ビビりのぼっち、その本業は……
革酎
私立N高等学校一年B組
第1話 後悔する少年
ああ、やってしもた――東京の私立N高等学校普通科に通う十五歳の一年生、
今、彼の目の前には、先程まで恐怖に震えていた校内屈指の美少女の
そして、ふたりの足元には白目を剥いて昏倒している貧相な男の姿が。
実はほんの十数秒前まで、この男はナイフを晶姫の首筋に突きつけて人質に取ろうとしていた。
場所は、夜のコンビニ店内。
刃兵衛はゴールデンウィーク初日にジャンクフードとコーラを買い込む為、その店内に足を踏み入れた。
この日は大好きなアニメの一挙放送が某ケーブルテレビのアニメ専門チャンネルで組まれており、刃兵衛は徹夜での鑑賞のお供にと、好きなポテトチップスを大量に買い込もうと意気込んで来店していた。
ところが、そこで事件は起きた。
たまたま同じ店内に居合わせたクラスメイト数名と鉢合わせになってしまったのだが、更に悪いことに、コンビニ強盗までが現れたのである。
このコンビニ強盗は、あろうことかそのクラスメイトらの中から晶姫を選んで人質に取り、コンビニ店員にレジの金を全て出せと脅迫してきた。
そして、悪夢はここから始まった。
◆ ◇ ◆
少しだけ、時間を遡る。
刃兵衛は一挙放送が始まる小一時間前に、ポテトチップスとコーラを大量に買い込もうと思い立った。
「兄やん、ちょっとコンビニ行ってくるわぁ~」
「おう、金あんのか?」
リビングでは歳の離れた腹違いの兄、
「ついでやから、俺のツマミも何か買うてきてくれ」
「うん、分かったぁ」
厳輔に応じながら、マンションを出た刃兵衛。
最寄りのコンビニは通りを挟んだ反対側の敷地で、煌々と眩い光を放っている。
刃兵衛は小走りに道路を渡り、件のコンビニへと駆け込んだ。
ところがそこで、余り会いたくない連中と遭遇してしまった。
「あれぇ~? 笠貫じゃん。お前、この近所に住んでんの?」
「なぁ、何か奢れよ。おめぇ金持ってんだろ?」
刃兵衛の姿を認めたクラスメイトの男子数人が、当たり前の様にたかろうと近づいてくる。刃兵衛は嫌な奴らと鉢合わせしてしまったと内心で溜息を漏らした。
「んもぅ……やめときなよぉ。そんなちっこい奴いじめたって、何の自慢にもなんないよ?」
そんな男子連中に、私立N高等学校内でも指折りの美少女として知られているアイドル級の存在、晶姫が眉を顰めて苦言を呈した。
晶姫はこの若さで、何人ものセックスフレンドを抱える典型的なビッチだという噂も立っているのだが、決して性悪女という訳でも無く、他人を無闇に傷つけないというポリシーを持っているらしい。
そんな晶姫の声に、クラスメイトの男子連中は仕方が無いなとばかりに、馬鹿にした様な嫌らしい笑い声をぶつけてきた。
刃兵衛は正直、ほっとした。
こんなどうでも良い連中の為に余計な時間を費やしたくなかったからだ。そうして店内備え付けの買い物かごを提げて、ポテトチップスの大袋を幾つか見繕う。
ところがその時、不意に何者かの怒声が鳴り響いた。
次いで、晶姫の声にならない悲鳴が鼓膜を衝く。
何事かと思って振り向いてみると、上下にグレーのスウェットを纏ったサングラスとマスク姿の貧相な男が、晶姫の腰に腕を廻して抱き寄せ、彼女の喉元に果物ナイフを突きつけていた。
「お、おい、お前! この女の命が惜しかったら、レジん中の金、全部出してこっちに寄越せ!」
どうやらコンビニ強盗らしい。
晶姫の美貌は恐怖に引きつり、彼女と一緒に居たクラスの男子連中は、一部は早々に逃げ去り、一部は愕然とその場に立ち尽くしていた。
刃兵衛は、思わず天を見上げた。
こういう手合いが現れた時、彼はつい、余計な行動に出てしまう。
この時も、生来の変な虫が騒いでいた。
目の前に居るこのコンビニ強盗は、叩きのめしてやらねばならない、と。
理性では分かっている。余計なことに首を突っ込むなと冷静に耳元で囁いている。しかし、刃兵衛の本能がそれらの声を聞くよりも先に動いていた。
「な……何だてめぇは! 関係ねぇ奴はすっこんでろ!」
「あの……そのひとは僕の同じクラスのお姉さんなんです。震えてるし、可哀そうだから、どうか放してあげてくれませんか」
またやってしまった。余計なことに、首を突っ込んでしまった。
自分の中で幾重にも後悔の念が押し寄せてくる。
気が付くと、口と体が勝手に動いていた。
「じゃ、邪魔すんじゃねぇ! この女の命が……!」
だがコンビニ強盗の言葉は、そこで途切れた。
この男は何をいっても無駄だと判断したその瞬間、刃兵衛は買い物かごを放り出していた。
まず右手がコンビニ強盗の喉元へと走る。
相撲でいうところの喉輪が決まり、相手の呼吸を一瞬だけ止めた。
コンビニ強盗が苦悶の表情で頭を下げたその瞬間、更に刃兵衛の左肘が真横から走り、相手のこめかみを鋭く打ち抜いていた。
と、思ったその直後には、件のコンビニ強盗はその場に昏倒し、気絶してしまっていた。
◆ ◇ ◆
激しい後悔が襲って来たのは、その直後だった。
大阪での中学生時代、刃兵衛は狂乱の戦鬼などという不名誉な噂を広められ、誰も寄りつかぬ寂しいぼっち生活を送っていた。
彼をいじめようとしたクラスメイトらを、ぼこぼこの返り討ちにしたのが事の発端だった。
刃兵衛は、小柄で中性的な顔立ちの持ち主だったから、有り体にいえば、カモにしやすいと思われていたのだろう。
しかし、彼の肉体には古式殺闘術『
空手や柔道、或いはボクシングなどといった競技としての格闘技とは明らかに異なる、ただ敵を仕留め、殺すことに特化した殺人技術――それが、我天月心流だ。
そしてまだ中学生に上がったばかりの刃兵衛には、手加減という発想が無かった。彼は群がり来る連中を片っ端から半殺しの血祭りに仕留め、阿鼻叫喚の地獄絵図を現出させた。
それ以来刃兵衛は、地元の学生や隣近所のひとびとにまで恐れられる様になった。
自分はただ、己の身を守っただけなのに――そんな理不尽な思いを抱えつつ、刃兵衛は不遇なぼっち生活を強いられる様になった。
そして現在。
彼の過去を知る者はひとりも居ない東京で、新生活をスタートさせた。
この地でなら、少しはまともな交流が出来るのではないかと期待を寄せて。
しかし、それも早々に、そして呆気無く終焉を迎えようとしていた。
クラスメイト達の前で我天月心流の超絶的な戦闘力を、披露してしまったのである。
やってしまった、と後悔した時にはもう全てが遅かった。
(ああ……折角東京まで来たのに……また僕、やらかしてもうた……)
再び蘇る、地獄の様なぼっち生活の日々。
華の高校生活に、早くも暗雲が垂れ込め始めていた。
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