第41話    愛莉編 5


中岸蓮司は中岸姓の人間の中で唯一警察の世話にならなかった人物だ。


確かに彼のしでかした事は看過される物ではないがそれでも警察が出張る程の事では無かった。


しかしその結果彼は学校での地位も名誉も失い、かつては王子様等と呼ばれてスクールカーストの頂点に君臨していたが最低辺どころか学校を追われる立場となった。




それからは家族ぐるみで虐待される様になり徹底した人格否定がなされた。


自意識が高くまた自己評価も高いプライドの権化だった彼は自らの殻の中に逃げ込み引き籠もった。


それが彼が己を守る唯一の方法だったのだ。




彼が引き籠もり、しばらくたったあと両親と兄は皆逮捕された。 


彼は家族を嘲笑った。


当然だ。


彼にとっては家族なんて自分を卑下するだけのクズの集まりに過ぎないのだから…。




馬鹿が!調子にノッてるから罰がくだったんだ!


この俺を見下した報いが下ったんだ!


ザマァ見やがれクソ共が!!


何が落ちこぼれだ!何が一家の恥晒しだ!


お前等の方が余程救いがねぇじゃねーか!


警察の厄介になっちゃ俺がどれ程に落ちこぼれても敵わねーよ!


はは!所詮お前らも落ちこぼれのクズだったんだよ!


はは!


ザマぁみろ!


クソが!


クソがぁ!!






しかしそこまでだった。


当時の彼は高校2年生。


親の庇護を必要とする未成年だ。


親が釈放され出てくるまでの仮の保護者が必要となる。


しかし彼を引き取る身内はいなかった。


彼の元々の母親、実母は存在するが彼女は蓮司の引き取りを頑なに拒んだ。


当然だ、刑務所に収監されたかつての旦那の子供など厄介な存在でしかない。


それに誰が自分をババアと蔑む子供を愛する事が出来るというのか、そもそも一度捨てた子供を引き取るなんて彼女には心情的に出来ないし彼女にも今の生活がある。


既に縁も切れて赤の他人となっている子供など引き取ったところでメリットどころかデメリットしか無い…。


例え腹を痛めた子供であっても彼女が蓮司を引き取る必然性は無かった。






結果蓮司は児童保護施設、所謂孤児院に預けられる事となった。


因みに彼の兄、智也が作った借金は既に彼等の父親、中岸マサシが完済している。


警察に補導された後、彼は出所後に借金が利子やら税やらで膨れ上がっている可能性を危惧し、警察に相談して完済を済ませていた。


手痛い出費なのは間違いないが出所後に仕事にありつける可能性は限りなく低く、目処が立っていない状態で収監され、一千万円もの借金を放置するのは愚策でしかなく、泣く泣くではあっても支払っておくのがもっとも得策だと考えた。


無論出所後は智也に借金を返済させた後に親子の縁を切ろうと考えているがそれはともかく、蓮司は兄の借金の肩代わりという最悪の事態だけは逃れる事が出来ていた。




しかし、彼のこれからの生活は、ほぼほぼ詰んでいた。


元が甘ったれた交尾大好き人間だ。


更生なんてする事はなく施設で問題行動ばかりを引き起こし施設職員を毎度困らせていた。


結果今の一人部屋に押し込まれ最低限の環境で自立する事を余儀なくされた。


一応は彼の生活環境は働き場所も含めて施設が管理している場所だが事実上蓮司は施設が育成を放棄した特例の人間ともなった。




施設が彼を放り込んだ工場は、そんな曰く付きの子供でも働ける仕事を提供してくれるが、工場自体も蓮司の扱いには困り果てていた。


まずやる気が無く嫌々作業をしているのが傍目にも解ってしまう程度には覇気が無くチームワークに欠け、協調性も無い、その癖、選民思想とでも言えばいいのか妙に自信過剰で生意気で反抗的、仕事を教えても一々揚げ足を取り、他者を見下す態度を取る。


そうと思えばへりくだった態度をとり媚びたりわざとらしくヘコヘコしたりと社員の心象を悪くしていった。


そんな時に女の社員が新しく入って来た。


それが霧山紗月だった。




施設から出てきた子供も多く招き入れているこの職場では紗月のような経歴の人間も多く働いている。


彼女は女の割に力仕事もキビキビと熟し明るく男衆の中でも気後れする事無く持ち前の明るさとリーダー気質を以て一気に工場での地位を確立していった。




蓮司はそれが面白く無かった…。


後から入ってきた…しかも女が男の自分を追い抜き今では自分より責任のある仕事を任されている。


それが彼のプライドを著しく傷付けた。


ボサボサの短髪に女のくせにガッチリした身体付き、元は良さそうだがあんなのでは抱きたいとも思えない、そんな女としては欠陥品のゴミ女が俺より評価されている事に腸が煮え繰り返す思いだった。


