第25話BSS
俺は逃げた。全力で!
すぐ、追いつかれたけど。
ゼーハーと荒い息をはく俺の横で、変態は頬を赤くしているだけだった。
誰がどう見ても勝敗は明らかだ。
勝負をしていたわけではないけれど。
雪かきが足と腰に大きな負荷を与えていたらしい。
2人の体調を考えれば、始まるまえから追いかけっこの結果は決まっていたのかもしれないな。
「僕は、ケイデス君とお話したいだけなんや」
前に進もうにも、背中をしっかりと握りしめられている。
暴力に訴えれば逃げられるだろうが、そこまでする気にはなれなかった。
きっと向こうはお願いのつもりであり、文面としてもそうなのだが、俺の心情的には強制だった。
「話すといってもここでかよ」
「そうっすよ」
向こうからしてみれば、追走劇の果てに行き着いた家の裏手は目立たないからか都合が良いらしい。
俺にとっては都合が悪い。
変態と2人っきりなど、ごめんだ。
申し出れば、村の中央にある広場。
そこに作られた、小さな休憩所で腰を下ろし、お話をすることとなった。
「確か……、成人式のときにあったよな」
「そうっす。ずっと話をしたかったんすけど」
「それで、何をとち狂った結果、エールは俺を同士と呼ぶんだ」
テンパっていたからか、出会った時、名前が出てこなかった。
同じ村といっても、関係が薄い子だ。
存在感すらも薄い気がする。
印象が薄いし、影も薄い。
おかっぱ頭に、色素が薄い茶髪。
顔の方は整ってはいる方だが、これといった特徴はない。
没個性であることが一周回って、個性となっているようなやつだった。
印象に残るのは、そのスキルくらいだ。
成人式の会場で岩を浮かせていたのを思いだせた。
「ケイデス君が俺と同じで恋人を寝取られたからや」
「残念だが、俺には恋人なんていないよ」
「ネトラちゃんがいるじゃないっすか。
あれだけ、一緒にいて恋人関係にないなんて冗談やろ」
「嘘も何も、俺とネトラは恋人ではないよ」
「またまたぁ、そんな強がりはいいっすよ」
「強がりも何も、事実なんだけど」
「だから、俺とケイデス君は同士なんすよ」
こいつ、人の話を聞きやがらねぇ!
明らかにおかしいよ。
いきなり同士って言ってきたことから分かってたけど。
「まぁ、そういったこともあるかもしれないし、ないかもしれないな」
何を話してもムダだ。
なので、適当に意味がありそうでないことを口にして、相手が満足するのを待つ。
早く満足して、ここから立ち去るのを祈るばかりだ。
エールの言葉は全て意味のない言葉の羅列と思い適当に処理していこう。
「何せ、ネトラちゃんとサキスが婚約するらしいし」
……!
そう思っていたのに。
俺はさっそく反応していた。
「今なんて言ったんだ!」
「だから、サキス君とネトラが婚約」
「そ……そうかぁ!
奥手なサキスのやつも一歩踏み出したんだな」
めでたいお知らせと、サキスの成長に、俺は猛烈に感動した。
「まさかの、寝取られ趣味っすか!」
エールの頬に張り手をくらわしたが、これはしょうがないよな。
「な、なにをするんすか!」
「ごめん、ちょっとむかついたから」
「むかついたって理由だけで、人を殴るなや!」
ごもっとも。
これは俺が悪いので、平謝りをする。
事情については予測が可能だ。
こいつは俺とネトラがつきあっていると勘違いした。
俺を同士と呼んだことから、サキスを付きまとっていた女どもの中に、こいつの恋人がいたのだろう。
この様子だと。本当に付き合っていたのか怪しいが……。
「これが俗にいうBSSか」
「BSSってなんすか」
「意味のない言葉の並びだから気にしなくてもいいよ」
BSSとは僕の方が先に好きだったのにの略である。
日本にいたころは、よくこのジャンルをおかずにしたものだ。
俺が思うに、このジャンルの寝取りのストレスに耐えられなかったものの受け皿だ。
精神的な負荷が強すぎて、寝取りは脱落者を生み出してしまう。
脱落者たちがよりマイルドなBSSに流れたのだろう。。
(でも、実際に目撃しても、可愛そうだとは思えないんだよな)
正直な話、彼女でも何でもない女を取られたところでだからどうしたって話だ。
「その大丈夫っすよ。恋人が寝取られたら、訳の分からないたわごとが口からもれてくるってのはふつうやし」
エールは爽やかな笑みを浮かべている。
殴りたい、この笑顔。
「それで、サキスの取り巻きの中でいったい誰をストーキングしてたんだ!」
「僕の彼女っすか!
リリーシャちゃんすよ。
ほら、あの三人の中で一番かわいくて、胸が大きい子や」
まて! 胸が大きい……。
「ほら、やっぱりケイデス君もあんな感じの子がタイプなんすよね。
ネトラちゃんも胸が大きくて低身長で可愛らしい顔立ちやし。
まぁ、うちのリリーシャとは違って、ネトラちゃんは将来奇麗系の顔立ちになりそうやけど」
野ざらしにされたせいで、広場に置かれた机は黒ずみ汚れが目立つ。
きれい好きというわけでもないが、あえて触りたいとは思えない。
その机に、エールは手を付き、身を乗り出してくる。
「その……、リリーシャとは相思相愛なんだよな」
「そうっすよ。新年前の市では7店舗も一緒に回ったし、もしも、相手がいなかったら、結婚しようって約束したっす」
「一つ確かめたいのだけど、その店って、エールが全部おごった」
「そうやけど、良く分ったすね」
「その、リリーシャとの関係って、どれくらい変わったの。もう付きまとってこないでとか言われたり?」
「そんなことはないっすよ。サキスに付きまとう以外はこれまで通り接してくれてますし」
俺はいつか聞いたネトラの言葉を思い出していた。
好きだが、ただ好きなだけでは結婚を決められないと。
リリーシャの考えも同じだろう。
自分になびいている男をキープ。
より条件がいい男が見つかればそっちにアタック。
うわ! 女って怖い!
どうも、リリーシャという女。
相当の罪作りらしい。
関係が進展するかどうかわからないので、男をキープしているのだから。
そんな女をものにするとは、サキスもいつの間にか罪な男になったものだ。
逆に捕食されていないか心配になるけど。
「一つ、聞きたいんだが。
リリーシャがサキスのことが好きだって言ったらどうするんだ」
「そんなことはあり得ないっす。
スキルのこと、将来のことが不安になって、一時の気の迷いで変な方向に行くことがあったとしても、僕たちは愛し合ってるんすから」
ぐっと、こぶしを握るその姿には、男としての自信に満ちあふれていた。
一点の迷いすら、その姿からは感じられない。
俺は確信した。
(こいつ、サキスとリリーシャがおせっせしたことを気がついていないな)
隠さねば、この事実を隠さねばならぬ。
うっかりと口を滑らせようなものなら、血の雨が降りかねない。
今度サキスと顔を合わせたら、背中には気を付けろと言ってやらないと。
「さぁ、いっしょにこの村を変えていきましょう」
その無垢な笑顔を直視できない。
エールに向ける感情が同情から憐みにランクアップしていく。
「それで、おまえの計画は」
もう、適当に話を聞いて帰らせるなんてできない。
じっくりと話を聞いて、自分なりの返答をしてやろう。
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