異世界ダンジョン村~ご飯にするお風呂にするそれとも……、もちろん全部! 俺は全てを貰うぞ

@kuroe113

第1話どこまでも広がる、青い海!

 ――ザーザーザー。


 どこまでも広がる青い海。

 緩やかな波によって、船が小さく揺れる。

 船首で黄昏時の空を俺こと、ケイデスはじっと眺めていた。


 この世界に転生して15年。

 故郷を半ば追い出される形で冒険者になった。

 見習いで、実績一切ないけど。

 これから有名になっていくつもりだ。


「懐かしい」


 という決意を、脇に置いて。

 俺は転生する前の故郷。

 地球に思いをはせていた。

 どうして、こんな風に前世のことを考えるのか。

 きっと海のせいだ。

 まぁ、前世でも今世でも、海に縁がなかったけど。


「見ているとどうしてか落ち着くんだよな」


 きっと、海だけは無効と同じだからだ。


 環境破壊、開発、廃棄物。

 森は割かれ、湖は埋め立てられ、山は削られる。

 しかし、海だけは手つかずだった。

 あまりにも広大過ぎたからだろう。どこもかしこも人の手が入っている環境での唯一の例外だった。


 だから、同じ光景を見ることができた。


 あるいは、海が全ての生命の故郷だからかもしれない。

 記憶ではなく本能が懐かしさを感じているのかもしれない。


 もっとも、俺はヘルメスの使徒(詩人)でもない。

 どちらが正しいのかも、今感じている思いを言葉になんてできやしない。

 着飾った言葉で自分を含めた人間を納得させることも夢のまた夢だ。


 ただ一つ言えることは、


「ああ、海はきれいだ」


 という、素朴な感動だけだった。


 これから挑むダンジョン。

 大冒険に出発するまでの憩いとしては十分だ。


「本当に静かだな」


 と、休憩時間ということもあって、鍛錬もせずにだらだらする。

 初めはよかったが、だんだんと退屈してくる。

 これなら棒振りでもしていればよかったか。


 もうすぐ夜。

 この船で、俺はただの雑用でしかない。

 とはいえ、酒と宴会の神であるディオニュソス様の加護がある。

 そのことが俺の地位を引き上げた。

 具体的には見習い料理人としての地位を俺にもたらした。

 夜間の見張りという面倒な雑務も、もっとも負担が少ない時刻。

 つまり、夕暮れ時に周囲を警戒すればいいという楽なものだ。

 その分、朝は早い。

 が、そこは必要経費だろう。



「もう慣れたけど、ネットかスマホが欲しい」


 囁きが、海に吸い込まれるように消えていく。

 都会では聞けない、人をリラックスさせる波音。

 思わず溶け出しそうになる。


 でも、都会人だからこそ。

 この状況に耐えられない。


 それも初めのうちだけだ。

 何も考えずに、ただぼーっとする。

 早く過ぎ去れという思いが、この状況も悪くない。に、変化する。

 家に引きこもって、外に出ようともしない俺には、ただ空を見上げることですら、余裕がないとできないと知っていた。


 いつしか、この静寂が続けばいいのにと思ってしまう。



「獲ったぞぉ!」


 なのに!

 静寂がぶち破られた。

 海から青い髪の少女が這い上がってきた。

 手にもっているモリの先には立派なタコ。

 肩には海藻がくくり付けられ、腰の袋には多数の貝。


「あっ!」


「おっ!」


 きっと、彼女。

 ヤスミンは周囲に誰もいないと考えていたのだろう。

 だからこそ、どこかの伝説番組みたいに叫び。

 その声を他人に聞かれた。


 すごい、顔が横にいるタコとおんなじ色になった。



「その、見た」


「お、俺は何も見ててないぞ、間抜け」


 武士の情けだ。

 知らんぷりしてやろう。

 だから、三つ叉のモリを俺の方に向けるな。

 脅しだと分かるが、落ち着かないんだよ。


 というか、恥ずかしいからって、人に武器を向けるな。

 人によってはキレられるぞ、ばぁ~か。


 だが、俺は心が広い。

 今回のことは水に流してやる。

 もっとも、今回の一件とまったく関係ないが、話の種として今回の事件を言いふらしてやる。

 言わないけど、本当に今回の一件とは関係ないんだぞ。



「ところで、引きあげてくれたら、分け前あげるけどどうする」


「もちろん手伝わせてもらうよ!」


 俺はびしっと敬礼。

 こんないい子の秘密をばらそうとする鬼畜がいるらしいが、どこのどいつだよ。


 間違いなくろくでもない奴だ。

 具体的には、ネットで人の悪口書きまくって炎上した経験があるに違いない。


 時代はWinWin。

 取引相手の利益にも気を使わなければ!



 俺は重たい滑車を回していく。

 下でもギシギシとロープがすれる音があるので、同じことをしているのだろう。


 前世と比べ文明が退化し、モラルも安全意識もないこの世界。

 それでも、救命ボートは存在する。

 問題があるとすれば、本来の用途ではなく、海に出た船員のエレベーターになってるけどね。

 遭難時に、避難用に使えるのか、これ。

 でも、便利だしいいか。



「よっと」


 滑車を回し終えると、ヤスミンは船の縁に手をかけた。

 腕の力だけで上ってくるのだから、なかなかに苦労している。


 だから、最初に見えたのは顔だけだ。

 不謹慎だが、打ち首のように見えた。


(それにしても、やっぱこいつ美少女だよな)


 先ほどは遠目で、薄暗かったので良く見えなかった。

 今は、その姿をまじまじと観察できる。

 小さく、それでいて均整が取れた顔。

 聞いた話では、俺と同い年、つまり15歳らしい。

 青い髪がこの赤く染まった世界の中で、妙に映えていた。


 泳いでいたからか、服装は胸のあたりに、薄い布切れ一枚だけ。


 小さなお椀。

 もう少し大きな方がタイプだが、それでも

どきりとしてしまう。

 が、目を逸らせば、からかわれると思い、視線はそのままだ。


 引き締まったボディーライン。

 それに続くように、彼女の髪と同じ青いうろこが目につく。


 そう、彼女は人間ではない。

 俺たちの前世風に言えば亜人。この世界では海の民。つまり、人魚だ。


 そう、俺が転生したこの世界は剣と魔法が存在するファンタジー世界なのである。

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