第四話 話し合い
「ようこそ、ここがわたしの家だよ」
その家は一見ごく普通の一軒家に見えるが、よく見ると窓や扉まわりに複数の防犯カメラ、感知センサー。防犯意識というには少し過剰なほど、警戒に満ちた家だった。
「そういえば親に迷惑は掛からないの?」
黒也がそう聞くと、末那は少しだけ視線を泳がせ、それから肩をすくめた。
「一人暮らしだよ、母親は一歳くらいの時に死んじゃったし、父親には顔を合わせたくなくて向こうもその気持ちを理解してくれているから」
その言い方は淡々としていた。だが、黒也にはその“会いたくない”の奥に踏み込めない感情のしこりがあるように思えたし、末那はそれ以上語ろうとはしなかった。
「ご、ごめん」
謝ることしかできない。母親が死んでしまっていることもそうだし、それに父親に対して話している時に末那はかなりの嫌悪感を示していて、話題にも出したくなさそうな顔をしていたからだった。
そう言えばあってすぐの時に苗字で呼ばれたくないと言っていたが、それはと父親のせいなのだろうか?僕は物心がつく前に父親を亡くしているので父親を嫌う気持ちがよく分からない。
「ふふっ、謝る必要はないよ。母親のことは言ってなかったんだから仕方がないし、父親に関することは全て父親が悪いんだから」
どう反応するのが正解なのだろう?父親に関することは全て父親が悪いってどんなことが合ったらそこまで親を嫌うことになるのだろうか。でも、そのことを聞く勇気は黒也には無かった。
そして、二人は家の中に入って行く。家の中は一人暮らしということもあって広さに対して物が少なく、かなり部屋が広いように感じられた。しかし、整理整頓などは全くできれおらず、床中にいろいろな物が散乱している。一人暮らしだから仕方がない部分もあるが、それでもかなりひどいありさまだった。
「さて、座ってていいよ。お茶を用意するから少し待ってね」
そうだった。これから魔術に関することや借金のことを話さなければならないなんてとても嫌だ。だけど、いつまでも逃げているわけにはいかず、正直に話さなければならない。
「はい、熱いから気を付けてね……で、やっと話してくれるんだよね」
そう言って末那は湯気の立つマグカップを差し出してきながら話を促してきた。避けられない、そう思って黒也は口を開いた。
「まずは何から聞きたいの?」
「んー、影の方からで」
(魔術の方からか……できるだけ老人の記憶については話したくないからそこは何とか誤魔化しながら説明しよう。僕が聞かれたのは魔術のことであって老人の記憶のことを聞かれたわけではないから別にいいよね)
と思っていたのだが、説明しようとした瞬間に本当にそれでいいのかと疑問に思い、話すことが出来なかった。借金取りに追われるのに巻き込んでしまったことに加えて、末那の家という安全なところに匿ってもらえたのだ。これほどの恩があるのに誤魔化して説明することが出来ず、黒也は記憶のことも含めて説明することにした。
「僕はね……前世の記憶が蘇ったんだ。それもこの世界とは異なる魔術が存在する世界の。それであの時使った魔術は闇魔術の中の影を操る魔術なんだ。信じられないと思うけど本当のことなんだよ」
恐る恐る末那の方を見てみる。これで信じてもらえなかったらどうしようもないし、信じてもらえたとしても前世の記憶があるということにも惹かれてしまうのかもしれない。さらに使う魔術が闇魔術だということもたちが悪い。名前だけ聞くととても悪い魔術を使うように思われてしまう。
しかし、末那の反応は予想外の物だった。今の説明を受けて目を輝かせており、とても興味津々な様子だった。黒也は予想外の反応にとまどっており、どういうことを言えばいいのかさっぱり分からない。
「……どうしたの?」
「感動しているんだよ!だって前世の記憶があって魔術を使えるんでしょ、それはとっても凄いことじゃんか!もしかして黒也くんに教えてもらったらわたしも魔術を使うことが出来るようになったりする⁉」
勢いよく話しかけてくる。その勢いに少し驚いて状態を逸らしてもらったものの、助けて貰った恩や巻き込んでしまった罪悪感があるのでしっかりと対応していく。
「それは難しいと思う。この世界は前の世界とは違って魔力が薄いから先天的な才能が必要になってしまうんだ」
「うーん。それなら仕方が無いか。なら追われていた理由は?」
うっ、あれほど魔術に対して興味を持っていたのにすぐに追われている理由に興味が移ってしまった。魔術のことである程度はごまかせることが出来ると思っていたのに。
だけど、少し違和感がある。魔術については単純な興味を示しているように見えたが、追われいる理由に関しては気にかねければならないという使命感があるような気がする。まあ、勘違いかもしれないけれど。
「それは……僕は物心つく前に父親を亡くして母親が女手一つで育ててくれたんだけど、その母親も中学の時に病気で入院してしまったんだ。その時に僕が勝手に金を借りて入院費を出していたんだけど、それを返しきることが出来なくて借金取りたちに追われることになってたんだよ…………それに母親は二年前に死んでしまったんだ」
自分が悪いことは分かっている。母親は迷惑をかけるぐらいならば死んでしまったほうがいいと思っていたはずなのに、僕の我儘で借金をしてまで生きさせてしまったのだ。しかも、それを母親に言わずに黙ってお金を借り続けていたため、さらにたちが悪いことも理解している。
