可哀そうなお姉さまを愛でたいだけですのに!

パンデュ郎

 わたくし生明あざみ紫月しづきは特別です。

 周りの大人たちはみんな私のことを褒めちぎる。他の言葉をお持ちでないかのように。

 まあ、そのすべてが当然の事なのですけれども。何せ、生まれた時から私は勝ち組であることが決定づけられてますので!

 時代の寵児、千年に一度の才媛、天使のようなかわいらしさ。

 つやつやの髪の毛に、弾力のあるお肌。手入れを欠かしたことはありません。家のためでもありますので。


 私が産まれた生明家は退魔士の一族。その名門。

 将来人々の安寧を脅かす悪霊や怪物と戦うために、表向きは一部の選ばれた人間しか入れないとされている土御門学園に通っております。

 土御門学園の本来の姿は、退魔士やそのサポートをする人材を育成する学園。

 日本という国を守るための人材を育成するための場所。秘匿された、裏の世界とでも呼びましょうか。


 そこで、私達は日々学業と、退魔士としての能力を磨いているのです。


 もちろん、私はただ天才と謳われるだけではありません。その呼び名に相応しいよう、日々の研鑽は惜しみません。

 例えば、学園の休み時間には。


「紫月さま」

「ん? どうかしまして?」

「ここのところがわからないのですが……」

「見せてくださいますか? ああ、ここの部分はそちらではなく、こちらの式を使いまして……」


 と、クラスメイトに勉強を教え、学業にも曇りを見せることもありません。

 他には、実技の時間に置いては。


「まあ! 生徒の時点でこんな高度な術式を!」

「流石は神童である紫月様です!」


 能力の誇示も忘れません。

 術師の家系に生まれたのですから、資質を示すことは義務の一つですので。


 才色兼備。その言葉は私のためにあり、誰もが認めることでしょう。

 生明家の次女として恥ずかしくないように。いずれは時代を引っ張っていく退魔士の一人として育てられています。


「それに比べて……日和ひよりさまはねぇ」

「あれで紫月様のお姉さまというのですから。もう少し自覚を持ってもらいたいものですわ」


 並みの術師であれば、いともたやすく実現できるような簡単な符術ですら、お姉さまはこなせません。

 退魔士一門の名家である生明家に生まれておきながら、退魔士としての才能を持たないとされているお姉さま。周囲の彼女に対する扱いは、それはそれは冷たいものです。

 生徒の身分でありながら、準一級の位にいる私とは大違い。


 ただ、私は知っているのです。

 お姉さまがある日、家の庭にて怪我をしていた小鳥を助けていた姿を見てしまったの。

 治癒術式。それは非常に稀有で、日ごろ邪霊と戦う退魔士たちにとっては手が出るほど欲しい人材。百年に一人と言われている、突然変異でしか生まれない存在。

 それも、命が風前の灯火のように失われかけていた小鳥を再び空に羽ばたけるほどに癒してみせたのですから、お姉さまの治癒術師としての能力の高さがうかがえます。歴史上でも、これほどまでに卓越した記録は残されていません。


 目撃した後、私は即座に動きました。隠ぺい、情報操作、似たような条件が起きないように建物の巡回配置の精査など。考えうる全ての対策を取りました。

 もしもこのことを他の人に知られれば全て終わり。大事に大事に積み重ねてきた全てが、一気に失われることと直感したのです。

 お姉さまは虐げられていなければならない。それも、私の手で。

 治癒術式が発覚したことで日の目を見て、他の誰かの手で大事に保護されるなんてことあってはなりません。


 でないと、でないと――私の大好きなお姉さまの、大好きな苦しむ姿がもう堪能できないではありませんか!!!


 お姉さまの事をくたびれた花だの、粗雑なものだの貶しているものは全くもって見る眼がありません。

 お姉さまほど麗しい人はどこにもいないといいますのに。私など、比べるのも烏滸おこがましい!

 まあ? そのようなことは私だけが知っていればいいので、お姉さまにはわざとみすぼらしい恰好をさせているのですが。

 家の者は目に見えて権威のある私の味方なので、お姉さまを苦境に追いやるなんて赤子の手をひねるよりも簡単です。


 屋敷の使用人を分類分けして、お姉さまを虐める役と、お姉さまを陰で支える役も作りました。

 食事も、きちんと事前に体調を崩さないようにバランスを考えて、酷い物と優れたものをお出ししてますの。

 特に、酷い物を食べざるを得ないときのお姉さまの苦しそうな表情と言ったら! 愚母や愚父にも見せるのがもったいないほど芸術的な美しさをしておりまして!

