負の罪

「ちいさな罪ってたとえばどんなこと?」

「そうだな、例えばこの間のポルターガイストの正体、ラッキーがいただろ?」


 わたしはメモをとりながらうんうんとうなづく。


「あんな風に、飼っている生き物を捨てたりすることもそうだ。小さなことだけど、虫を殺してしまってもカウントされたりする」

「むし!? じゃあ、ウチに置いているゴキブリホイホイとかは……」

「残念だがカウントされてる。蚊を叩くこともそうだ。あとは違法な薬を使ったり、それを売ったりすること。ちょっと自分をよく見せようと背伸びした発言をしてしまうこと。地獄の裁判長によっては肉を食べること=殺生ととらえてカウントする奴もいるから、ここも注意だな」


 えーっ、お肉を食べるだけで業になっちゃうの? そう思っているのが顔に出ていたのか「まぁ、昔は肉を食べる文化自体がほとんどない国が沢山だったからだよぉ〜。今みたいに食べるために育てられる動物や、ペットになるためにたくさん生まされる動物は、ここ近代になってからだからねぇ」としみじみ言った。


 ……コタローの正体が猫又だったってついこの間知ったけど、そうだとして本当はいくつなんだろう?

 イチローくんが小さなため息をつきながら話を続ける。


「そう、近代といえば。インターネットやいろんなものが流行っているだろう? あれに、自分のやるべき時間を投げ出してまではまり込む……がこの酒に溺れる、に近しい罪に。そしてインターネットに嘘のかきこみや、注目を集めたいばかりにちょっと大袈裟な発言を書くこと、これが「嘘をつかない」に近しい罪——人の悪口を言わない、ねたまないに当たるんだ」

「えええっ、じゃあ」

「今の時代、オンラインゲーム上でのふざけて言った「殺す」「しね」って言葉もそうだし、人の悪口を書き込むことは現実でも罪になることもあるけど、死後に地獄で裁判にかけられるまでにずっと積み上がって残り続ける業になってしまうんだ」


 ふう、とそこまで言ってイチローくんは静かに目を伏せた。わぁ、まつげ長い! って驚くところはそこじゃないか……。


「きくりん、前に一緒に黄泉比良坂行ったでしょ?」

「うん、すごい人の列だった」

「あれはね、現代の人がすごく小さな業を積み上げてしまった結果、裁判での読み上げだけですっごい時間がかかっちゃってるせいなんだ。だからラッキーの飼い主のミチコさんも、2週間近くあの列で待っていた」

「2週間もっ……!?」

「そう、今度裁判の傍聴ぼうちょう行っておいでよ。読み上げるのがキツくって、補佐官や書記官、途中で交代してるんだから」


 わたしの頭の中に、ニコニコ笑いながら「仕事がないなんてことはないよ」と言っていた闇黒童子さんの顔が浮かんできた。今さらながらぞっとする……。


「つまり、菊乃の経歴にあの時皆が驚いていたのは、悪口や自慢の書き込み、仲間はずれ、そんな小さい子どもでも当たり前のようにしてしまう業をほとんど積み上げていなかったからなんだ」

「そ、それはでも……わたしがいい子なんじゃなくて、おじいちゃんとおばあちゃんのおかげ。偶然だと思う」

殊勝しゅしょうな心がけだな。まっ、今どきめずらしいのは確かだよ」


 ……しゅしょうってなんだろう、後で辞書引いておこう。


「で、ここからが本題だ。心してかかれ」


 イチローくんの、トーンは変わらないながらも真剣なまなざしに、わたしはしっかりとうなずいてみせる。


「罪務整理って言うのは、その積み上げた業の数字がすでにとんでもない人たちが、地獄行きの罪を少しでも軽くするためにやる手続きだ。取り返しのつかないほどの業を、なんとか抜け道つくって「見逃してください」って届け出る手伝いのこと」


 うんうん、とうなずきかけてわたしは「あれっ」と首をかしげる。


「そう、「見逃してください」ってことは、そもそもソイツ自身はとんでもないことを山のように重ねてる。悪口、暴力、盗み、下手したら殺しなんかも……ソイツらがなぜそんなことをしてしまったか、全部の記録をならべて「この部分は仕方なかったんです、だからナシにしてください」と代わりに言ってやる手続きさ」


 わかるか? とイチローくんはわたしの目をまっすぐ見つめてくる。わたしはもううなずくことができなかった。


「そう、これは決して悪いことをしていない無実のやつを救う手続きじゃないんだ。業が減ったからと安心して、また繰り返すやつだっている。そんな奴らを弁護する書類を作るんだ」


 ——俺たちは決して正しいわけじゃないよ。正しいのはルールと、地獄の法律なんだよ。


 そのイチローくんの言葉は、人助けになるなら、と思っていたわたしの心にグサリと刺さった。

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