第18話 結局みーんなポンコツ♪

「──と、まぁ。こんなところか」


 朝霧先輩が生徒会室にあるホワイトボードへ、学食が使えないことによるリスクを書き上げてくれる。


 几帳面な字で整然と並んだ項目を見ていると、さすが裏の生徒会長だなと感心してしまう。


 だが、お昼ご飯を食べられない、お昼を食べる場所が減るといった点はわかるが、近隣住民への迷惑というのはどういう意味なのだろうか。


「朝霧先輩。その、近隣住民への迷惑というのは?」


 なぜ、生徒会に所属していない一般生徒の俺が質問をしているのか。


 他のメンバーは、先生に当てられない時に目を伏せるみたいに下を向いていたから仕方ない。


 雷堂先輩は窓の外を見つめ、そよは机の上の消しゴムをいじっている。広員だけが興味深そうにホワイトボードを見ているが、質問する様子はない。


「良い質問だ、緋色くん」


 朝霧先輩は嬉しそうに眼鏡を光らせて答えてくれる。その眼鏡の奥の瞳が、まるで優秀な生徒を見つけた教師のように輝いていた。


「学食が使えない学食派の人達は、コンビニで買ってくることになるだろう。この学校は持ち込んだ家庭ゴミを捨てるのは禁止というブラック校則がある。よって、持ち込んだゴミをそこら辺に捨ててしまう可能性が出てくるし、買った店だからと、そのコンビニのゴミ箱に捨ててしまうかもしれないからだ」


 なるほど、確かにそれは問題だ。コンビニの店員さんも迷惑だろうし、近隣の清掃問題にも発展しかねない。朝霧先輩の分析力は侮れない。


「それで近隣住民への迷惑というのが懸念されるのですね」


「懸念……むふ♡」


 なんでこの人、鼻息荒くしてんの?急に頬を赤らめて、まるで何かに酔いしれるような表情になっている。


「しょ、しょうだ。懸念だ♡ 懸念されりゅ♡」


 なんでこの人、絶頂前みたいになってるの? 呂律も回らなくなってるし、完全に危険な状態じゃないか。他のメンバーも困惑の表情を浮かべている。


「広員、なんであの人興奮してんの?」


 こっそり広員に耳打ちすると、苦笑いを浮かべた。その表情には慣れというか、諦めにも似た何かが含まれていた。


「いつもこういう議論みたいなことしたことないから、難しい言葉とか言うと興奮しちゃうみたい」


「なるほど。ただの変態か」


 果たして懸念という言葉は難しい言葉なのか、どうか。まぁ、確かに普段の会話で「懸念される」なんて言い回しは使わないかもしれない。でも、それでこんなに興奮するのは明らかに異常だろう。


「あの、普通に疑問なのですが、どうして私物のゴミをゴミ箱に捨てちゃダメなんですか?」


 難しい言葉を使わずに質問すると、朝霧先輩は通常に戻った。さっきまでの恍惚とした表情が嘘のように、いつもの冷静な生徒会長の顔に戻っている。切り替えの早い変態みたいだな。


「よくある、『昔から〜〜〜だったから』というしょうもない理由だな。だが、そのしょうもない校則を変えるというのは時間と労力が必要となるのだよ」


 朝霧先輩の声には若干の苦々しさが含まれていた。きっと過去に校則改正に挑戦して苦い思いをしたことがあるのだろう。元生徒会長という立場上、理不尽な校則とも向き合わなければならない大変さが伝わってくる。


 たかだかゴミ箱一つ設置するだけで時間と労力が必要となるなんて、嫌な学校だな。でも、これが現実というものなのかもしれない。


「だったら、こういうのはどうだろう」


 視線を伏せていた雷堂先輩が手を挙げて発言をする。今まで黙っていたのに、急に建設的な意見を出してくるあたり、さすがは副会長だ。


「学食が直るまで弁当を配布するというのは」


「なるほど。弁当か」


 雷堂先輩の意見に、朝霧先輩は感心の声を上げた。確かに弁当配布なら、ゴミ問題も解決できるし、生徒たちの昼食も確保できる。一石二鳥のアイデアだ。


「それ、そよもありだと思いますー」


 弁当と聞いて、そよは肯定の意を示した。彼女の表情が明るくなったのは、きっと美味しい弁当を想像しているからだろう。そよは食べることが大好きだからな。


「私も、お弁当アリだと思います」


 シュッと手を挙げた広員。その動作がなんとも可愛らしい。広員の賛成は予想通りだった。彼女は基本的に建設的な意見には賛成してくれる。


「うむ。そうだな。生徒会で弁当を振る舞うのもアリかも知れん」


 決定権をお持ちな副生徒会長の朝霧先輩は、他のメンバーの賛成の声に流されつつある。その表情には、やってやろうという意気込みが見て取れた。


 しかし、問題がある。重大な問題が。


「生徒会で料理できる人っているんですか?」


 シュッと挙がる広員の手。その素早さは、まるで優等生が先生の質問に答えようとする時のようだった。


「うん。広員。きみはゆっくりと手を下ろそうか」


「あ、はい。すみません」


 広員は素直に俺の言うことを聞いてゆっくりと手を下ろした。その困惑した表情が申し訳なさそうで、ちょっと可哀想になってしまう。でも、今は現実を直視する時だ。


 コホン。


 それでは僭越ながらこの私、緋色陽が生徒会メンバーにツッコミをさせていただきます。ごしょうみください。深呼吸をして、生徒会室の静寂を破る。


「誰もできねーじゃねーかよ!!」


 俺の叫び声が生徒会室に響き渡る。朝霧先輩は眼鏡を押さえ、雷堂先輩は肩を震わせ、そよは「あー」と小さく声を漏らし、広員は苦笑いを浮かべていた。現実は時として残酷である。

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