 ああ、人の目さえなければ射影機でいくらでも姿を保存しておきますのに! 悔しいったらありはしません。脳内に焼き付けるしかできない己の不甲斐なさを恥じるばかりです。


 ああ、動かした使用人にちゃんとした料理を夜遅くに出させて、「昼はどうか我慢してください。疑われるわけにはいきません」と言わせてた甲斐があります! 希望を捨てられないまま、受け入れる様はどのようなデザートよりも甘美ですの。


 そう、お姉さまの素晴らしいところと言えば! 苦境に立たされてもなお挫けぬその気高さにあります!

 私がどのような手段でどのような苦しみを与えたとしても、お姉さまは必ずや立ち上がってくださるのです。この苦しみもまた一つの試練であるかのように。

 その精神、水平線上に浮かぶ朝焼けすら霞む輝きを放っておりますわ!


 ああ、何とお労しい。今だに止めぬ涙ぐましい努力も存じておりますの。

 落ちこぼれの烙印を押されながらも、日々夜遅くまで学業に勤しんでいる姿は、まるで一流の絵画のように芸術的です。

 一体どのような気持ちで頑張ってらっしゃるのでしょう。ひょっとして、まだ家族に振り向いてもらうことを諦めていないのでしょうか。あんな愚物たちに、未だに愛着を持っているというのでしょうか。

 だとすれば……ああ、なんて健気で、愛おしいお方なのでしょうか。


「――月様。紫月様?」

「失礼いたしました。何でしょう? 少し、ぼーっとしてしまっていたようです」


 お姉さまへ思いを馳せすぎて、学友の声に反応するのが遅れてしまいました。

 これは失敗ですね。

 もし疑われるようなことがあれば……この方とはもう会えなくなるでしょうから。ええ、残念なことに。

 教室内、休み時間ということで油断しておりました。次は移動教室で、人気もないものですから、余計に。


「珍しいですね。紫月様がぼーっとなさるなんて」

「あら、私にも考え事をするときはありましてよ?」


 話しかけてきたこの方は……どなただったかしら?

 私が覚えていないということは、あまり関わりがない方。もしくは関わる必要がないと判断した方という事です。

 クラスメイトだという記憶はありますので、おそらく後者。


「それで、私に何の御用でしょうか?」

「はい。実は日和様が……」

「お姉さまが?」


 おっと、重要情報を持ってきてくださったようです。これは耳を傾けましょう。


「え、ええ。日和様についてです」


 少し食い気味に反応してしまいましたので、少し驚かれてしまったようですね。失敗しました。

 ちょうどお姉さまの事を考えていたところにお姉さまの話題ということで、興奮してしまいました。


「分不相応にも、男に色目を使っているようでして。紫月様から何か言ってやってくださいませんか?」

「……ほう、男、ですか」


 家ではともかく、学園内では流石にお姉さまの行動を全て監視するのは不可能です。つまり、学園内でのみ接触しているという事。これは調査しなければなりませんね。

 いったいどこの不届き者が私のお姉さまに手を出そうというのか。場合によっては、きちんとした処分をしなければなりません。


「それはどなたかご存じですか?」

「それが、どなたに尋ねても、日和様がどなたといたかはわからず……」


 ふむ。誰と一緒にいたかわからないのに、男といたという情報だけがある。

 誰かが私を動かそうとしている、という可能性も考える必要があるでしょう。

 私がお姉さまを虐めているというのは、学園内では広く知られたこと。それを聞きつけた誰かが嘘の情報を流した可能性も考慮します。


 ただ、全く別の可能性もありますけれども……。

 その場合は少し厄介ですね。


「教えていただき感謝いたしますわ」


 この方が私にこのことを教えたのは、まあ、普段下に見ているお姉さまに男ができるなんて気に入らないといった理由からでしょうか。

 特に気にする必要はなさそうですね。

 日和様と彼女たちがお姉さまを様付けするのは、生明家が家格として高いから。

 見る眼がない愚民にもそのぐらいの知性はあるようで。


 私が笑顔で感謝の言葉を伝えれば、意のままに動いてくれると勘違いし、彼女はどこかへ行ってしまいました。

 まあ、いいですけどね。名前も思い出せない相手ですし。


 それよりも私のお姉さまに手を出そうと目論むろくでなしを探らなければ。

 万が一、お姉さまと恋仲になったりする男が出てくれば……っ!


 いいえ、いいえ! 絶対に許せません。お姉さまは私の、私のお姉さまなのです!

 他の誰かに奪われるなんて、絶対に許容いたしません!

 必ずや正体を明かし、その身に分不相応という言葉を刻んでやりましょう!

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