第13話 風邪引き生徒会長
「大丈夫か? 広員?」
「……ごべんばだい」
俺──緋色陽のベッドでグロッキー状態になっている片想いの女の子は、ごめんなさいもまともに言えない状況であった。
おじいちゃんに逆らえないとはいえ、裸になったのが仇となったか……。いや、あれは虫が入った流れで仕方なくか……。
彼女の体調不良で肩の力が抜けたというか、なんというか。昨夜の色々な感情がぶっ飛んだよね。
しかし、どうしたものか。唐突な引っ越しだったため、救急箱なんてありもしない。だから、体温計もないわけだけど、広員を見ていると明らかに高熱を出している様子。
病院に行った方が良いレベルだよな。
「広員。保険証ってあるか?」
「ほ、けん、しょ……実家、に……」
俺と同じパターン。俺だって保険証は実家に置いたままだ。こういう時に必要だよな。今後の勉強になるが、現状を打破できていない。
とにかく、病院は後回しだ。
時間を確認すると、まだドラッグストアは開いていない時間帯。今は市販の薬も買えないな。
「──緋色、くん」
どうしようかと悩んでいると、広員が弱々しく俺に名前を呼んで、精一杯の笑顔を振り撒く。
「学校、行って、良いよ。私は大丈夫だ、から。風邪、移しても悪いし……」
片想いの女の子による気遣いが、今は無性に腹が立ってしまった。
大丈夫なわけがない笑顔。明らかに無理している声。それなのに、俺に風邪が移ってしまうと悪いからという配慮。
そんなもん、こっちは広員の風邪なんていくらでも貰ってやるっ気持ちなんだ。
「俺は学校に行かない。こんな高熱の生徒会長様を放って学校なんて行けるかよ」
そう言いながら、含みのある笑みで言ってやる。
「生徒会長の前で堂々とサボってやる。サボって生徒会長に朝ごはん作ってやるんだ」
そう言い残して俺はキッチンに向かった。
♢
キッチンで軽く雑炊を作ってやり、俺のベッドで寝ている広員の下へ戻る。
「広員。大丈夫か? 雑炊くらいなら食べられるか?」
「……」
「無理そうか? でも、空腹の方がしんどい──」
「ぅぅぅ、ぁぁ……!!」
急に広員が泣き出してしまった。
なんだか、幼い子が急に泣き出した感覚に近い。
「ど、どうした? だ、大丈夫か?」
「緋色、くんを、振り向かす、とか、言ったのにぃぃ……カッコつけて、言ったのにぃぃ……風邪引くとか、ダサすぎて……そのくせ、人のベッド占領してるしぃ……しかも頭痛いし、身体だるいし……もぅ、最悪だよぉ……」
しくしくと泣きながら泣き言を放つ広員を見て、なんか母性的なににかが発動してしまう。
「別に俺のベッドとかいくらでも取って良いから」
「でもぉ……ダサ過ぎるよぉ……」
「ダサいとか思ってないから。な?」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「……」
「ほら。ご飯食べるか?」
「自分じゃ、食べられない……です」
なんだ、この可愛い生物は。
普段は完璧生徒会長(見た目だけ)だが、今の広員は中身はおろか、見た目もだめだめじゃないか。
か、可愛い。可愛いが過ぎる。お世話したくなるっ。
「よ、よちよち。食べさせてあげるからな」
若干赤ちゃん言葉が出てしまったが、気が付いていない様子の広員の口元へ、雑炊をレンゲですくって持っていく。
彼女は雛鳥のりように口を開けて俺にされるがまま。
「あちゅちゅ」
「ごめん。熱かった?」
「はふはふ……ぉ、ぃしい……です」
そう言いながらもう一度口を開ける。
「あ、緋色、くん。わがまま言っても良い?」
お前のわがままならなんだって聞くってもんだ。
「どうぞ」
心の中では男気を出すが、言葉に出るのは無難な言葉。へたれの末路だよな。
「ふーふー、して、くれないかな……」
「!?」
ふーふー、だと!?
