第8話規格外の処遇

庁舎の自動ドアが音を立てて開いた。


中に入ると、天井の照明がぬるい青を投げる。

磨かれた床に、靴音が乾いたように響いた。


──人の気配はある。

だが、こちらに向けられる視線はすべて“斜め”だった。


受付に近づくと、応対係の女性が作り笑いを崩さずに言った。


「……仮戦力、存日 黒月さんですね。

こちらに、どうぞ」


彼女の背後、半透明のパネルには「戦術資産管理課・第13分区」と書かれていた。


黒月は頷きもせず、促されるまま足を進めた。

通路の左右から、書類を抱えた職員や研究者のような者たちがちらりとこちらを見る。

その視線は「警戒」と「興味」と「恐れ」の混合物だった。


(人間扱いってのは、こういうもんか……)


黒月は心の中で苦く笑った。

誰もが言葉をかけない。

だが、遠巻きに見てくる。

「危険かもしれないが、有用な存在」──そんな目。


案内されたのは、仮設の管理区画だった。


中には白を基調とした書類棚、監視パネル、医療設備の簡易版が並んでいる。

殺風景ではあるが、整ってはいた。

ただ、どこにも──“あの少女”の姿はない。


黒月は視線をめぐらせた。


「……アイは?」


受付の職員が一瞬言葉を詰まらせる。


「あ、あちらはまだ検査室に……隔離措置が続いています。

仮登録中の段階では、接触は制限されるとの……」


「ふうん。俺が呼び戻される条件にしてたんだけどな」


黒月の声には皮肉も怒気もない。

ただ、無表情のまま目だけで相手を刺した。


女性職員は居心地悪そうに笑い、話題を逸らすように次の案内へと切り替えた。


背後から、かすかなヒール音が近づいてくる。


黒月は振り返らずに言った。


「おまえか、名代」


「あいにく、私は“管理側”なの。君のように気ままには歩けないわ」


名代 美都は、変わらぬ白衣姿で淡々と立っていた。

その手には新たなIDカードと端末があった。


「君の仮識別コードは“Z-6”。

この施設での立ち入り区画は段階的に解放される。

初任務の内容は後ほど提示するけど、今日はその“顔合わせ”が主よ」


黒月はカードを受け取って、ポケットにしまった。


「顔合わせ、ね。……他に、誰かが来るのか?」


「まだ。“誰かを与えるかどうか”も含めて、今後の話になる」


黒月は一瞬、部屋の奥を見つめた。


アイがいないというだけで、この施設は無機質にしか感じなかった。


(ここで何かを始めるってのは──)


(あいつを守るって、そう簡単じゃねぇってことか)


名代が小さく頷いた。


「……君の処遇は、常に議題に上がっているわ。

油断も暴走も、すべて記録される」


「わかってるよ」


黒月の返事は短い。

だが、その瞳にはかすかな闘志が灯っていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 会議室の椅子は無駄に硬かった。