しかし悪い事ばかりではない。


どういう事かは解らないがあの女はこの工場に多くの女バイトを招き入れる事に優れた特性を持っているみたいだ。


ゴミにも予想外の長所があるのかと彼は狂喜乱舞した。


女なんて自分の手にかかれば、どんな奴でも一分で使い勝手の良い奴隷と化す。


高校生の時のようなヘマはしない。


今度は失敗しない。




そんな思いで増えた女共にアプローチをかけるが奇妙な程に上手くいかず避けられる始末。


これには流石に彼のちっぽけなプライドも大きく傷付けられる事になった。


彼は気付いていない。


高校生の頃の様な美貌は既に彼には無く、また中岸蓮司の名前は不特定多数の女の間で女たらしのクソモヤシ男として既に認知されていた。




それに今の彼の見た目にも女が寄り付かなくなっているのには大きな理由があった。


目の下には大きなクマが出来ていて目玉が飛び出しそうな目が心象を悪くしている。


愛莉のエロ動画を寝る間も惜しんでハードループしていることが主な原因だが彼はその事を自覚してない。


しかも髪はボサボサでギトついていて不衛生。


もはやかつての王子様としての美貌は彼には無く女から相手にされないどころか拒絶される要素が高層ビルの様に高く積み上がっていた。




女に相手にされなくなった彼はまた自分の殻に閉じこもった。


いや、過去の…愛莉とのあの満たされていた時間に彼は逃避した。






当時の彼は愛莉に飽きを感じていたし体の良い性欲処理機程度の感情しか持ち合わせていなかった。


それに愛莉を捨てて秋菜に乗り換えようと画策していたが、そういったかつての自分の本音は彼の中で改変され愛理とは純愛、美しい綺麗な思い出に書き換えられている。


そんな身勝手この上ない彼に神様が奇跡をもたらしてくれた。


まるで不幸のど真ん中にいる自分に神様が再びあの頃の幸せな日常を手にする機会を与えてくれたのかと本気で彼は思ったのだ。




なんと…愛莉が…愛しの義妹がここにやって来たのだ!








「へへ…お前…愛莉だよな?…俺だよ…お前の愛しの兄…蓮司だよ…」




「へ…蓮司…?…まさか…蓮司兄さん…?」




「やっぱり…愛莉だぁ…」




彼は待ちわびた愛莉との再会ににちゃ〜とした笑みをこぼす。


しかし愛莉はあの頃の天使の様な愛らしいさや可愛さ…


抱きしめたくなるような純朴さが損なわれていた。


一言で言えばモブくさいと言うのだろうか…?


顔をよく見ないと俺でもそれが愛莉だとは解らなかった…眉毛や肌の手入れもしていなければあの紗月同様に短髪で男みたいなヘアスタイルだし、工場職員のダサい服をなんの加工もせずにそのまま着ているものだから一層モブっぽさが強調されてしまっている。




正直コレがあの愛莉かと落胆してしまう程の落ちぶれっぷりだった。


しかし工場職員の制服の上からでも解るデカい胸は健在だった…。


いや、大人になってガキの頃より更に触り応え、モミ応えが増してる様に見える。






「ふへへ…ふひひ…どうしたよ愛莉ぃ…その見窄らしい格好はよぉ…あの頃の天使みたいな可愛さが微塵もなくなっちまったなぁ?えぇ?今のお前はさしずめモブの雑魚女って感じだなぁ?えぇ?でも寛容な俺は許してやるよぉ…なぁ…俺の処に来いよぉ…また可愛がってやるよぉ…?なぁ?…ひひひ…」




「……」




「なっ…何言ってやがんだ…コイツ…あ…愛莉…?コイツと知り合いなのか?」




「私の義理の兄だった人だよ…紗月ちゃんには前に話したよ?」




「へ?義理の兄って…じゃ…コイツ…まさか…」






紗月は顔を真っ青にする。


彼が愛莉の義理の兄なら、それはつまり愛莉にとって忌むべき記憶の象徴だ。


そんな奴がいる所にあたしは愛莉を連れてきたのかと紗月は自身の迂闊さに嫌気がさす。


そんな紗月の動揺等知った事かと蓮司は尚も愛莉に詰め寄る。






「ほら…愛莉…こんな所抜け出しておれと…お兄ちゃんといっしょに行こうぜ?なぁ?まて沢山気持ち良い事をしようぜ?へへ…」




「てめぇ!勝手な事吐かしてんじゃねぇ!」




「はぁ?お前はお呼びじゃねーんだよ?これは俺達家族の話なんだよ…割り込んで来るなよ部外者が!」




「なっ…テメェ!」




「紗月ちゃん…私は大丈夫だよ…だからその腕を下げて…」




「でもコイツ…」




「大丈夫…あの頃の馬鹿な私じゃないし、もう簡単に自分を投げ売りしたりしないよ…それにここで暴力振ったら紗月ちゃんのこれまでの努力が無意味な物になる…それは私が嫌だ…」




