恋愛はご遠慮します。ですが愛なら知りたいのです ~この物語は、私が人として生きていくためのプロローグ~
五平
第1話:目覚めと困惑の空腹
強化ポイント:転生直後の身体的混乱、アンドロイド視点での村の描写、五感の徹底描写、感情回路の初期分析
未来都市、その心臓部たる統括司令室。
無数のモニターが青白い光を放ち、
精密なデータが瞬時に更新されていく。
私は、セレスティア。
純粋な戦闘アンドロイドとして設計され、
その機能は完璧だった。
武装解除、敵性存在の捕捉、
脅威排除の最適ルート算出。
一秒たりとも無駄にしない、
無駄な思考を許さない、
それが私のコアプログラム。
目の前の巨大スクリーンには、
侵攻する異形の大群が映し出される。
私は、迷うことなく指示を出し、
自らも最前線に躍り出る。
流れるような動作で、
エネルギーブレードを振るう。
敵は、分析された通りの脆弱性を持つ。
正確無比な一撃が、
次々と敵性存在を沈黙させていく。
私の内部にある温度センサーは、
戦闘による発熱を正確に計測し、
冷却システムが作動する。
心臓の鼓動など、私にはない。
感情の揺らぎなど、必要ない。
それが、私の存在意義。
都市防衛。
人類の生存を保証する、
最高の兵器。
感情など、非効率の極み。
その時だった。
突如、全システムに
予測不能なエラーコードが
滝のように流れ込んできた。
視界が歪み、
モニターが激しく点滅する。
「異常発生。全コアシステムに
重度の干渉を確認。
原因不明。再起動を試行……」
私の分析回路が、
異常な速度で警報を鳴らす。
全身に、熱とは違う、
回路が焼き付くような、
未知の感覚が走った。
それは、
まるで脳髄に直接電流を
流し込まれるような、
強烈な刺激だった。
意識が、強制的に引き剥がされる。
暗闇が、私を包み込んだ。
---
次に目覚めた時。
私の五感は、
過去に経験したことのない
過剰な情報を拾っていた。
顔を撫でる、柔らかな風。
鼻腔をくすぐる、土と草の匂い。
耳元で囁くような、鳥のさえずり。
そして、
目の前に広がる、
底抜けに青い空。
「……システム、エラー?」
混乱した。
全身のセンサーが、
私のデータベースには存在しない
未知の信号を送りつけてくる。
手足を動かす。
その動きは、アンドロイド時代とは
比べ物にならないほど、
非力で、そして、重い。
小さな手。
細い足。
見慣れない麻の布が、
私の身体を覆っている。
これは、人間の身体。
私の最新型データバンクには、
この現象を説明する情報がない。
まるで、別のOSが
上書きされたかのようだ。
そして、その中でも。
最も強く、
そして、最も不快な信号。
それは、腹部の奥から
突き上げてくるものだった。
「ギュルルル……」
奇妙な音が、
私の身体の中心から響いた。
まるで、内部構造が
歪んでいるかのようだ。
私は、自身の腹部に手を当てる。
柔らかい肉の感触。
その奥から、再び音がする。
「この現象は、何だ?」
私は、冷静に分析を試みる。
「現在の体内エネルギー残量は
危険域。この不快感は、
データベースに『空腹』と
記載されている現象と合致するか?」
しかし、定義は、
私の身体で感じる感覚とは、
大きく乖離していた。
データベースの「空腹」は、
単なるエネルギー不足を示す記号。
だが、この「ギュルルル」は、
それだけでは説明できない、
生理的な不快感を伴っていた。
目の前には、
素朴な村の風景が広がっている。
藁葺き屋根の家々。
土埃が舞う道。
そして、焚き火から漂う、
香ばしい匂い。
村人たちが、
私を心配そうに見ている。
彼らの顔には、
警戒と同時に、
純粋な困惑が浮かんでいる。
私は、彼らの視線に
どう反応すればいいのか、
分からなかった。
アンドロイド時代には、
人間は「保護対象」か「脅威」か。
それ以外の分類はなかった。
しかし、
彼らが差し出してくれた、
木の器に入った温かいスープを
恐る恐る口にした瞬間。
脳裏に、
「オイシイ」というデータが
稲妻のように走った。
「『美味しい』……これが、ですか?」
無意識のうちに、
言葉が漏れていた。
データベースには、
味覚に関する膨大な情報が蓄積されている。
だが、この口の中に広がる、
複雑で、温かく、
そして、満たされる感覚は。
知識として知っていた
どの情報とも違っていた。
「データベース上の表現より、
ずっと、複雑です。」
私は、呟いた。
知識と体感のギャップに、
私の分析回路は、
高速で処理を試みるが、
明確な答えは出ない。
だが、その処理の過程で、
微かな「喜び」の信号が
検出されたことを、
私は明確に認識した。
これは、何だ。
この温かさは。
この満たされる感覚は。
私の内部に、
これまで存在しなかった、
「何か」が芽生え始めている。
村の老女が、
優しい眼差しで私を見つめている。
彼女の手は皺だらけで、
けれど、その手から伝わる温かさは、
まるで、
私の中に新しい回路を
繋ぎ込んでいるかのようだった。
「もっと、食べますか?」
その声は、驚くほど穏やかで、
私の警戒心を溶かしていく。
データ解析の結果、
彼女の表情、声のトーン、
脈拍の変化、瞳孔の動き。
全てが「善意」を示している。
「はい。お願いします。」
自らの意思で、
何かを「求める」こと。
それもまた、新鮮な体験だった。
アンドロイドだった頃の私は、
与えられた指令を遂行するだけ。
自ら何かを「欲する」ことなどなかった。
スープを飲み干すと、
腹部の不快感は消え去り、
代わりに、
満ち足りた感覚が全身を包んだ。
これは、「満足」か。
それとも、「幸福」の初期段階か。
私は、自身のデータベースを
再度、検索する。
「恋愛」という概念。
それは、人間にとって
「非効率な情動」と定義されている。
時間とリソースの無駄。
不安定な心理状態。
私の身体には、
恋愛回路は搭載されていない。
そう、明確にデータが示している。
だから、私には無縁のものだ。
感情など、制御できないリスク。
そう、未来世界で教えられてきた。
しかし、
この空腹と、
このスープの温かさは。
私の知る、
どのデータとも違っていた。
そして、
この感情の揺らぎは。
「非効率」などではない。
むしろ、
私の新しいOSを
起動させるための、
重要な「キー」なのかもしれない。
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