫だ。馬車はダンブーリ殿に素晴らしい箱を借りたしな、馬はホースヴァルルを連れてきている。アンヤは多少急ぐことになるが、其方らも魔獣との対峙はしたことがあるであろう? 実地訓練はゲルシイですればよい」


 ホースヴァルルはプレーサマで飼っている魔馬で、戦う事も出来る素晴らしい馬です。馬車を曳くのも普通の馬の倍以上の馬力があるので、確かにそれならスピードは相当なものだと思います。

 ただ、全く聞いていませんでしたので、私もリアもポカンとなってしまっていますけどね。


「大旦那様、お客様でございます」

「おお、来たか」


 そうこうしているうちに、お客様がいらしたようですが……。

 開いた扉から入ってきたのはルタ君でした。


「ケーテはリアだけを守れば良い。ルタはヴィオを守る事だけを考えてくれ。だが二人にとっても訓練だからな、あまり手を出し過ぎずによろしく頼む。

 さて、それでは準備が出来次第出発しよう」

「えぇっ!? 今日出発ですの?」

「直ぐに用意してまいります!」

「はっはっはっは、出来るだけ早く出た方が学生たちで混み合わぬであろう? 仮眠は馬車でとれば良い」


 お養父様は本当に言葉が色々足りなさ過ぎると思います。はっはっはじゃないんですよ。

 少々呆れながらも、初めてのダンジョンに浮足立っているのを感じます。マリッサに笑われながら自室に戻り、大きな旅行鞄二つ分の容量がある背負型マジックバッグに必要なモノを詰めていきます。


「マントは学園の物を使うのよね?」

「ええ、学生時代は必ず着用をするように言われておりますわ」


 防汚、温度調整、物理防御、魔法防御の魔法陣をチクチクと時間をかけて刺繍したマント。これだけでもそれなりの防具になることを思えば納得ですね。

 水袋を二つ、毛布、ロープ、手拭を数枚、スコップ、解体ナイフ、ランプ、ボロ布、油は瓶に詰めたものを二本。


「ゲルシイは11階からは豊作だったわよね。油の木もあるのかしら」

「どうだったでしょうか。あそこは30階層からなりますから、もしかしたら20階までは無いかもしれませんわ」


 だとすれば油は足りないかしら。いや、料理はスープくらいしか出来ないと聞いているし、油はいらないかもしれないわね。一本だけにしておきましょう。採集用の袋――は足りないから現地で購入しましょう。回復薬も一応数本ずつは入れておきましょう。

 それから裁縫道具、木製の食器類――はやっと使うことが出来るのね。

 調理道具は母さんが使いやすいと選んでくれた重ねられるものを購入しているので、これを持っていきましょう。


「結構な荷物になるわね。着替えは【クリーン】があるからいらないとして……」

「お嬢様、町に到着した時は宿に泊まりますわ。その時には冒険者装備ではございませんので、街着と室内着の二着はお持ちくださいませ」


 そっか、ダンジョンだけで過ごすわけじゃないものね。

 貴族令嬢らしい装いではなく、動きやすい街着と室内着も入れたらかなり一杯になってしまいました。


「マリッサ、ここにテントと食料も入れるのよね? 入りそうにないわ」

「お嬢様、ダンジョンの場合は共に入る人と荷物を分けて入れることが多いのです。はぐれた時用に多少の行動食などは各自持つ必要がございますが、テントなどは最悪無くてもマントに包まって寝ることが出来ますので、容量が大きい鞄を持っている人が持つことが多いのです。今回は大旦那様がお持ちだと思いますわ」

「ああ、確かにそうよね、ありがとう。初めてのダンジョンで緊張しすぎているのかもしれないわ」


 いつでもダンジョンに行くことが出来るように、何度も荷物の出し入れ練習をしていたのに、いざ本番となると戸惑ってしまうものなのですね。

 荷物の準備を終え、冒険者装備に着替えれば、皆が待つ応接室に向かいます。リアはまだ到着していませんでしたが、ルタ君だけが所在無さげにソファに座るでもなくウロウロしていました。


「ルタ君、お養父様は?」

「あ、ヴィオ様。閣下は馬車の準備をしてくると厩舎に向かわれました。閣下ご自身が馬車の準備をなさるとは思ってなかったんですが……」


 ああ、手伝うと言ったけど、私が戻ってくるだろうからここで待つように言われたんですね?

 ホースヴァルルはお養父様の愛馬だし、新しい物が大好きな人だもの、ドゥーア先生からお借りした馬車を触るのも楽しみにしていらっしゃるのでしょう。


「リアはもう少し時間がかかると思いますから、私達も見に行ってみましょうか」


 そう声をかければホッとした様子のルタ君。まあ貴族の屋敷の応接室に一人でいるとか緊張しかないでしょうね。

 連れだって玄関を出れば、すぐ目の前にとても大きな馬車がありました。ホースヴァルルも既に二頭繋がれており、一頭は交代要員なのか、馬車に繋がれることなく、それでも大人しく馬車の傍に佇んでいます。

 馬の鼻先を撫でれば、ブルルン、ブヒヒンと熱い鼻息で答えてくれます。彼らはとても賢く、勇敢で、可愛らしい馬さんなのです。

 三頭の魔馬たちと戯れたところで、お養父様が出てこられました。


「おお、もう準備が出来たのか?」

「ええ、夏休みにはダンジョンに行くつもりでしたし、何度か練習していたのです。お養父様、テントと水樽はどうすればよろしいでしょうか」

「おぉ、テントは儂が持っておるのを使おう。水樽はケーテとルタが其々二樽ずつ持っていくことになっている。ゲルシイではもう一組儂の可愛がっている冒険者が待っておるからな、そいつらと合流して潜るから、そっちも気にしなくていいぞ」


 お父様の可愛がっている冒険者といえば、〔土竜の盾〕の皆もそうですし、サマニア村出身の〔サマニアンズ〕もそうですね。あとは、騎士団の訓練で時々講師役として来てくれている〔煉獄の砦〕の皆様もですね。ですが、現役冒険者という事でしたら先の二組でしょうか。楽しみですわ。



  

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