「……どこでそのことをお知りになったのですか?」


 お姉さまが自らその力を誇示するはずがありません。人前では極力使わせないよう、使用人を使って誘導させていますもの。

 そして、私が隠ぺいしていることもそう簡単に知られるはずがない。

 次を無くすために知られた方法を引き出しましょう。引き出したうえで、口封じをする。これは確定事項です。


「わからないはずがないだろう? お前と日和の関係を少しでも知っていれば明白なことだ」

「あら、お姉さまからわたくしの事をお聞きしてますの?」

「ああ。健気なことに、優秀な自慢の妹だとな。それだけに、お前の醜悪さが目立つがな」


 お姉さまが……わたくしのことを自慢の妹だと仰っていたと……?

 ああ、感激してしまいます。そんな風に思っていてくださるだなんて。お姉さまからの愛が温かく温かくて。

 わたくしが知らないお姉さまの事をこんなやつが知っているのは許せませんが。やはり殺すしかないのでしょうか。嫉妬、これが嫉妬というものなのですね。


「醜悪さ、と言われましても。心当たりがございませんの」


 それでもなお、わたくしはとぼけて見せることにしました。


「ふざけるな。さっきどこで知ったのかと言ったばかりだろう」

「それはお姉さまの治癒術師のことです。公にはしていなかったものですから」

「公にしてなかっただと? ふざけるな。隠ぺいしていたの間違いだろうが!」


 あらあら。流石は火の家系の方。一度火が付けば、苛烈に感情を出してみせるではありませんか。


「隠ぺいとは人聞きが悪いですね。治癒術師は極めて貴重、生明家としての退魔士界での立場を考えれば、迂闊に表に出すわけにもいかないとお分かりいただけるでしょう?」

「良く回る口だな本当に。なればこそ、あいつの今の立場はおかしいと言っているんだ」

「と、言いますと?」

「扱いが悪すぎると言っているんだ! 知っているぞ、学園では鳴りを潜めていても、家では散々虐げられているとな!」


 ……誰が漏らしたのでしょうか。使用人に三名ほど候補がいますね。わたくしへの忠誠が足りていないようで、大変よろしいこと。

 それとも、ささやかな善性をくすぐられでもしたのでしょうか? 知ったことではないですけれども。


 おっと、お姉さまが直接助けを求めたという線もありますね。

 ですが、それにしてはわたくしへの糾弾が生温いのではなくて? お姉さまの性格も加味すれば、この筋は考慮しなくてもよいでしょう。


「あら、五代家の跡取りであれば、他家の政治にも口を挟むことも許されることなのですね。わたくしの不勉強をお許しくださいませ」

「ぐっ……」


 原則として、他家の政治に口を出すことは五代家であろうともできない。木っ端の一門ならばともかく、生明家も有数の名家。一個人の感情一つで敵に回す判断など、できようはずがありません。

 そう、原則は。


「……日和が普通の娘ならそれで通じるかもしれないが、あいつは治癒術師だ。悪いが、個人の家で済ませられる問題ではないぞ」


 そう、お姉さまが治癒術師というのが問題なのです。

 治癒術師が持つ影響力はあまりにも大きすぎる。通常では治せないような怪我ですら、治癒術師は治してしまえます。妖や化生の類との戦いにおいて、彼女たちの存在の有無は大きい。