冷たい金属の背もたれに、黒月は軽くもたれながら前のモニターを見上げる。


前方の壁に、白衣姿の名代と数名の戦術担当官が立っていた。

名代が小さくリモコンを操作すると、ホログラムが浮かび上がる。


──市街地第11区、老朽化した輸送路跡。

“既に無力化された怪獣の死体”が一体、管理されぬまま残されている。

それを回収し、残留エネルギーが周辺に拡散しないよう抑制処理を行う──それが黒月に与えられた任務だった。


「処理対象は《特異害獣・旧分類B+》、コードナンバー411。

ただし生体反応はゼロ、脅威度も無いに等しい。……形式上、現場での“制御行動”を確認したいだけよ」


名代の言葉に、黒月は肩をすくめた。


「……それ、わざわざZランクの俺がやる仕事か?」


名代は、ゆっくりと黒月を見た。


「“Z”の意味、君はわかってないのね」


黒月は答えない。

その視線はぼんやりとホログラムの中に漂う数値へ向けられていた。


会議室の端、技術課の男が一人、黒月をちらちらと見ている。

名札には「本庄」の文字。Sランク支援者と紹介された人物だった。


「……存日さん、Zランクは本来、庁でも“管理不能”とされた戦力群の総称です。

D〜Sまでは訓練・指揮が可能ですが、Zだけは“同等に扱えない”からコード管理されてます」

「……存日さん、Zランクは本来、庁でも“管理不能”とされた戦力群の総称です。

D〜Sまでは訓練・指揮が可能ですが、Zだけは“同等に扱えない”からコード管理されます。

各国とも、Zランクは最大で5名までと国際合意されています。

あなたは、その枠を超えて“例外的に追加された6人目”──Z-6です」


 黒月は小さく眉を寄せた。


「へえ……そんなに特別扱いされてんのか、俺」


「えっ……自覚、ないんですか?」


本庄が思わず声を漏らす。


名代はそれに割って入った。


「……それが問題でもあり、期待でもあるのよ。

君は、“自分が突出している”という認識が著しく希薄。

だが現場の記録を見る限り、少なくともSランク帯の中でも飛び抜けている」


「とはいえ、あくまで“観察中”。

今日の任務は、“君がどこまで人として協調可能か”を見るためのテストよ」


黒月は席から立ち上がった。


「じゃあ、さっさと終わらせるさ。

死体の始末くらい、得意分野だ」


「……ふふ、言葉の選び方だけは相変わらずね」


名代の口元がわずかに動いた気がした。

だがその笑みは、すぐにまた無表情へと戻る。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 旧市街の廃輸送路。


かつて物資輸送に使われていた軌道の名残は、今や草と錆に埋もれた瓦礫の帯だった。

その中央に、無造作に放置された“死体”がある。


──特異害獣・旧B+コードナンバー411。


胴体は砕かれ、顎の骨は引き裂かれ、体表の一部は炭化している。

一目で「処理済み」と分かるその死骸を、黒月は見下ろした。


背後には2名の随伴者。監視役の職員と、現場記録を取る戦術班の若手。

誰も口を開かないまま、ただ作業開始の時を待っていた。


黒月は膝を折り、死体の表皮に手を置いた。

ざらついた皮膚。その下に、微かな鼓動。


(……残留エネルギー、思ったより強いな)


刃物を取り出し、腐敗していない部位を切り取ろうとした瞬間──


“それ”は動いた。


肉が爆ぜ、断裂音が響いた。


死んだはずの怪獣が、瞬間的に四肢を動かし、黒月に殴りかかる。

反射では避けられない。常人なら、あるいはS級でも──直撃を受ける速度。


だが、


「──遅ぇよ」


黒月の身体が、死体の真下をすり抜けていた。

残像すら追えない一閃。その手にはすでに──“背骨を抜き取った怪獣の腕”があった。


打撃と反撃が重なった一瞬後、暴走しかけた死骸は、再び地に伏した。


頭部は潰れ、再起不能。


監視役の男が目を見開いたまま、固まっていた。


「……今、なにが……?」


「死体が動いたから止めただけだ。

最初から、生きてたんだろ?」


黒月は何気なく言った。だが、その顔には違和感があった。


(……動作パターンが、昔見たやつに似てた。

……あれは、“ただの再生”じゃねぇ)


残留していたはずの生命反応──では説明がつかない。


黒月は、足元の死骸の胸部を踏みつけ、内臓の奥から“埋め込まれた核”を引きずり出した。


「……これ、庁の登録にないパーツだ。どこの技術だ?」


監視役の男が唖然とした顔で首を振った。


「そ、そんなはずは……事前スキャンでは、エネルギー値はゼロで──」


「スキャンが嘘だったのか、こいつが人為的に作られたか、どっちかだな」


黒月の目が鋭く光る。


若手の記録係が言葉を飲み込むように呟いた。


「Zって……あれ、が?」


監視役の男はしばし沈黙し、それから力なく笑った。


「……いや。あれは、普通じゃない。

Sランクでも、あの動きはできない」


「俺も、初めて見たよ。……あんなの」


沈黙が場を覆った。


黒月の背には静かな余熱だけが残り、視線はあくまで素っ気ない。


「やりすぎたか?」 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 地下第七層、特別戦術庁の作戦中枢会議室。


