デジタル・ゴースト(2)
その日もNAOKIのアカウントは、一日一回のつぶやきを投稿していた。
『きょうの夕日は綺麗だったな』
まるでその夕日を見てきたかのようなつぶやきだった。
確かにきょうは良く晴れており、夕方は西の空に雲が少なかったことから夕日はとてもよく見えていた。もし、これがプログラムやAIによる投稿だとすれば、どこかでボロが出るはずだと二階堂は睨んでいたのだが、どれだけ調べてもこの投稿が機械的に行われているという証拠を見つけることはできなかった。
知り合いにIT系の会社を立ち上げた人間がおり、SNSに詳しいということから様々なことを調べてもらったのだが、この投稿はプログラミングされたロボットなどが行っているものではなく、間違いなく人間が行っているものであり、リアルタイムで投稿されたものであるということもわかっていた。
それにIPアドレスというインターネットの住所のようなものも教えてもらい、そのIPアドレスがどこから発信されているものなのかも調べたのだが、そのIPアドレスは相沢靖子の自宅のものと一致していた。
どうしたものかと考えた二階堂は、一度相沢家にお邪魔して直樹が使っていた部屋を見せてもらうことにしたのだった。
相沢家は何処にでもあるような二階建ての一軒家であり、直樹が使っていた二階の部屋は今でも当時のままの状態で残されていた。
「わたし一人ですから、別に部屋はこのままで残しておいてもいいかと思いまして……」
どこか言い訳でもするかのように相沢靖子は言うと、直樹の部屋へと二階堂を案内した。
部屋の中はきれいに片付けられていた。それを見ただけで相沢直樹という人間が潔癖な人間であったということがよく分かる。本棚に置かれた文庫本などはきれいに高さを合わせて置かれており、アニメのキャラクターフィギュアなどはガラスケースの中に鎮座している状態となっていた。
「こちらが直樹さんの使われていたパソコンですか」
「ええ、そうです」
「触ってもよろしいでしょうか?」
「もちろん、構いませんよ」
二階堂は机の上に置かれていたラップトップ型のパソコンの電源ボタンを押す。キーボードの上をちらりと見たが、キーボードにはホコリが薄っすらと積もっており、しばらく誰も触っていなかったことがわかる。
パソコンの起動にはパスワードが必要であり、そのパスワードは母親である靖子にはわからないということだったため、二階堂はそこでパソコンを触るのを諦めてシャットダウンさせた。
「直樹さんが使われていたスマートフォンとかって、まだあったりするのでしょうか」
「ええ、ありますよ。きちんと保管してあります。ちょっと待っていてくださいね」
靖子はそう言うと二階堂を部屋に残して一階へと降りていった。
二階堂は、部屋の中をぐるりと見回す。部屋は六畳ほどの広さであり、部屋の隅にはベッドが置かれている。部屋に入った時から感じていたことだが、どこか生活感があまり感じられない部屋だった。
「どう思う、ヒナコ」
「うーん、わかんない」
「わかんないって……。何も感じないってことか」
「だから、それがわかんないの」
ヒナコは珍しく眉を八の字に下げて、困った顔をしていた。
しばらくして、靖子が直樹の使っていたスマートフォンを持って戻ってきた。スマートフォンはPINコードを入力しなければロック画面を解除することができないものであり、そのPINコードがわからなかったためスマホの画面を見ることもできなかった。
直樹の持っていた電子機器は直樹の設定したパスワードがわからなければ、どれも操作を行うことができないようになっていた。したがって、直樹のSNSに第三者が直樹を装って投稿するには、そのパスワードを突破しなければならないということだった。さらには、その投稿者のIPアドレスはこの家で使用されているIPアドレスであり、投稿者はこの家のネットワーク回線を使用して投稿をしているということになる。
普段、家にいるのは靖子だけであり、靖子はあまりパソコンなどについては詳しくはないと話していた。
では、一体誰が直樹のSNSに投稿をしているというのだろうか。
ザザ、ザザザ、ザザ……
突然、ノイズ音が聞こえた。その方へと二階堂が目を向けると、そこにはスマートスピーカーが置かれていた。スマートスピーカーとは、電子機器などを声を使って動作させることのできる電子機器であり、数年前に流行った代物だった。
ザザ、ザザザ……イケ……デテイケ……。
雑音に混じりながら、声が聞こえてくる。その声は間違いなく『出ていけ』と言っていた。
突然、部屋の明かりがつき、そしてまた消える。
そして、先ほど二階堂が触ろうとして諦めたラップトップパソコンの画面が明るくなり、パソコンが起動した。
そこに現れたのは人の顔のような模様だった。よく見ると、それはアルファベットや記号、数字で形成されている。
ザザ、ザザザ……デテイケ……ジャマダ……。
「直樹、直樹なの。ねえ、なおちゃんなんでしょ」
靖子が涙を流しながら膝をつく。
「ごめんなさい。お母さんが悪いの、ゆるして、ゆるして、なおちゃん。おねがいだから……」
彼女は涙ながらに訴えた。
この親子の間に何があったかはわからない。ただ、いまはこの部屋を出た方が良さそうだ。
二階堂は靖子を立たせると、手を貸しながら直樹の部屋を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます