第9話 邪魔すんな、じじぃ!!

 流れとはいえ、生徒会の手伝いをすることになってしまった。ちと面倒ではあったが、それほど難しいことではなかったため、すぐに終わった。この程度で広員の株を上げてくれるのではあれば、こちらとしてもありがたいって話だ。


「あ、副会長だ」


 前の席に座っている嵐の声が少し弾んでいる。そりゃまぁ、片想いの相手が自分の教室に現れたらテンション上がるよな。つうか、片想いの相手が年上で、しごできで、クールビューティーとか、たまらんな、おい。いや、俺は広員一択だけども。


 でも、正直、歩いているだけで絵になるんだよなぁ、朝霧先輩。


 見惚れてしまった、という表現がピッタリな感じで朝霧先輩を見ていると、その身体は広員の方ではなく、こちらの方へ向いていた。


「や。緋色くん」


 見惚れていたから簡単に目が合うと、朝霧先輩が親し気に手を挙げて挨拶をしてくれる。


「ども」


 部活動に入っていない俺としては、どうも上下関係というのが苦手なので、漫画やアニメで見た部活ものの挨拶を真似てみる。様になっていないのは、ほうっておいてくれ。


「ありがとう。クラウド見たわ。早速やってくれたのね」


 最近はなんでもクラウドらしく、生徒会の仕事も全部ネットで一括管理できる神ツールを使用しているらしい。昨日振られた書類を、昨日のうちにクラウドにアップしておいたのだが、もう見てくれたみたいだな。


 朝霧先輩が俺の耳元に顔を近づけると、美女の匂いがした。


「きみみたいな優秀な人、正式に欲しいくらい」


 もうね、耳元で囁く声とか、髪を耳にかける仕草とか、しごできパーフェクトウーマンなのよ。女性フェロモンが滲み出てるのよ。


「また、頼むわね」


 言葉と共に、女性フェロモンをぷんぷん残して彼女は去って行った。


「……陽。副会長と仲良さげじゃん」


 残ったぷんぷんの女性フェロモンを浴びて、前の席の嵐はぷんぷんと怒っている。


「いや、別に仲が良い訳では……」


「ふぅん。あの距離間でそんなこと言えるんだねぇ」


 ダウナー系の彼が怒ってらっしゃる。つうか、ダウナー系なのに感情豊かだね、この子。


「片想いを拗らせ過ぎて乗り換えるのは自由だけどさぁ」


「そういうんじゃないっての。めっちゃ絡んで来るじゃん。めんどうくさいなぁ」


「面倒くさいのは僕じゃなくて、あっちかもよ」


 言いながら嵐が視線でさした場所は、窓際の一番後ろの席。広員の席。そちらに視線を向けると、天使達に囲まれた女神様がこちらを見ているような気がした。



 家で夕飯を食べ終えると、ジーっと広員がこちらを見てくる。


 そういえば今日、学校からジッと見てくる気がする。


 好きな人へ熱烈な視線を送っているのとは程遠いような目。怒っているような、そんな目だ。


「えっと、広員? 怒ってる?」


「別に怒ってないです」


 怒っている人が返すような言い草で返されてしまう。


 なんだ。どうして怒っている。俺が広員を怒らせるようなことをしてしまったのか。


 しっかし、なんだ。ちょっとばかし頬を膨らませている感じがハムスターみたいでかわいいな。とかいらぬことを申すと怒りを促進させるだけだろうから黙っておこう。


 困っていると、広員が自分の今の気持ちを教えてくれた。


「ただ、理央先輩がやたらめったら緋色くんの話を私にするから、理央先輩って緋色くんのことが気になるのかなぁって思っただけ」


 朝霧先輩!? 株を上げようとして暴落しているのですが!? いや、暴落というか、思いっきり勘違いされてますよ!?


「そんな緋色くんは理央先輩のことどう思っているのかなぁっと」


「どうって?」


「そりゃ、好きなのかなぁとか」


 片想いの女の子が、俺の恋愛事情に興味を持っているなんて嬉しい。嬉しいからこそ、ちょっとばかしの好奇心と悪戯心が芽生えてしまう。


「もし、俺が朝霧先輩を好きになったらどうする?」


「え……」


 広員の顔が一気に暗くなり、今にも雨が降り出しそうな表情になる。


「緋色、くん。理央先輩のこと、本気で?」


 こちらの好奇心と悪戯心のせいで、広員にこんな顔をさせてしまい罪の意識が芽生える。


「い、いや、出会ってまだ数日しか経ってない先輩を好きとかなんとかってのはないよ。ガチでないから」


 大慌てで否定すると、降り出しそうな雨から、太陽が現れたような表情になってくれる。


「そっか。良かった」


 ちょっとばかし弾んだ彼女の声に期待してしまう。


「緋色くんが理央先輩を好きになっちゃったらどうしようって思ってたから」


 弾んだ彼女の声に期待してしまう。


 これは嫉妬なのではないだろうか。


 向こうには好きな人がいるかもしれない。でも、もしかしたら、俺の料理男子スキルを目の当たりにして、俺の方に矢印が向き始めた可能性もある。この同居で広員を振り向かせるんだろ? 陽。だったらここは強気でいけっ。


「な、なぁ広員──」


 ピンポーン。


 こちらが強気でいこうとした矢先にインターホンの音が部屋に響き渡った。


「えっと、広員」


 ピンポーン。


 更にインターホンが押されてしまう。


「ひろ──」


 ピンポーン。


「だっさらこっさらら!!」


 俺の強気の心を蝕むインターホン。


 なにがピンポーンだっ!! 空気的にブブーの間違いだろうがっ!!


 このしつこさは絶対にじじぃだ。間違いない。幸せな高校生同士の同居の邪魔をするやつぁ!! ゆるさん!!


「じじぃ!! 今、いいところなんだから邪魔すんなっ!!」


 強気の心のはけ口をじじぃに向けながら玄関を開けてやる。


「すいやせん」


「あ……」


 じじぃはじじぃでも、広員のところのじじぃであった。

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