重厚な扉が閉じられ、議事は非公開として進められていた。

モニターには、黒月が先ほどの任務で“動いた”瞬間の映像が繰り返し再生されている。


──開始から0.7秒で対象に接近。

──左手で内臓を引き裂きながら、右脚で頭部を粉砕。

──その間に発せられたエネルギーは、通常B+級怪獣の爆発的抵抗に匹敵。


にもかかわらず、黒月は一度も後退していなかった。


「……Sランクでも無理だろう。

正面から、あの速度に“対応”できるやつはいない」


年配の戦術監査官が呟く。

誰も反論はしなかった。


「それに、核の摘出──事前情報にない構造体を即座に判断し、引きずり出している。

ただの反射じゃない。“思考”が同時に動いていた。……つまり、頭も回ってる」


無言のまま、別の幹部が資料をめくる。


そこには、庁の仮データベースに登録された黒月のコード名が記されていた。


Z-6:存日 黒月──評価中:人間型・戦力特化・要観察


「Zランクにしては、“自覚”がまったくない。

……それが一番危うい」


誰かがそう言ったとき、会議室のドアがノックもなく開いた。


白衣の女性──名代 美都が、静かに入室する。


「事後報告書、提出します。

加えて、現地で確認された“外部技術反応”について──庁のスキャン網をすり抜けた“人工核”が確認されました」


会議室に静寂が走った。


「人工核? 本当に……?」


「黒月本人が、対象の胸腔から直接摘出。

実物の一部は現在、封鎖区で解析中です」


名代の報告に、年配の幹部が苦い顔をした。


「Z-6の存在は、内部でもすでに波紋を呼んでいる。

……彼を今後どう扱うつもりだ?」


名代は、何の感情も込めずに答える。


「扱う、ではなく。“共存”するしかないでしょう。

少なくとも、彼は“人として”扱われることを条件に戻ってきた」


「だが……制御できるか?」


「少なくとも、“制御しようとすれば敵になる”タイプです。

あの男は“信頼”の下にしか動かない。……それが、私の観察記録です」

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 音が、遠い。

壁の向こうに誰かがいるのはわかるのに、言葉が届かない。


……いや、たぶん、届かせてないんだ。


アイはベッドの上で膝を抱えていた。

白く冷たい床と、規則正しい電子音だけが、この空間のすべて。


頭の中がぼんやりとする。

定期的に打たれる薬剤のせいか、それとも──


「……今、どこにいるの?」


誰に問いかけるわけでもなく、呟いた。

外からの映像は遮断されている。

黒月が、今どこで何をしているのか──知らされていない。


それでも、何かの気配は、感じる。


(たぶん、また戦ってる。……きっと、また一人で)


彼は、いつも自分を置いて、どこかへ行く。

だけどその背中は──決して遠くない。


アイはゆっくりと視線を上げる。

天井の白い光が、目にしみた。


検査官たちは言う。

「あなたの生体構造は“人間”とは異なる」

「今後の扱いは協議中」

「黒月という人物が関わっていなければ、ここにはいなかった」──と。


彼らの言葉は正しいのかもしれない。

でも、どれも“ぬるい”、と思った。


(私は、黒月くんの側にいたいだけ。

それだけが……人としての証明になるなら)


あの人の手が、自分に触れたときの温度。

あの目が、自分を見つめたときの真っ直ぐさ。


機械や制度じゃ測れない、“存在の根拠”。


ふいに、部屋の外で足音が止まった。


誰かがドアの外に立っている。

けれど開けられることはなかった。


「……来ないんだ」


声に出すと、不思議と涙がにじみそうになった。


だが、そのとき──


天井のスピーカーから、淡々とした合成音声が流れた。


「記録コード:Z-6──存日 黒月の観察任務、第一段階終了。

対象は予定通り、能力確認を完了。

次回接触機会は“適応評価後”に設定されます」


……黒月の名が呼ばれた。


その瞬間、アイの背筋にかすかな熱が走る。


(やっぱり……戻ってきてる。ここに)


抱えていた膝を、そっとほどく。

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