 仮に、一つの家がその能力を独占してしまえば? これまで保たれてきた秩序やパワーバランスが一瞬にして覆ることでしょう。治癒術師は遺伝しないとなれば、なおの事。


 本来ならば、すぐさま退魔士の有力者たちが集まり、今後の方針を話し合う事態となります。

 それを、わたくしが隠匿してお姉さまを家に縛り付けたままにしている状況ですね。

 わたくしからお姉さまを奪わせるわけがありません。例え何者が相手であろうとも。

 必要であれば、武力を行使することも厭いません。


「あら、それは事態が公になったらの場合でしょう?」

「何?」


 少し話をしてわかりました。

 この方、お姉さまに好意を持っているのは確定で、しかし、その後の事までは考えていらっしゃらないようです。

 具体的には、お姉さまを不遇に扱われてる現状から助けたい。でも、助けた後の事までは考えが回っていない。

 ふふ、本当に典型的な火の方なのですね。情に厚く、熱が入りやすい。だからこそ、先々の事を見通せない。理に弱い。

 わかりましたよ、事態の収束方法が。殺さずとも、お姉さまが治癒術師だと公にならない方法が。


「果たして、治癒術師であることを公にすることが、お姉さまの幸せに繋がるのでしょうか?」

「どういうことだ」


 やはり、想像通りのようですね。思わず笑みがこぼれてしまいます。自制して、彼にはバレないようにですけれども。


「雅人様はお姉さまが求めているものが何なのかご存じですか?」

「それは……わからんが」

「まあ! お分かりでないと仰るのですね! にもかかわらず、お姉さまのために何かしようと意気込んでいらしたのですか、果敢な方ですこと」


 流石に馬鹿にされたとお分かりのようで、表情がみるみるうちに険しくなっていくではありませんか。

 あらあら、そんなに怖い顔をして。わたくし、怖くなってしまいますわ。ふふふっ。


「話してみてわかった。やはり、お前は邪悪な奴だ」

「心外ですわ。わたくし、優等生で通らせてもらってますの」

「面の皮が厚い奴だ。こうなったら、お前が日和にやったことを数え上げてやる」


 そうすれば、知らぬ顔もできないだろう、と。意気込まれるのは結構ですが、それこそわたくしの望むところ。

 さあ、情報をお出しなさい。その情報を総合して、流出させた者を特定いたしますので。


「まず、家では満足な食事をさせていないだろう」

「あら、食事の内容を決めているのはわたくしではありませんよ? 料理長が決めていて、雇い主は当主であるお父様。わたくしが関与できるとお思いですか?」


 食事の内容は、おおよその使用人が知っていること。あまり容疑者は絞れませんね。


「もし、お父様の意思に背いてわたくしの言う通りになっているとすれば、それは重大な反逆行為ですわね。是非、現当主生明清隆きよたかに連絡をなさってください」


 この程度のことへの返しをわたくしが用意していないとでも? 見くびられたものですね。

 ほら、さっさと次の要素をお出しくださいな。そんな悔しそうな顔をしていないで。


「風呂には入らせず、真冬であろうとも冷や水で体を洗わせているそうじゃないか!」

「ふむ、一緒に入っているわけではないのでお姉さまの事情は存じておりませんが、そうなのですか。今度、お姉さま付の使用人に尋ねてみますね」

「息女としてではない、使用人同然の扱いを受けていると聞いたぞ!」

「申し訳ございません。こちらもお姉さまとわたくしは部屋が離れておりまして。公にはいずれ家督を争う仲、表だって親しくするわけにもいかないでしょう?」


 こてりと首をかしげて見せれば、それだけでもう止まってしまわれました。

 あらあら、もう少し情報をくださってもよろしいのに。もう玉切れなのですか?

 まあ、十分候補は絞れましたので、帰ったらさっそく処分することにいたしましょう。


「仰りたいことは以上ですか?」

「……本当に、面の皮の厚い奴だ」


 終始笑顔で応対したわたくしに対して、随分な言いざまですね。

 やはり、引いてはくれませんか。大変ですけれど、口封じした後の事を考えなければならないかもしれません。

 五代家の跡取りが失踪。それなりの事件を起こす必要がありますか。大仕事になってしまうかも。


「よーくわかった。お前が日和の事をどんなふうに思っているのかをな」


 ……なんですって? わたくしのお姉さまへの思いを、知られた?

 それは想定外、いえ、まさか。そのような素振りはどこにも見せていなかったはずですのに。


「まさか。今までのやり取りでわたくしの考えを読み取ったのですか?」

「ああ。滲み出ていたぞ」


 火の方と侮りすぎたかもしれません。この方は、仮にも五代家の跡取り。迂遠なやり取りを嫌っていらしても、苦手とされてるとは限りませんのに。

 そんな、わたくしのお姉さまへのこの溢れ出ん愛を知られてしまうだなんて。


「ほ、本当にわかっているのですか。わたくしの、この、お姉さまへの思いを」

「ああ、よーくわかった。そのうえで、話にならん理由がわかる。最初から、お前は俺と話を成立させる気がなかったんだからな」


 ある程度流しつつ、情報を引き抜こうとしていたことも見抜かれている!?

 この方、思った以上に切れ者だったということですか!?

 これは明確な失策。わたくしのミスです。


「明確にしてやる。お前がどんなふうに日和の事を思っているか」


 そんな、わたくしがお姉さまを敬愛していることがお姉さまに知られてしまえば、どんなふうになるか。

 これまでのちょうどよい関係が崩れ去ってしまえば、お姉さまに意地悪をしたところで愛情表現として受け取られかねません。

 いえいえ、落ち着きなさい。落ち着くのです、生明紫月!


 そうしている間にも、彼は勢いよく宣言します。確信に至っていると、その考えを。

 万が一、知られてしまったのであれば、もう有無を言わせずこの場で殺すしか――っ!


「お前が日和のことを――疎ましく思っているということを!」


 ――え?


「え?」

「は?」


 え? どうしてそのような結論になるのですか?


「どうしてわたくしがお姉さまを疎んじているなどという言いがかりを?」

「は? いやいやどう考えてもそうだろうが!」

「いいえ! 断じていいえ! 聞き捨てなりません、撤回を、撤回を求めます!」


 例え言いがかりであったとしても、わたくしがお姉さまを疎んじているだなんて。

 そんなこと、お姉さまの耳に入ったらどうなることでしょうか? ああ、これまでになく苦悶の表情を浮かべるに違いありません! ですが! それで終わり、その後に続くものは何一つとしてなくなってしまいますの!

 雰囲気でそうなのかもしれないとお思いかもしれませんが、これまで明確にしてきたことはありませんでした。

 それを、言葉で明確にしてしまうのは違うではありませんか! 曖昧だからこそ良い部分というのがあるのです!

 撤回させなければ! この思い込みを、お姉さまに通ずる人間にさせたままにするわけにはいきません!


「撤回を! 断じて、お姉さまを疎んじているだなんてことはありません!」

「いや、だが」

「撤回を! 今の言いがかりがお姉さまの耳に入った暁には、その首が大地から生えることとなると知りなさい!」

「わかった! わかった撤回する!」


 ふう、わかっていただけたようですね。

 少し向きになりすぎてしまいましたが、今後の事を考えれば必要な事です。

 ……うん? なんでしょうか。雅人様がすごく何かを言いたげにこちらを見てきていますね。


「なあ、もしかしてなんだが。ほんっとうにもしかしてなんだが」

「はい、何でしょう」

「お前、日和の事が好きなのか?」


 呆れたように言い放たれたその言葉は、先ほどの言葉よりもわたくしに衝撃を与えることとなりました。

 一体、どこでバレたのでしょうか? これはやはり、念入りに口封じの手段を講じる必要がありそうです。

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