パラノーマル・ぱらりーがる!
すきま讚魚
プロローグ
「はい、クチナシ
「あたし、メリーさん。いま隣町の松の前バス停にいるの」
「かしこまりました、メリーさんですね。ご相談内容をおうかがいしてもよいでしょうか?」
——ガチャン。
えっ、まさかの用件なし?
受話器をぼーぜんと見つめるわたしを、うしろの本棚の上で寝そべっていたコタローが「うにゃぁ、ひっひっひ」とあくびをしながら笑ってる。
「ヒャッホウ! その様子だと今年も来たねぇ、メリーさん」
「まったくだ。毎年毎年、飽きもしないでちみちみ復活しやがって」
それに呆れたように返事をするのは、わたしのデスク(仕事用の机ってことだよ!)のななめ前にある、大きな机とそこに所せましと積み上げられた大量の書類……ではなく、そのスキマからつまらなそうに顔をのぞかせる雪のように白い髪の美少年。
でも、まるでアイドルのようなそのお顔からは、想像できないような口の悪さとマシンガントークを放つのが、この相談所の
ああっ、大事な書類の上でかき氷を食べないでと何度言ったらわかるんだろう……。
「ちょっと、イチローくん」
りーん。
「きくの、後ろは絶対に
「ちょっと、どういう」
りーん、りーん。
2コールで出ろ、というイチローくんの教えの無言の圧を感じて、わたしは静かに受話器をとった。
「はい、クチナシ法律そうだ……」
「あたし、メリーさん。いま、アシキノ町にいるの」
「はい、メリーさんですね。ごようけ、」
がちゃっ。
……また切られちゃった。
「ねえイチローくん、ふりかえるなってどういうこと?」
りーん。
デジタルが嫌いなイチローくんの趣味で、相談所の電話はこの昔ながらの黒電話にしてあるらしい。もちろんかけてきた相手の番号が表示される
これだけはさすがのわたしも不便だと思ったのは、留守番電話もないってこと。
なおもなり続ける電話、わたしは深呼吸して受話器をとった。
「はい、こちらクチナシ」
「あたし、メリーさん。いま柿やの角を曲がったの」
「あれっ、結構近くにいませんか?」
がちゃん。
柿やってのは、この相談所の向かいの角にある駄菓子屋さんのこと。大人の足でも、バス停を降りてから柿やまで10分はかかるはずなのに……。
黒電話の受話器の音は、ひんやりと耳の奥に響くような感じで、部屋の中は暑くないはずなのにいつの間にかわたしの首筋には汗が流れていた。
りーん、りーん、りーん。
「はい、こちら」
「わたし、メリーさん。いまドアの前にいるの」
「えっ?」
がちゃん。
「はぁい、きくりんストップ」
思わずドアの方を振り返ろうとしたわたしのほっぺを、いつの間にか真後ろに来ていたコタローがむんずと両手ではさんでいた。
「市郎の言うとおり♪ 絶対に、ふりかえらないこと。いいね?」
「う、うん……」
りーん。
「きくの、出ていいぞ」
「えっ、でも……」
「電話とれって、仕事はシゴトだ。はい、2コールめ」
りーん。
うわぁああん。イチローくんってば、本当にいじわる! さすがにこういうのにニブいって言われるわたしでも、この電話はヘンだってわかっちゃうよ。
「は、はい。クチナシ相談所です」
「あたし、メリーさん。いま——あなたの後ろにいるの」
いやぁあああちょっとまって! 後ろってなに? ドア開いた音なんてしてないじゃない!? 電話口なのか耳元なのか、もはやわからないくらいに近い声に、叫びそうになるけど、そこはコタローがしっかりほっぺの動きごとホールドしていて何にもできなかった。
パニックになりそうな、でもがっちりコタローに掴まれて振り返れないわたしの目に、ダルそうに書類の中から立ち上がったイチローくんがうつる。
「勝手に相談所の中に現れた、
さてさて、とイチローくんは優雅なしぐさですっごく分厚い辞書のようなものを取りだした。我らが
本を読むのが大好きなわたしでも、読めない漢字だらけで全然意味がわからない本なんだよね。
「これから、あなたの地獄行きの罪を軽くするお手伝いをしますか? それとも、現行犯逮捕でしっかりあちらへお送りいたしましょうか?」
イチローくんの腹黒さを知らなかったら、絶対にだまされちゃうであろう、有無を言わさぬ純白のスーパースマイル。……そこらへんの小さな霊とかなら、この笑顔だけで浄化されちゃうかもしれない。
このメリーさんが相談依頼人になるか、それとも被告となるかはまた別の話として。
「なんで普通の依頼ってこないのよぉ……」
わたしは振り返るのもすっかり忘れて、これから始まるであろう山のような書類とのたたかいを想像して机にへにゃりと顔をふせていた。
これはわたしの不思議なふしぎな、夏休みのアルバイトのおはなし——。
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