インターバル・後半
夜明けを連れて
「――もしもマリーさんが〝皆が持っていないような能力〟を持っていたとしても」
それを誰かのために使わないのなら、きっと持っていないのと同じなんだと思う。
エルトゥスが言ったその言葉は、マリーだけでなく
「自由自在に声を変えられる」という能力は、紛れもなく特別だ。サラのように優れた魔法使いであっても真似することはできないのだから。
だが、とエルトゥスは思う。
たとえ特別な能力を持っていたとしても、ただ持っているだけでは何の意味もない。
誰かのために適切に使われるからこそ意味があるのであり、誇らしいものになり得るのだと。
そして、そのことをエルトゥスに教えてくれたのは――。
「……だから、僕は、自分の能力を誰かのために使いたいって思うんだ」
近くて遠いあの日に想いを馳せ、エルトゥスは微笑みを浮かべる。
発した声は穏やかで、それでいて静かな決意に満ちていた。
「……エルさんはすごいですね」
エルトゥスを見つめていたマリーが呟く。
彼女の顔には複雑な感情が浮かんでいるように思えたが、ノアから「鈍い」と評されるエルトゥスには感情を読み取ることができなかった。
「よーし、私も経理の仕事頑張ります!」
「うん」
一転して明るく言ったマリーに、エルトゥスは頷く。
「でも、無理しないでね」
社会貢献は大事だが、自分を大切にすることはそれ以上に大事だ。頑張ろうと意気込むあまり自分を追い込んでしまうのでは意味がない。
マリーから肯定の返事を聞いたエルトゥスは再度頷き、立ち上がった。休憩時間を利用して散歩がてら手紙を投函する予定なのだ。
「まっすぐ戻ってくるんだよ」
と、隣から声が飛んでくる。
以前、サラ用のケーキを一人で買いに行った道中、どこからともなく聞こえてきた歌に聴き入ってしまい、帰るのが遅れた前科があるからだろう。
苦笑を浮かべたエルトゥスは仕事用のローブを脱ぎ、従業員出入り口から外に出る。
昼下がりのフラッタの街は、春らしい日差しに包まれていた。骨の体は気温の変化に疎いが、それでも日に日に暖かくなっているのが分かる。
いい時期だ。そう思うのは、季節の移り変わりに合わせて人々の心が明るくなっていくのを肌で感じるから。――もっとも、エルトゥスに肌は存在しないのだが。
歩道の傍をスクールバスが通り過ぎていく。
イストリア社を出てから約五分。目的地に到着したエルトゥスは、近隣国から伝わったとされる赤いカラーリングのポストに二通の手紙を投函した。
一通は、真実を知りたいと願っていた少年に。
もう一通は、掠れ声しか出せなかった少女に宛てて。
(ラーダさんにも出せたらよかったんだけど)
こうやってかつての依頼人たちとやりとりをしているように、彼女とももっと話したかった。そう思う気持ちはある。
しかし、彼女にとっては「やりとりができないこと」こそが幸せなのだろう。
だからエルトゥスは時折空を見上げ、やりとりの代わりに願う。彼女にとって二度目の眠りが安らかであるように、と。
さて、ノアに「遅い!」と叱られないよう早く帰らなければ――。
帰路に就きながら、エルトゥスは西の空を見る。
じきに日が暮れて、辺りは暗闇に覆われる。今夜は曇るとのことだから、銀色の月光も、星々の瞬きも、暗い世界を照らしてはくれない。
そして――そんな世界に引っ張られるように重苦しい感情に吞まれてしまう「誰か」も、きっと存在するのだろう。
その「誰か」は涙が枯れるほど悲しんでいるかもしれないし、心が潰れてしまうほどつらい思いをしているかもしれない。本当は助けてほしいのに、上手く助けを求められないでいるかもしれない。
そんな「誰か」に対し、エルトゥスにできることはほとんどないというのが現実だ。「自由自在に声を変える」という能力は限定的すぎるし、そもそも「自分なら助けられる」と思い上がってもいない。
エルトゥス・アサラは現存する唯一の、けれど、奇跡を起こせない
ただ、もしも自分の能力が「誰か」の役に立つのなら――。
自分の能力で「誰か」の暗い世界を照らす手伝いができるのなら、可能な限り力になりたいと思う。
――フラッタの地で目覚めた
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