第4話嵐が来るぞ(1)

「見なさい、私の料理を」


 出されたのは、棘貝の海藻巻き。

 調理時間、たったの5秒。

 これって、本当に料理なのか?


 内容も、焼いた棘貝に海藻を巻いただけ。


「タラサさん。勝敗は……」


「ケイデスの勝ち」


 だよね。

 つまらない勝負だった。


「待ってよ、私たちまだ戦ってすらいないじゃない! それなのに決着ってどういう事よ!」


「だってねぇ」


「ああ、これは……」


 俺とタラサは無言でうなずきあった。


(あなたが言いなさいよ)

(そっちが審判だろ)


 行動と思考がシンクロした。

 だからこそ、面倒なのだが。


「だってさ、これ。

 棘貝にコンフ巻いただけだよねぇ。

 こんなの料理とは言わないの。

 勝負するならもっと手の込んだものじゃないと」


「でも。美味しいのよ、ものすごく。

 どっちが上かなんて、実際に口に入れるまで分からないよね!」


 勝負は決した。

 どんなにうまかろうとも、タラサが決定を覆すことはない。


 それでも、ヤスミンは勝負を投げない。


 棘貝の海藻巻きがドンと俺の前に置かれた。


「悪いんだけど……」


「はっ、まさか逃げるの?」


「違う、ディオニュソス様の権能でな。

 有毒反応が出てるんだ」


 直感が、赤信号を発していた。


「有毒?」


「これが?」


 人魚たちは首を傾げた。


「ディオニュソス様の危機管理って、少量の毒でも反応するっていうし。

 今回もそのたぐいだろうねぇ。

 私たちはいつもこれを生で食べているぞ」


 と、タラサはヤスミンが捕ってきた海藻を指でつつく。

 でも、何か忘れているようなと眉を寄せていた。


 その後に、まあいいかとGoサイン。

 ここまで言われれば大丈夫だろうと、俺は海藻巻きに手を伸ばす。


 そして衝撃を受けた。


「嘘だろ!」


 ――まさか! そんな! こんなことがあるのか!


 これまで生で食べたことがないから、触感、その他もろもろが大きく違う。

 だが、奥深い旨味、潮の香り、匂い。

 この海藻は昆布だ!


 もう二度と出会うことがないと思われた故郷の味に、俺は思わず涙を流した。


「え! 何で泣いてるんだ!」


「この人、さっき棘貝食べたときも泣いてたのよ。

 きっと涙腺が緩いのよ」


「きっとだけど、これ思い出の味何だよ。

 昔々食べた思い出の味とかそんな感じだね、間違いない」


 ヤスミンちゃん。怖がらせてごめんね。

 タラサさんフォローありがとう。


 でも、今はこの味に集中したいから、黙っててくれないか。

 と思うが、俺には一つやらないといけないことがある。



「ヤスミン。

 この勝負俺の負けだぁ!