「愛莉…お前…」




「何うだうだいってんだよ!早く…なぁ?俺と…なぁ?愛莉ぃ…」






冷めた目で蓮司を見る愛莉。


そこにはかつての義理の家族としての繋がりも無ければ義理の兄へ向けた依存もない。


今の愛莉には他者への依存心も無ければ蓮司に対する親愛も自分を貶めた増悪も無い。


愛莉にとっては徹頭徹尾、蓮司は過去だった。






「蓮司兄さんはあの頃のままですね…見てくれはあの頃よりも見窄らしい物になりましたが心の中はあの頃の幼い時のままですね…」




「はぁ?」




「私と蓮司兄さんの家族としての縁は既に失われています、私達は既に家族ではないのですから私が蓮司兄さんに従う道理はありません…」






蓮司は後ずさる。


これは…これは本当にあの愛莉なのか…?


こんな冷たい目をする奴だったか…?


こんな理路整然と言葉を発する奴だったか…?


まるで自分だけを置いて愛莉が遠い所に行ったような虚無感に苛まれた蓮司は愛莉からの軽い挑発めいた発言にも気付かない程に取り乱していた。






「なんだよ…んだよ…ソレは!その態度は!それが兄に向ける態度かよ!あぁ?愛莉よぉ?」




「私の兄はこの世に1人だけです…貴方は義理の兄で今ではその肩書もないハズですよ?私は立儀愛莉…中岸の姓は捨てました…今の貴方と私は赤の他人なんですよ?」




「ふざけんな!そんな理屈が通るかよ!お前は俺の妹なんだよ!お前は俺の言う通りにしてりゃそれで良いんだよ…調子にのるなよ…愛莉?」




「かつての妹からの餞別としての言葉です…蓮司兄さん…貴方はもう少し視野を広く持つべきです、他の人には無い…貴方にしかない才能があります、それを活かし他者に歩み寄り協調性を身につければ今より変わった未来を手にする事が出来る筈です。」




「はは…あははは……なんだよ…ソレ…何なんだよ…何様のつもりだテメェ!兄に上からモノを言ってんじゃねぇよ!」




「私も…愛莉も変われた!蓮司兄さんも変われる筈です!だからきゃっ!?」




「調子に乗るなっていってんだよ!このアバズレが!テメェは昔みたいに俺のチンコ咥えて喘いでりゃそれで良いんだよ!」




「やっやめて!兄さっ!」






とうとう蓮司は愛莉を押し倒し、その上に跨りだす。


上の衣服を剥ぎ取り愛莉の大きな谷間が顕になる。


それを見た蓮司は目を充血させ舌舐めずりする。


その様子に流石に我慢の限界を迎えた紗月は、蓮司を愛莉から引っ剥がそうとするも愛莉の駄目!という言葉に阻まれてしまう。






「兄さん…私はもう貴方の物じゃない…だから止めて下さい」




「口応えしてんじゃねぇ!お前は!お前は俺の!」




「何やってんだ!お前等!」




「え?」




そこに工場の社員や従業員がやってくる。


皆蓮司が愛莉の上に跨っている現場を見る。


それはもはや言い逃れの出来ない犯行の模様が広まった事を指し示していた。






「いや…これは…違っ…そうだ!コイツ…コイツが俺を誘って…」




「違う!この男が愛莉を押し倒したんだ!」




「テメェ!男女!」




「はぁ!?誰が男女だゴラァ!」




「いいからこっちに来い、二人も事情を聞かせてもらうからな?」




「はい…」




「はい。」




「違う!俺は違う!無実なんだ!コイツ等が俺を…ねぇ信じてくれよ?なぁ?」






蓮司が何か言っているが従業員は相手にせずに彼を何処かに連れて行った。


確認として愛莉と紗月も同じく事情聴取を受ける事となった。


工場長や部長に根掘り葉掘り聞かれ、紗月はありのままを話した。


結果、工場長達は苦虫を噛み潰したような表情をしていたらしく、蓮司は当然として愛莉もここから出ていってもらうという話が出てきた。


しかし紗月はそれに断固として抗った。


アイツはこれからなんだと!


どうかチャンスをあたえてやって欲しいと!


何も悪い事をしてない被害者にその仕打ちはあんまりだと!




結局、愛莉は解雇にはならず、このままこの工場で働いて行けることとなったが蓮司は当然解雇となり、ただでさえ小さな背中を更に丸めながら1人ここを出ていった。


これから彼が何処で何をするのかは誰にもわからない。


愛莉も紗月も彼の人生を覗き見る権利も義務も義理もないのだから…。


それでも愛莉は願ってやまない、かつての兄に幸があらんことを。




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