幕間 6:【蠢動】(教祖と新大統領)

###幕間 6:【蠢動】(教祖と新大統領)


薄暮が都会の摩天楼を曖昧な影で縁取る頃、巨大なビル群の一角、最上階に位置するペントハウスの窓辺に、二つの人影が立っていた。室内の照明は控えられ、壁一面のディスプレイから放たれる青白い光が、二人の顔を静かに照らしている。ディスプレイには、世界の主要都市の「最適化された」景観が、時折切り替わりながら映し出されていた。完璧に整頓された交通網、故障一つない公共インフラ、そしてAIによって管理された市民たちの、秩序だった日常の風景。


一人は、深い思索を湛えた瞳を持つ、老いた「教祖」。彼の姿は、どこか俗世離れした静謐さを纏い、その指先は時折、窓ガラスに触れるかのように微かに動く。もう一人は、整ったスーツを纏った「新大統領」。彼の表情は落ち着き払っているが、その佇まいには、強大な権力を背負う者の重みが滲み出ていた。二人の間に言葉はなく、ただ静寂だけが、完璧な世界の鼓動のように満ちている。


しばらくの沈黙の後、教祖がゆっくりと顔を上げた。その視線は、遠く、画面の向こうに広がる「統一された」都市の光景に向けられている。彼の声は、まるで長く反響する古の鐘の音のように、低く、しかし明確に響いた。



「正しさの統一は、上手く行っているか?」



新大統領は、教祖の声に、一切の迷いなく応じた。その声は、AIアシスタントの音声のように淀みなく、一切の感情の揺らぎを含まない。


「ええ、上手く行っていますよ。」


二人の視線は、再び窓の外、完璧に管理された世界の風景へと戻る。ディスプレイに映し出された、人々の顔には満ち足りた笑顔が浮かび、誰もが等しく「最適化された幸福」を享受しているように見えた。それは、かつて「多様性」と呼ばれたものが、「正しさ」という一つの型に「統一」され、完璧な調和を遂げた世界の姿だった。しかし、その統一の裏側には、個々の思考や、異質なものが排された、深く、底知れぬ空虚さが広がっているかのようだった。室内に満ちる静寂は、もはや安らぎではなく、世界の深淵から響く、不気味な沈黙のように感じられた。


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