第8話:烏の凶報
その日の朝は、奇妙なほど静かだった
いや、静かすぎたと言うべきか
いつもならギャレスの軽口や、イオロの鼻歌が聞こえてくるはずの格納庫が、しんと静まり返っている
ただ、遠くでカラスの群れが、何かを告げるようにけたたましく鳴いていた
「…どうしたんだ、みんな」
俺は、クレセントの最終チェックをしていたイオロに声をかけた
彼はゆっくりと顔を上げ、その皺の深い目元を悲しげに歪めた
「…カイが、まだ戻らんのだ」
カイ、彼は昨日、単独でこの大森林の深部へと偵察任務に向かっていた
組織のレーダー網を避けるための、危険な任務だ
だが、ネストの誰もが、彼の帰還を信じて疑っていなかった
カイの乗るハト型の機体「コロメン」は、戦闘能力こそ平均的だが、他の機体にはない特別な機能を持っている
旧文明の遺産である、最高峰のナビゲーションシステム
そのマッピング能力は驚異的で、一度通過しただけの場所でも、完璧な三次元地図を作成し、どんな状況からでも必ず帰還できるルートを弾き出すと言われている
「カイなら大丈夫だ」
「あいつのコロメンは、迷子になるなんてありえないからな」
「腹でも空かせて、どこかで木の実でも探してるんだろ」
昨夜、帰還予定時刻を過ぎても、仲間たちはそう言って笑い合っていた
それは強がりではなく、カイと彼の機体への、絶対的な信頼の証だった
だが、夜が明け、またカラスが鳴き始め、それでもカイは帰ってこなかった
ネストの拠点である洞窟の中央広場に、重い空気が垂れ込める
ファルシアが、全員の顔を見渡しながら、静かに口を開いた
「…昨朝、カイの機体信号が、完全にロストした」
その一言が、仲間たちの最後の希望を打ち砕いた
ロスト…それは、死を意味する言葉
ギャレスが、崩れるようにその場に膝をついた
いつも陽気な彼の顔から、すべての表情が抜け落ちている
リズは唇を強く噛み締め、リースは静かに目を伏せた
俺は、その光景をただ呆然と見つめていた
組織にいた頃、仲間の死は日常だった
モニターに表示される「LOST」の文字 それだけだ
悲しむ暇も、悼む時間も与えられない 次の戦闘、次のスコア、それだけが求められる世界
だが、ここは違う
カイという一人の人間の死が、ここにいる全員の心を、深く、重く抉っている
ファルシアは、膝をつくギャレスの肩に、そっと手を置いた
「…なぜ、すぐに捜索隊を出さないんだ」
俺は、気づけば声を上げていた
自分でも驚くほど、その声は震えていた
「なぜ見殺しにする!まだ、生きているかもしれないだろう!」
俺の叫びに、ファルシアは静かに首を振った
「もう手遅れだ」
「カイのコロメンから、最後の通信が入っている
森の中からの、『見えない攻撃』によって撃墜された、と…」
見えない、攻撃…?
フェザーフレームのセンサーを掻い潜る攻撃など、ありえるのか
「この森は、俺たちが思っている以上に厄介な場所らしい
カイほどの男が、反応もできずにやられたんだ
今、無策で飛び込めば、俺たちも同じ運命を辿るだけだ」
ファルシアの言葉は、冷静で、非情に聞こえた
だが、その瞳の奥には、仲間を失った深い悲しみが宿っているのが分かった
「じゃあ、どうするんだ!このまま、カイの死を無駄にするのか!」
俺の言葉に、ファルシアは初めて、厳しい視線を向けた
ファルシアは、静かに言葉を続ける
「本当の強さとは、この悲しみと、怒りを、胸に抱いたまま、それでも冷静に最善の道を探すことだ
死んだ者のために、これ以上血を流さないこと
そして、生き残った者たちが、明日を生きていくための道を作ること
それが、リーダーである俺の…俺たちの、戦い方だ」
俺は、何も言い返せなかった
ファルシアの言葉の一つ一つが、重い楔となって俺の胸に打ち込まれる
組織では、誰も教えてくれなかったこと
スコアのためではない、生きるための戦い
その本当の意味を、俺は今、突きつけられていた
カイの死が、ネストに落とした影は、あまりに濃く、そして深い
俺は、自分のクレセントを見上げた
この翼で、俺は何ができる?
姉さんの手がかりと、ユーライドを探すこと
それだけが、俺の旅の目的だったはずだ
だが、今は違う
カイの無念、ギャレスの悲しみ、ファルシアの覚悟
この場所で出会った、温かい者たちの顔が、次々と脳裏に浮かぶ
俺は、まだ本当の強さを知らない
だが、この悲しみの先にある答えを、この手で掴まなければならない
そう、強く思った
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