第23話 電話

 8月上旬、とある日の夕方――。

 晩ご飯を食べたあと自分の部屋に戻り、なんの理由もなくスマホを開けると、1件の通知が来ていた。


『今から電話してもいい?』


 掛田さんから送られたものだ。

 30分前に届いていたのだが、食事中で気づかなかった。

 俺は『いいよ』と返信する。


 なんの用事だろうか。

 もしかしたら、また一緒にどこかへ行こうとか、そういう誘いとかか――?

 それ以外なら、ただ話したかっただけとかかもしれない。

 特段目的もないのだが、多分違うと思う。

 理由はないけど、そんな気はする。


 そんなことを考えていると、スマホが震えながら、着信音が鳴り出した。

 俺は緑の応答ボタンをタップし、スマホを耳に当てる。


「もしもし――」

「もしーっ」


 掛田さんは電話越しでも分かるくらい、いつも通り元気だった。

 そして――。


「割ヶ谷、久しぶりだね」

「そうか? 一週間ぐらいじゃないか?」

「そうだけど……ね、なんつーかさ」

「……まぁ、久しぶり」


 少し素っ気ない返事になっていたのだろうと反省し、俺もそう返した。

 よく知らないけれど、5日間ぐらい経てば寂しいものなのかもしれない。

 少なくとも、掛田さんからすれば――。


「で、電話ってどうかしたのか?」

「あー、それね。実はさ、わたし割ヶ谷と行きたいところがあってさ……」

「どこ?」


 掛田さんは音が聞こえるほど呼吸して、一拍置いた。

 俺もなにを言われるのか、緊張が走る。


「再来週ぐらいに、お祭りあるじゃん。それ、一緒に行かないかなつって」

「…………」


 再来週の祭りといえば、ここら辺一帯で一番大きいと言われるやつのことを言っているのだろう。

 メイン会場となる神社にはたくさんの屋台が出たり、クライマックスでは何百発もの花火が上がる。


 小学生のころ、夏実一家と俺の親とで行った記憶がある。

 しかし今は家からでも見られるからと、行かなくなってしまった。


 お祭り当日は、他に予定がなかったはずだ。

 それならば――いや、予定があったとしても、日程を変えてもらおう。 


「いいよ、行こう」

「いいの? 嬉しいっ」

「そんな喜ばなくても……」


 顔は見えないが、すごく笑顔になっているのが想像つく。

 だから俺まで気恥ずかしくなってしまい、それを言い訳するようにそんなことを言った。

 すると掛田さんは「ううん」と、すぐさま否定した。


「嬉しいよ――。だって、今回はちゃんとわたしが誘ったんだもん」

「ん……?」


 前、二人で遊びに行ったのに――? と、腑に落ちなくて、思わず疑問の声が漏れてしまった。


「このまえとかは、夏実が言い出してたりしたじゃん」

「うん」

「でも、今のは、わたしが行きたいな――って思って、わたしが電話を掛けて、わたしが約束を取り付けたんだよ」


 なるほど――。

 そう理解するとともに、何度も繰り返し強調されたという言葉が、俺の耳に強く残って、掛田さんを意識させられる。

 掛田さんが俺を誘ってくれた――。

 それがとてつもなく嬉しく感じるほどに。


「それは、なんだ……ありがと」


 感謝するのも変な気がしたが、言うことがこれぐらいしか思い当たらなくてそう返した。


 少し黙ったままの時間が続いたかと思えば――。


「――っあ!」


 と、掛田さんの悲鳴に似た声が聞こえた。


「待ってっ――。絶対に、画面見ないでね!」


 スマホを耳に当てているから画面は見えないのだが、見るなと言われれば見たくなってしまう。

 しかし、なにをそんなに焦っているのだろうか――。


 申し訳ないと思いつつも、気になるという欲求には抗えず、スマホを耳から離した。

 そして画面を見てみると、掛田さんの顔が映っていた。

 ビデオ電話に変えたのだろう。

 でも、その画面に映った掛田さんは何も服を着ていなくて――。

 というよりも、お風呂場で風呂に浸かっていた。


 俺の脳が処理する前に、ビデオ電話は終了されて画面は暗くなってしまった。


 さっきの姿を思い出してみる。

 早く画面を切ろうと慌てている顔ははっきりと見えたが、胸より下は湯船に浸かっていたせいで見えなかった。

 がっかりしなかったと言えば嘘になるけれど、見えなくて安心したのは確かだ。

 見てしまったが最後、俺はどうにかなってしまっただろう。


「ごめん、カメラ間違えてオンにしちゃってた」


 なにも見られていないと信じ込んでいるのか、楽観的に笑って言った。

 ごめんなさい、見てしまいました――。

 なんて言う勇気はない。

 だけど、あんな記憶にこびりつく姿が頭に残り、思うように言葉が出ない。

 しかも、掛田さんの状況を知ったからなのか、耳が研ぎ澄まされて、かすかに水の音が聞こえてきた。

 それだけで、思い出される。


「もしかして、見た?」


 なにも喋らない俺を不審に思ったのか、掛田さんはそう聞いてきた。


「見えてない」

「そっ――」

「…………」


 バレてしまったのだろう、掛田さんは素っ気ない返事をした。

 不可抗力だったと思うのだが、制止を聞かずに見たのは俺だから、そんなことは言えない。


「割ヶ谷の答えによったら、もしかしたら今ごろ、わたしの裸がいくらでも見られたかもね――」


 少し怒っている感じで、それでいて和やかに掛田さんは言った。

 言葉足らずの発言だったが、俺にはその答えがどの答えなのかは分かった。


 いつだって俺が望めば、その関係になれるのかもしれない。

 夏祭りに行くと約束したから、そのときになるのが良いパターンなのかもしれない。

 だけど、俺にはまだそんなことはできない気がする。

 そう俺を阻むのは、掛田さんに抱える感情ではなくて、すでに違うものに変わっていた。


 ………………。

 …………。

 ……。


「お風呂上がるから、電話切るね」


 沈黙を切り裂くように、掛田さんは言った。


「あぁ――」

「詳しい日程は、後々ラインで決めよ」

「分かった」


 俺がそう軽く返すと、バイバイの応酬をしてから電話は切られた。


 掛田さん、お風呂から電話してたんだな……。

 眠るまで不思議な気分のままだった。

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