どうするのが正解なのだろうか。僕のしたことを考えると暴力団の人達に捕まるのが当然なのかもしれないが、僕はまだ生きていきたいため、それは出来そうもない。
「そんな過去があったんだね。それでこれからどうするの?」
「分からない、これからこの街で生きていくことは出来ないと思うし、かといってこの街以外で生きていけるとは到底思えないから……」
親戚などもいないため、この街から出ていったところで行く当てはどこにもないし、この街に残ったとしても常に借金取りに追われることになってしまい、まともに生活できなくなってしまう。これからどうなってしまうのか、それは自分でも分からない。
すると、末那が立ち上がって何かを探し始めた。黒也は末那の急な行動について行けなくて戸惑っていた。この話を聞いたところで末那に出来ることは無いはずなのに、何をしようとしているのだろう。
「ねぇ、何をしているの?」
「ちょっと待っててね。あ、あったあった、やっと見つけたよ。待たせてごめんね、探し物をしていたんだ」
「何を探していたの?」
「ひみつー」
煙に巻かれた。末那はいったい何を探していたのだろうか、そして何で僕の話を聞いた後に物を探し始めたのだろうか、末那のことがさっぱり分からない。
そうして混乱していると末那がとある提案をしてきた。その提案は黒也が想定していなかった物で、もしそんなことがあるのなら今すぐに実行したかった。
「ねぇ、借金取りから追われない方法があるって言ったらどうする?」
しかし、本当にそんなものがあるのだろうか?末那は普通の高校生のはずだから、暴力団を止めることなんて出来ないに決まっている。本当に止めることが出来るのなら警察は苦労していない。
「本当にそんな方法があるのなら実行したいけど、そんなことが出来るの?」
「確かにそう思うのが普通だよね。だけど、君には魔術があるから普通の人が出来ない方法も出来るんだよ」
普通の人には出来ない方法?それって一体どういうことなんだろう?
「それはね……本部に乗り込もうか!」
「は?」
本部に乗り込む?末那は本当にそんな事を言ったのか?そんな事出来るわけない。だって金剛隼人と正面から戦うことになるし、そもそも場所が分からない。
この世界において魔術はそこまで万能ではない。魔力が薄いせいで規模が大きい魔術は使えず、精々銃より少し強いくらいの品物だ。その程度のものが金剛隼人に通用するとは思えない。
「末那さんが思っているほど僕は強くないよ。だから正面からあの人たちに勝てるとは思えない」
金剛隼人だけでも勝てるかどうか怪しいのに、暴力団全員を相手をして勝つことが出来るなんて到底思えない。魔術を使うにも制限があり、使いすぎると魔力を全て使い切ってしまい頭痛や吐き気などの症状を引き起こしてしまう。
「大丈夫、正面から戦ったりしないから。わたしは多少あの人たちについて知っているから、本部の裏口とかも分かっているんだ」
「えっ?何でそんなことを知っているの?」
何故、末那のような一般人がそのようなことを知っているのだろうか?そして、末那の言い方ではその道を案内してくれると言っているようで、まだあったばかりなのにどうしてそこまで協力してくれるのか分からない。もし捕まってしまったら、末那もどうなるのか分からないのに。
そう思って末那の目を見てみると、そこには使命感のようなものがあった。末那の謎は増えていくばかりで、判明したことは少しだけしかない。
「その裏口があるところってさっきの路地裏なんだから、わたしにとっては一般常識みたいなものだよ。というか、君はよくあそこに逃げようと思ったね。暴力団の人達はあの道について結構知っているのに、まぁわたしほど知ってはいないからある意味正解なんだけどさ」
そのことを聞いて黒也は息を呑んでいた。あの時、運が悪ければ暴力団の本部の目の前に行ってしまう可能性があり、そのまま大勢に追われてしまったかもしれないのだ。そうなってしまうと僕の魔術だけで逃げ切れる可能性は低く、そのまま捕まってしまうだろう。
「でもそれは逃げている場合のこと、こっちから奇襲するなら話は変わるよ。ただでさえ奇襲に戸惑うのに、それが魔術という未知の物ならもっと効果があるでしょ」
確かに大勢に追われた場合は何度も魔術を使うことになるが、相手が油断しているところに奇襲するならば、一回の魔術で全員を抑えられる可能性が高い。魔術で抑えることが出来るか怪しい金剛隼人という化け物もいるが、仲間たちを人質みたいにすれば止まるかもしれない……どっちが悪者か分からないな。
「何で助けようとしてくれるの?」
「それは……ごめん、まだ理由は話せない。だけど、この助けたいって気持ちは本物だよ」
末那は少し心苦しそうな顔をして、一瞬目を逸らした。だけど、助けたいという気持ちが本物だよと言った時には、正面にいる僕の目を真剣なまなざしで見ていて、その気持ちは本当だということが伝わってくる。
完全に末那のことを信用しているわけではない。まだ何か隠しているような気はしているし、それに作戦どうりに物事が動くと思っていない。でも、末那が僕のことを助けようとしてくれていることは理解しているから、その提案に乗ることにした。
「分かったよ。その提案に乗るよ」
「うん、絶対に助けるから。これからよろしくね、黒也」
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末那「整理整頓できない……」
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