それはあれか? 俺の吐息をご所望というわけか。
え? 俺ので良いの? まじで良いの?
「して、欲しい?」
「して、欲しい、です」
おっしゃらああ!! まかせろおおお!!
気合いを入れて、優しく、ふーふーしてやった雑炊を広員に送る。
「うふ……おいしい……」
なんなんだ、この可愛い生物は。なんなんだ、この可愛い生物はあああ!!
♢
「──っと」
さっきまで、広員の態度が可愛い過ぎて悶絶していたのだが、気がつくと、自分の部屋の椅子に座っていた。どうやら寝落ちしてしまったらしい。
あの後、俺の雑炊を食べて少し落ち着いてくれた広員は、そのあとすぐに眠ってくれた。その隙に、ドラックストアに出向いて市販の薬やら、体温計やら、熱冷ましのシートやら、栄養ドリンクやらを買い込んで帰宅。ソッと熱冷ましのシートを広員に貼ってやり、そのまま椅子に座って寝ちまったか。
「ぁ……」
ふと、広員と目がばっちりと合うと、そのまま寝返りをうって背中を晒して来る。
かと思ったら、すぐさまこちらを向いて、照れ笑いを浮かべた。
「緋色くんの寝顔を見てるのがバレちゃったね」
「え、俺の、寝顔……」
出てもいないのに、反射的に手でよだれを拭く仕草をしてしまう。
「へ、変な顔とかしてた?」
「ううん。そんなことないよ」
「イビキとかかいてた?」
「ううん。全然。スースー寝てたよ」
愛でるような笑みで言われてしまう。なんだか弱味を握られた気分になる。
「ひ、広員は?」
恥ずかしくなり、そっぽを向きながら彼女に問う。
「広員は、熱、は、どう?」
買って来た体温計を渡して尋ねると、素直にそれを脇に挟んで熱を測る。
すぐにピピピと音が鳴った。
「何度?」
「37.8」
「まだ下がってないな」
「うん。でも、緋色くんのおかげだよ。多分、もっと熱あったと思う」
「まぁ、あんだけ乱れてたらな」
「うぐっ」
あ、やば。病人にダメージを与えてしまった。
「い、いや、いつも通りかな?」
「も、もう。緋色くん。フォローになってないよぉ」
あはは。なんて互いに笑い合う。
良かった。笑えるまで回復してるなら、すぐに熱も下がってくれるだろう。
「あ、そうだ。そろそろ、自分のベッドに戻るね。いつまでも緋色くんのベッド占領するのも悪いし」
なんだか今更感のある発言に対し、俺はストップをかける。
「熱が下がるまで大人しくしときなさい。もう今更だし。どうしても自分のベッドが良いとか、俺のベッドが嫌とかなら話は別だけど」
そう言うと、広員は掛け布団で顔の下半分を隠した。
「こ、こっちのベッドの方が、熱が下がりそうな、気が、するから、ここでも良い?」
俺から言ったのに断るわけがない。
「いいよ」
「やた」
病人が嬉しそうに声を弾ませた。
「あ、でも、それだと緋色くんのベッドがないよね」
「俺はリビングがあるからいいよ」
「だ、だめだよ。もし、夜まで私が緋色くんのベッドを占領しちゃってたら私のベッド使って」
その提案にドクンと胸が弾む。
「え、い、良いのか?」
「こっちが借りてる身だしね」
そんなもん下心しかないぞ。
「良いんだな?」
「うん」
♢
そんなわけで、広員の熱はあまり下がらず、俺のベッドを占領してしまっているもんだから、彼女のベッドを借りることになった。
いや、まぁ、女の子のベッドを借りるとか下心しか芽生えんだろ。しかも片想いの女の子のベッドだぞ。鼻息荒くなるわ。
とか安易に考えていた時期が俺にもありました。
「これ、ベッドどこにあるん?」
汚部屋過ぎで、彼女のベッドが見当たらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます