グーダンダンジョン 前半


 二人旅は初めてだけど、ダンジョンに挑戦するのはもう慣れたもの。グーダンの詳細は学園にもなかったので、ギルドの図書館へ行って資料を調べることから始めます。


「前後半で高原と森になるんだな。魔獣の種類も全然違うぞ」

「そうだね、薬草系は両方にありそうだから、まずは10階層を目指して潜らない? 

 蜘蛛の糸にマンティスの鎌、ドレイク、スネークは皮が出たら売れるし、低層階で大怪我をする危険性は少なそうだから稼げると思うんだよね」


 乗合馬車でお金は使ったし、きっとこれから先も出費は増えます。今の残金では心もとなさ過ぎるので、まずは稼ぐことを考えて低層階だけを攻略することを提案すればフィルも同意見だったようで、それで調整することにしました。

 私たちの夜営に必須なのは結界の魔道具です。二人だけでは寝ずの番を立てても危険性は変わらないだろうという事で、しっかり結界を張って休息をとることを選びました。


〔煉獄の砦〕の皆にはもう少しパーティーメンバーを増やすことを勧められましたが、私もフィルも属性の問題もあって早々簡単に人を信用できないという事もあります。ましてや私は髪色も隠していますし、これはフィルにさえまだ伝えることが出来ていないのです。来年になればオトマンたちと合流する予定ですし、それまでの修業期間だと思いましょう。


 フィルの武器修繕も終え、ダンジョン泊をするための水樽を含めた準備を整え、いよいよダンジョンへ潜ることとなりました。

 冒険者は水樽、保存食、行動食、回復薬などの消耗品の他、入街料、宿代などの必要経費がそれなりにかかります。フィルの剣のように、武器は使えば修繕も必要となります。普段の手入れを自分でしっかりしていれば修繕費用は少なくて済みますが、それでも5ナイルから10ナイル程はかかります。

〔煉獄の砦〕の皆も、今回の馬車旅では襲撃などがなかったため護衛料金は加算されず、通常通りに馬車代金を支払っていました。


 冒険者は夢のある職業だと思って手軽に挑戦する人も多いそうですが、怪我をすれば働けなくなりますし、家が無ければ宿代がかかって借金を抱えることになるでしょう。意外と大変な職業なのだという事は学園でも教えらえますし、実際に魔獣と対峙して冒険者コースを断念する生徒もそれなりにいたのです。

 イデオンさん達が言っていた「身体が資本」というのは正しく冒険者が大切にするべきことなのです。



 中級以上のダンジョンの場合、ダンジョン入口に受付があります。豊作ダンジョンの低層階は一般の方も入れるだけあって、受付前は行列ができています。


「次の方~」

「〔マンジュリカ〕二名、10階層までで三週間を予定してます」

「二名で10階層ですね。工程表にある通り、最終日を過ぎても5日戻らない場合は捜索隊が入ります。70ナイルの捜索費用が掛かりますのでご注意ください」


 受付担当者から聞き慣れた注意事項を伝えられました。前回のゲルシイの件がありますので、2日で一階層になる可能性を考えて余裕を持った工程表を作っています。10階層まで行けば転移陣がありますので、戻るのに時間はかからないでしょう。


「じゃあ行くか」

「うん」


 気合を入れ直していざダンジョンへ足を踏み入れ、暗闇を抜ければそこは高原でした。


「わぁ」

「おぉ!」


 今まで行ったダンジョンの多くは洞窟だったので、何だか新鮮です。

 二人して少し立ち止まってしまいましたが、まだ後ろから人が来ることを思い出して先へ進みます。

 木札を身に着けた人が採集をしていたり、小さな子供がホーンラビットを追っていたり、結構人が沢山いることも不思議な感じです。


「あんな小さな子供でも本当にダンジョンに入ってるのね」

「そうだな、王都近郊のダンジョンは学生が多くて子供はいなかったから不思議な感じだな」


 流石辺境と言っていいのかもしれませんね。

 1階層は戦闘力のない人たちが採集をする為の場所という事で、冒険者が採集をすることは一応禁止されています。私たちも下まで行く予定ですので1階層は素通りして真っすぐ2階を目指しています。


「それにしてもこないだのゲルシイもそうだけど、高原の場合は目印がないから階段を見つけるのが大変だな」

「うん、だから地図があってないようなものなんだろうね。やっぱり索敵魔法を上達させた方が良いかもね。だけど風魔法の【索敵】って敵の位置を見つけるのは出来るけど、階段とかは見つけられそうにないんだよね……」


 風の抵抗で感知する索敵魔法は敵の位置や大きさなどを見つけることは出来るけれど、階段は飛び出しているものではないですから余程近くに行かなければ分からないのが難点なのです。


「階段だったら俺の影魔法が良いかもしれないな。ただそこまで距離が伸ばせないからこれも練習だな」


 お互いに練習あるのみという事となり、私が敵の索敵を、フィルは階段を探せるように影を伸ばす練習をしながら1階を歩きました。

 フォレストラットとホーンラビットくらいしかいない1階ですが、とにかく広いので1日しっかり歩いて三カ所目の安全地帯に到着しました。

 この三カ所目が2階へ続く階段から一番近い安全地帯だと書いてありましたので、今夜はここで野営をすることになりました。


「アイリス足は大丈夫?」

「うん、フィルも平気? あ、折角だから回復の練習をしても良い?」


 怪我はしていないけれど、この足の疲れにも回復魔法が効果的であれば明日が楽ですし、効果があるのであれば聖魔法の訓練にもなります。

 今日は魔法を索敵でしか使っていませんので魔力にもまだ余裕があることを伝えれば、遠慮がちだったフィルも受けてくれる気になったようです。


「効果があるかは分からないからね、いくよ。

 聖なる力で彼の者の疲れた足の回復を願う【ヒール】」


 フィルの両足に手を当てた状態で疲れた足の怠さが軽減するようにと魔法を唱えると、白い光がふわりとフィルの足を包み込みました。


「どう?」

「ん、お、おぉ、おぉ! アイリス凄いよ。重怠い感じも全部なくなってる! 今日これから1階層を走れると思うくらい軽いよ」


 立ち上がって屈伸をし、その場で飛び跳ねながら満面の笑みで効果を教えてくれるフィルは、時々こうして少年のようになるのが可愛らしいと思います。聖魔法も効果があったようですね。

 その後はフィルがテントを建てて、私が火おこしをしてスープを作ります。フォレストラットのお肉も取れましたので、こちらも鉄串に刺して焼いておきましょう。


「フィル、パンはどうする?」

「ん~、スープと肉があるなら無しでいいかな。まだ先は長いし、ここでどれくらい食材が採集できるかも分からないから」


 ダンジョン外ではそれなりに食べるフィルも、ダンジョンに入れば少食になります。これは冒険者の殆どがそうで、私たちはメリンダさんからスープ作りを教えてもらっているだけかなり上質な食事状況だと言われています。スープのためのお鍋を持ち運ぶのも荷物になることを思えば仕方がないのかもしれません。

 私たちは二人旅ですのでテントはフィルが、調理に使う鍋と少しの調味料は私が持ち歩くことにしています。元々下宿に持って行った荷物も少なく、殆どが備え付けのものを使っていた事もあり、下宿を出る時も荷物は非常に少なかった私たち。


 制服は古着屋さんに販売しました。あの制服には魔法陣が入っており、防汚や形状記憶が刻まれている為、四年間着用したとは思えない程に綺麗な状態でした。私の制服も古着屋さんで購入しましたが、平民の生徒や裕福ではない生徒は古着屋さんで購入するようです。

 そして卒業した生徒や、学園で急成長したため入学時の制服が着れなくなった生徒などが制服を販売することもできるのです。貴族の方は思い出として取り置くそうですが、大人になってから着る機会などあるのでしょうか?


 唯一売らなかったのはマントだけですね。

 一般生徒は公式行事の時にしか身に着けないですから卒業時に売る人が多いのですが、ダンジョン実習に行く私たちは、学園生だと分かるようにマント着用が必須でした。その為、魔術・武術科の生徒は防御の魔法陣などを学生時代にマントに刺繍して、防具として強化していくのです。

 魔法陣は専門店にお願いすれば入れてもらえますが、私は魔法陣学を学びましたので自分で刺繍しています。先輩だった〔煉獄の砦〕の皆さんは学園のマントではありませんでしたが、卒業後は数年間使っていたから懐かしいと笑っていらっしゃいました。


 トランクケースひとつで神国から出てきた私は、下宿を出る時にはトランクケース二つ分に荷物が増えました。(実際にはマジックバッグに入っています)それでも少なすぎるとは言われましたが、殆どの時間を冒険者装備で過ごす事を思えば十分だと思います。


 温かいスープと肉串を頂けば、テントの四隅に結界魔道具を設置して就寝です。

 テントは一つ、私たちの間にはお互いの背負い鞄が置かれていますので、淫らな事は起きていません。荷物をできるだけ減らす事と、自分たちの身の安全を選択した結果です。

 そりゃ最初はドキドキと致しましたし、眠れない夜を過ごしましたが、そんなことを言っていては翌日の行動が大変なこともよく分かりましたので、今はお休みの挨拶をすればお互いに直ぐ就寝できるようになりました。

 何事も慣れるという事が大切だという事ですね!



  

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