 素材の味を生かしたこの料理、実に見事だったぁ」


 勝者をたたえるべく、俺は頭を下げた。


「目を覚ませぇ!」


 その返答は容赦なしの腹パンだった。


「ごめんよ。ディオニュソス様の警告を無視させて、なんか変なもの食べたんだよね。

 ほら吐き出せ、速く吐き出せぇ!」


「おい、それ以上はダメだぞ。

 落ち着け」


 殴ってくるヤスミンを、タラサが羽交い絞めにして止めてくれた。

 ありがとう、惚れそう。



 ほら、さっさと誤解をどうにかしなさい、とすすめるタラサ。

 その申し出を、俺はストップ。


「ちょっと待て、今風が変わったよな」


 暴力ヒロインを無視し、俺は静かに目を閉じる。


 はるか先を見通そうとするのだが、暗いせいで見えない。


「悪いんだが、単眼族を連れて来いよ。

 多分何か異常が起きた」


「なるほどねぇ。

 それは風読み。

 あんたのスキルによる推測でいいのよねぇ」


「そうだ、俺のスキル。

 熱吸収による推測だ」


 この世界には大きく分けて2つ。

 特別な力がある。

 神の祝福である魔法。

 そして、個々人が持つ不思議な力、スキルである。


 俺がスキルを自覚したのはディオニュソス様に認められた瞬間から。

 なら、これも神様由来かと言われると違う。

 精霊を初め、霊格が高い連中は神の加護が無くてもスキルを使える。

 そのことから、専門家はスキルを個々人の人間が持つ魂の力と定義している。


 神の加護を得た瞬間にスキルが覚醒するのは、神の力を燃料に魂が活性化するからではないと言われている。


「でも、毎度思うけど。どうして、熱吸収なんてスキルで天気の移り変わりが分かるんだい?」


 だよね。

 スキルの種類はさまざまだ。

 天気が分かるスキル。天気予報も存在しているらしい。

 そして俺のスキルは熱吸収。

 どうして、天気が分かるかなんて俺自身分からない。

 でも、仮説を立てるなら。


「どうにも、スキルの影響か俺の触角が非常に敏感なんだ。

 その触角を用いて、天気の変わり目に起こる気温や湿度の変化を感じ取ってるんだと思う」


「正直何言ってるのか全然分からないけど、ちゃんとした理屈はあるんだねぇ」


 なら、要望通りに行動してやるよと、タラサはヤスミンを離し動き出す。


 しかし、俺は忘れていた。

 暴走特急お転婆ガールの誤解がまだ解けていないことを。


「まだ、訳の分からないことを。

 さっさと目を覚ませぇ」


 こうして、渾身の右ストレートが俺の腹部に突き刺さった。


 いいパンチだったぜ。

 でもさ、毒を食ったとしても、もっといい治療方法があったと思います。



「それで、君は根拠のない直感で私を呼んだのかい」


 タラサが読んだのは神経質そうな男だ。

 名前はモノロル。

 この船の航海士である。

 その的確な進路予測の秘訣はその目にあった。

人間だと二つある目が、たった一つ。

 しかもとんでもなく大きくなっている。

 これは彼の種族。すなわち単眼族の特色だ。

 年齢は35歳。

 やり手のおっさ……。

 いや、年齢については前世のこともあるし、とやかく言えないか。

 うん、ナイスでダンディーなお兄さんだ。


「断言する。私の目が届く範囲では何一つとして以上は起きていないよ」


「やっぱりそうよ。空には雲一つないし」


「波も穏やかだしねぇ。どうにもゼウス様が怒る様子が見られない」


 モノロルの意見に人魚二人が賛同する。

 ちなみに、ゼウスが怒るとはこの世界の慣用句で、天気が崩れるという意味だ。


「まったく、ただの素人が私に無駄な時間を使わせるなよ」


「でも、こいつの天気予報というか、直感はよく当たるんだよ。

 私としては話くらい聞いてもいいよ思うんだけどねぇ」


 ありがとう、タラサさん。あんたはできた女だよ。


「では、君たちは単眼族である私の目を疑うのかい」


 と、自信ありげに目の端をトントンと叩いた。


「私たち、単眼族の瞳はたとえ夜間であろうとも、千里先を見通す。

 その私が異常はないと言っているんだよ」


 聞いた話ではあるが、単眼族は千里先にある針の穴を見通すという。

 もっとも、それについては同じ船の単眼族に否定された。

 しかし、薄いカーテンで覆われた程度の家の中であれば、女の着替えを肉眼で見れるらしい。

 ろくなことに能力を使っていないよね。


 だが、風は相変わらず異常を訴えかけてくる。

 しかし、自信満々の航海士と、見習いの料理番。

 どちらが信用されるかなど、明らかだ。


「この感じ。間違いなく何か起きますよ」


「まぁ、私は見張りくらいしてもいいと思うけどねぇ。

 それに、後ろのお偉いさんの件もある」


 タラサは背後で停泊している船団。

 その中で最も大きく頑丈な船を見た。


 あそこには俺たちみたいな下層ではなく、本気で迷宮を攻略しようとしている王国の戦士たちが乗っているのだという。


「あそこの船でも、目立った動きはない。

 こいつの直感が当たって、それを知らせればこの船全体の評価にもつながる」


「なるほどね。そこまで言うのならば、君たちの明日の業務は休みにしよう。

 ここで一日空を観察すればいいよ」


 甘いささやきにモノロルは応じ、辛口の命令を下してきた。


「え!」


 達、という言葉にヤスミンは反応するが、航海士殿は耳を貸さない。


「君にしか判断できないことだし、まさかとは思うが異論はないだろうね」


「はい! もし本当にゼウスさまがお怒りになられたら、報酬としてもう一日休みが欲しいです」


「二日と言わず、三日やる。まぁ、無駄だとは思うよ」


 ここで話は終わったとばかりに、モノロルは船内に戻っていく。

 なんか、感じ悪い。

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