呪いは鏡の向こうから(4)

 今田遥花の住む部屋は駅前の高層マンションにあった。

 入口はオートロックであり、エレベーターに乗るには住民専用のカードを使わなければならないほどのセキュリティである。


「結構いいところに住んでいるんですね」

「ええ、まあ……」

 今田遥花は曖昧に頷いた。


 マンションはまだ新しく、とても怪奇現象が発生するような場所とは思えないような場所だった。

 問題は建物にあるというわけではないのだろうか。

 二階堂はそんなことを思いながら、今田遥花の部屋がある八階へとエレベーターで向かった。


 部屋の前に着くと、二階堂は妙な感覚を覚えた。誰かがこちらを見ている気がするのだ。さり気なく辺りを見回したが、そのような人物はどこにもおらず、二階堂は「気の所為か」とわざと口に出して言ってみせた。


「こちらです」

 玄関のドアを開けて部屋の中へと案内されると、微かに線香の匂いがしたような気がした。しかし、どこにも仏壇などはなく、線香が焚かれているようすもなかった。部屋はフローリングのワンルームであり、綺麗に片付けられている。

 妙な気配は、どこにもない。だが、それが逆に二階堂の琴線に触れている。なるほどな。二階堂はそう思いながら、玄関から部屋の中を見ていた。


「あの……どうぞ」

 玄関から一歩も部屋に入ろうとはしない二階堂を不思議そうな表情で見た今田遥花だったが、二階堂は気にすることなく、部屋の四隅へと鋭い視線を送っていた。

 なかなか部屋に入ろうとしない二階堂のことは放っておいて、今田遥花はキッチンで電気ポットに水を入れてお湯を沸かす準備をはじめた。


 パンッ!


 突然、破裂音のような音が部屋に響き渡った。

 驚いた顔をした今田遥花が二階堂の方を振り返る。

 そこには、蚊を叩き潰した時のように両掌を合わせるポーズをした二階堂の姿があった。


「失礼」

 二階堂はそう告げて、少しだけずれ落ちていたメガネを元の位置に戻す。

 柏手かしわで。それが、神社などで参拝をする際に行う作法の一つだということは、有名である。神様を拝む際に両手を打ち合わせて音を立てる礼法であるが、これには邪気を祓う作用も含まれている。二階堂は部屋の邪気を祓うべく、柏手を打ったのだった。


 靴を脱いで部屋にあがった二階堂は、異変のあったという洗面所の鏡の前に立ってみた。

 洗面所の鏡はどこにでもあるようなものであり、マンションに備え付けられているものだった。

 二階堂が鏡を覗き込んでいると、その端にヒナコが姿を現した。


「先生、この部屋にいるよ」

「やっぱりか……。どんなやつだい、ヒナコ」

「男の人」

「男か」

「うん、おじさんだったよ」

「そうか」

 そんな会話を二階堂がしていると、今田遥花が不思議そうな顔をして近づいてきた。


「二階堂さん、何かわかりましたか?」

 鏡越しに見た今田遥花の後ろには黒い影が映っていた。その形は次第にはっきりとしていき、中年の男性の姿となっていく。

 二階堂は振り返ることなく、鏡越しに今田遥花の言葉に答える。

「ええ、色々とわかったことがありますよ」

「え……。なんですか」

「男性だな。歳は五〇代前半くらい。ゆるいウェーブの掛かった中分けでモミアゲの辺りが白髪、べっ甲縁のメガネを掛けた、痩せ型の」


 鏡越しに視える男の姿を二階堂は言葉にして、今田遥花に伝えた。

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