第7話 追撃と次元跳躍


ドレグニア連合宇宙軍 ヴァルト・クロイツ大尉


 ――たとえ相手が何者であろうと、この俺が“閃刃のヴァルト”と呼ばれる所以を、骨の髄まで思い知らせてやるだけだ。

 ドレグニア連合宇宙軍、第53宇宙ステーション所属、追撃部隊隊長、ヴァルト・クロイツ大尉。それが、今の俺の肩書きであり、そして戦場での呼び名だ。

 いつからだったか、部下たちは、そして敵までもが、俺のことを畏敬と、あるいは侮蔑を込めて、こう呼ぶようになった。

 〈閃刃のヴァルト〉――と。

 鈍重さが売りの人型兵器タイプ・アバロックを、まるで軽戦闘機のように操り、瞬く間に敵陣を切り裂き、敵機を斬り伏せる――そんな“常識外れ”とも言える突撃戦法が、一部の物好きにはウケたらしい。まあ、どうでもいいことだが。


 胸元に輝く大尉の階級章に、無意識にそっと触れてから、ヴァルトは愛機アバロックのコックピットシートへ、まるで王が玉座に就くかのように、深く、そして尊大に腰を下ろした。

 見るからに重厚長大な、鉄の塊。それが、このタイプ・アバロックだ。そして、この“鉄塊”こそが、今の俺の誇りであり、そして唯一信頼できる相棒だった。


「大尉、司令部より新たな通信です。座標A-07宙域付近にて、ノヴァリス連邦所属と思われる未確認艦艇を発見。目視情報によれば、かなりの損傷状態にあるとのことですが、詳細は依然として不明です」

 オペレーターの、どこか緊張を隠せない若い声を聞きながら、ヴァルトは厚手のパイロットグローブ越しに、操縦桿をまるで獲物の首を絞めるかのように、ぎゅっと強く握り込んだ。

 連邦艦? しかも、手負いの、か。それならば、撃破するも、あるいは鹵獲(ろかく)するも、赤子の手をひねるよりたやすいだろう。

 だが……。


(とはいえ、油断は禁物だ。この俺が、若干28歳という若さで大尉の地位まで上り詰めることができたのは、他の誰よりも慎重だったからこそだ。もちろん、必要とあらば躊躇なく突撃もするが、それは、あくまで勝算があってこその話だ)

 メインモニターに、索敵範囲外から送られてきた不鮮明な映像が映し出された。宇宙の闇の中に、まるで亡霊のようにぼんやりと漂う、不審な艦影。確かに、あちこちが損傷しているように見える。


「全機、散開。ゆるやかな包囲網を形成しつつ、目標艦へ慎重に接近しろ。……いいか、俺が合図を出すまで、決して集中砲火はするなよ。獲物は、生け捕りにするに限る」

 ヴァルトの低い声には、獲物を前にした狩人のような、冷たい興奮が宿っていた。


「了解しました、大尉!」

 通信回線越しに、まだ経験の浅い若い隊員たちの、どこか上擦った声が返ってくる。まったく、頼りない奴らだ。


 このタイプ・アバロックという機体は、その分厚い装甲と圧倒的な火力をもって、本来ならば“じわじわと時間をかけて敵を確実に押しつぶす”といった、いわば横綱相撲のような戦法に適している。

 だが、俺のやり方は、少し違う。搭載された強力なスラスターを限界まで吹かし、一瞬の内にトップスピードまで加速。そして、敵陣の最も手薄な一点を、まるで閃光のように鋭く切り裂く。それが、俺の流儀だ。


(だからこそ、皮肉なことに“閃刃”などという、まるで軽業師のような二つ名で呼ばれるハメになった。だが、それがどうした? 戦場では、結果こそが全てだ。過程など、どうでもいい)


「目標艦に対し、威嚇射撃を行え。相手の反応を確かめたい。」

 ヴァルトの指示と同時に、彼の部下たちが操るアバロック数機が、肩部に搭載されたビームランチャーを起動した。暗黒の宇宙空間に、数条の青白い光の筋が走り、ターゲット艦の外装を、まるで警告するかのようにかすめていく。


「大尉、敵艦、活動の兆候あり! エネルギー出力の上昇を確認しました!」

 オペレーターの、やや興奮したような分析報告に、ヴァルトは低く鼻を鳴らした。

(ほう、ただの漂流艦ではなさそうだな。この絶望的な状況で、わざわざ応急処置をしてまで動かそうとするからには、それなりの理由があるはずだ。連邦の、よほど重要な秘密任務か……? いや、そこまで大層なものかは分からんが、少なくとも、ただの雑魚ではなさそうだ)

 ヴァルトの口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。


「よし。全機に合図を送れ。主兵装のプラズマカノンを最大出力でチャージしろ。相手が、この状況でもまだ足掻こうというのなら、その愚かな希望を打ち砕く、圧倒的な力というものを見せつけてやるんだ」

 このアバロックの最大の強みは、何と言ってもその重装甲と、戦艦クラスにも匹敵する高火力だ。多少の被弾など恐れず、敵の懐深くにまで大胆に飛び込み、その一撃で敵機を塵芥へと変える。その様は、まさしく“閃光の刃”――それが、連合内外で、そして敵である連邦軍の間でさえ囁かれている、俺の評判だ。


「そして、俺に負けた哀れな敵は、恐怖と絶望の中で、こう呼んでくれるのさ……“閃刃のヴァルト”……とな」

 不意に、ヴァルトの口から自嘲気味な笑いがこぼれた。昔から、人より動きが早いだけでなく、誰もが見くびりがちな、この鈍重なアバロックという機体を、誰も思いつかないような意外な方法で使うのが、俺は好きだったのだ。


(どうせなら、もっと骨のある強い相手がいい。こんな手負いの損傷艦を、一方的に叩き潰す程度じゃ、退屈で仕方がないかもしれん――)

 そう思った瞬間だった。


「大尉、いつでも撃てます!」

 部下からの、準備完了の報告。


「撃て。一匹たりとも逃がすなよ。もし、あまりにも脆くて話にならないようなら、そのまま派手に爆散させてやれ。宇宙の掃除も、我々の重要な任務の一つだからな」

 ビリッ、と機体に心地よい振動が伝わる。主兵装であるプラズマカノンのチャージが完了し、次の一撃を放つ準備が整った合図だ。

 俺は、ニヤリと口角を上げると、操縦桿を大きく倒し、フットペダルを床まで踏み込んだ。重厚なアバロックが、まるで猛獣の咆哮のような鈍い唸りを上げ、直線的に、しかし恐るべき速度で加速を開始する。


(これこそが、俺が“閃刃”と呼ばれる由縁。鈍重な人型兵器という、くだらない常識を打ち砕く、一瞬の、しかし致命的な突進――!)

 敵艦をかすめるように、さらに急速に接近し、肩部に搭載されたビームランチャーの自動追尾システムで、牽制の弾幕を張る。相手に、こちらの動きを読ませる暇すら与えない。それが、俺の戦い方だ。


「逃げ道を塞げ! 連合の力に歯向かう愚か者どもには、容赦など無用だ!」

 ヴァルトの号令一下、部隊のアバロックたちが、次々とスラスターから灼熱の炎を吹き上げ、闇の宇宙に、分厚い重装甲の巨体を、まるで鉄の壁のように並べていく。完全な包囲網が、今まさに完成しようとしていた。


 俺は、メインモニター越しに、じっと目標艦の反応を見つめる。未だに、その艦の正体も、搭載されている兵器も、そして乗っているパイロットの顔も分からない。だが、それでいい。せいぜい、最後まで見苦しく抵抗してくれたほうが、狩りとしてのやり甲斐があるというものだ。

(“閃刃のヴァルト”の名は、伊達じゃない……。さあ、どう足掻くか、見せてみろ。ノヴァリス連邦の、哀れな残党ども――!)


次元跳躍


 一方、アーガスの艦内、エンジンルーム。


 ――本来なら、こんな博打のような手段は、絶対に使うべきではない。

 焼け焦げ、ところどころ溶けかかった配線を、応急処置用のナノテープで必死に取り替えながら、俺、タカミヤ・ハヤトは、メインコンソールの脇に無造作に置かれた“10機”の小型作業ドローンを、まるで最後の希望でも見るかのように、あるいは、これが最後の切り札だと覚悟を決めるかのように、じっと睨みつけるように見やった。

 あれは、元々、艦内の細かな損傷箇所をレーザー溶接したり、ナノマシンで修復したりするための、純粋な作業用ドローンの予備機だ。決して、攻撃用の兵器などではない。

 しかし、部品も弾薬も限られたこの絶望的な状況で、敵の電子システムを一時的にでも麻痺させられる可能性のある電磁パルス(EMP)兵器を即席で作るには、もう、これしか残されていなかったのだ。


 ガゴォッ……!

 突如、艦の外壁に敵のビームが直撃し、エンジンルーム全体が、まるで地震に襲われたかのように激しく揺れた。天井から火花が雨のように降り注ぎ、床に転がっていた工具類が、けたたましい金属音を立てて滑っていった。

「アーガスAI、現状を報告しろ! 敵の攻撃はどれくらいだ!?」

 ハヤトは、床に手をつきながら叫んだ。


 モニターに激しいノイズが走る。その向こうから、アーガスAIの、いつもと変わらない冷静な声が響いてきた。

「敵部隊が、アーガスを完全に包囲しました。高機動型の戦闘機タイプ、おそらくはヴァルト・クロイツの直属部隊と思われる機体が5機。執拗な攻撃を継続中です。現時点での装甲損傷率、33%……。このままでは、あと数分も持ちこたえられないでしょう」


(やはり、敵の指揮官は手強い……。統率が取れすぎている。このまま真正面から撃ち合ったら、即座にゲームオーバーだ)

 額から噴き出す汗を拭う間もなく、コンソールパネルに、次から次へと新たな注意表示が、まるで死の宣告のように連続して点灯する。艦のシールドシステムは、最初の攻撃で完全に沈黙。主砲や副砲といった主要な武器も、エネルギー供給ラインが寸断され、まともに動作する状態ではなかった。

 しかし、まだ、最後の希望――あの即席のEMPドローンがある。


「アーガスAI、EMPドローンの起動シグナルを送れ。全機、自動射出モードへ移行だ。もう、これに賭けるしかない!」


「了解しました。10秒後に、全ドローンを一斉放出します。ただし、これほどの規模のEMPを近距離で発生させた場合、当艦の機体制御システムにも、何らかの支障をきたす恐れがありますが……よろしいのですか?」

 AIの問いかけには、わずかな懸念が滲んでいた。


「大丈夫だ、問題ない! たとえ一瞬でもいい……あの10機がいっぺんにEMPを発生させ、やつらのセンサーと通信網をズタズタに破壊できれば、それで十分だ! あとは、こっちのものだ!」

 ハヤトは、メインコンソールを睨みつけながら、乾いた下唇を強く噛みしめた。


(それで稼げる時間は、せいぜい数分……いや、数十秒かもしれん。その間に、何としても次元跳<x_bin_118>を強行するんだ。失敗すれば、俺はここで終わりだ……!)


 ゴゴゴッ……!

 再び、艦体に強烈なビームの衝撃が走る。今度は、天井の太い冷却パイプが衝撃で外れかかり、バチバチと激しいスパークを散らした。いつ爆発してもおかしくない。


「アーガスAI、次元跳躍システムを起動しろ! 安全装置のチェックなんぞ、もう全部スキップだ! もう、俺たちには時間が残されていないんだよ!」


「警告します。現時点での座標データの誤差は極めて大きく、どこへ跳躍するか、全く予測不可能です。最悪の場合、星の内部やブラックホール近傍など、即座に艦が崩壊する空間へ転移する可能性も……」


「いいんだ、それでも……! ここで、あの忌々しいドレグニアの連中に撃ち落とされるよりは、万倍マシだ!」

 その時だった。コンソールパネルの隅に、「EMPドローン射出準備完了」という赤い文字が、まるで最後の希望の光のように、力強く点灯した。


「全ドローン、自動制御で発射ァッ!」

 ハヤトは、コンソールの発射ボタンを、叩き割るほどの勢いで叩き込んだ。直後、艦の床下から、まるで地鳴りのような、突き上げる激しい振動が走った。

 10体の改造ドローンが、まるで解き放たれた猟犬のように、いっせいに艦外へと猛スピードで射出されていくのが、外部カメラの映像で確認できた。


 ピピッ……ピピッ……!

 モニターには、射出されたドローンごとのステータスがリアルタイムで表示され、次々とEMP発生回路が起動していくのが見える。まるで、カウントダウンタイマーのようだ。


「な、なんだ……!? 敵艦から、複数の小型物体が射出されたぞ……!」

 通信回線に混線した、明らかに動揺した敵パイロットの声が、ノイズ混じりに聞こえてきた。


 バチバチバチバチッ!

 次の瞬間、複数の強力な電磁パルスが、まるで連鎖反応を起こすかのように連続して炸裂し、目も眩むほどの青白い閃光が、アーガスの外部カメラの映像を白一色に染め上げた。

 敵編隊の一角が、まるでバランスを失ったコマのように、ぐらりと大きく軌道を乱し、統率の取れていたフォーメーションが、あっという間に崩れ始めたのが分かった。


「くそっ……計器が、計器が全部死んだ!」「目標を見失った……! いったい何が起こったんだ!?」

 敵パイロットたちの、混乱と恐怖に満ちた悲鳴が、途切れ途切れに聞こえてくる。

 ――よし、狙い通りだ!


「アーガスAI、今が、今しかない! 跳躍システム、行けェェェッ!」

 ハヤトは、最後の力を振り絞って叫んだ。


「強制起動シークエンス、実行します! エネルギーコアに、許容量を大幅に超える莫大な負荷が発生……警告レベル、クリティカル……限界突破……!」

 アーガスAIの声が、悲鳴のように聞こえた。

 エンジンの奥深くから、まるで断末魔のような黒い煙が噴き出し、メインコンソールには、もはや意味をなさないほど大量のエラーメッセージが、怒涛のように流れ始めた。


(間に合え……! マリオン……みんな……俺は、まだ……!)

 ハヤトの脳裏に、守れなかった者たちの顔が、次々と浮かんでは消えた。


 ズゥゥゥゥンッ……!

 突如、空間そのものが、まるで巨大な手で握り潰されたかのように、激しくねじれたような衝撃がハヤトを襲った。視界の隅で、色とりどりの光が、まるで万華鏡のように乱舞する。耳をつんざくような甲高い警報音が、コックピット内に鳴り響き、床に必死で踏ん張っていなければ、次の瞬間には宇宙空間へ吹き飛ばされてしまいそうだった。


「座標データ、完全にロスト……! 制御不能……! 座標ズレ、99.999……計測不能領域へ……!」

 アーガスAIの絶叫が、ハヤトの鼓膜を突き刺す。


「構うものかァァァッ!」

 ハヤトは、もはや意識が朦朧とする中で、最後の力を振り絞り、目の前のエンジンコントロールレバーを、まるでへし折るかのように力任せに引き下げた。

 その瞬間――。

 エンジンルーム全体が、目も開けられないほどの閃光に満たされ、全ての金属が共振して悲鳴を上げるような、耳を覆いたくなる金属音が、彼の鼓膜を容赦なく突き刺した。


 次の瞬間――アーガスは、宇宙から、その姿を完全に消し去っていた。


「EMP攻撃で、計器と通信システムが……! 戦術支援システムも、一時的に完全にダウンした……!」

「大尉! ターゲット艦の反応が、完全に消失しました! これは……まさか、あの状況で、跳躍を……!?」

 青白い電磁パルスの残光が、ゆっくりと宇宙の闇に消えていくなか、ヴァルト・クロイツ率いるドレグニアの追撃隊は、なすすべもなく、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


 暴走した次元跳躍が、彼らを安全な場所へといざなう保証など、どこにもない。

 ハヤトは、激しいGと衝撃でガタガタと揺れるエンジンルームのコンソールに、最後の力を振り絞ってしがみついたまま、ゆっくりと意識が遠のいていくのを感じていた。


(もし、ここで俺の命が尽きようとも……それでも、俺は……守りたかったんだ……あいつらを、そして、マリオンとの約束を……)

 圧倒的な加速度と、内臓が飛び出しそうなほどの重力変動の中、アーガスは、慣れ親しんだ星の海から、全く異なる未知の座標へと、その巨体を滑り込ませていく。

 これが、やがて彼を、そしてこの艦を、想像もしていなかった異世界へと導く――壮大なる物語の、ほんの始まりの出来事に過ぎないことを、今のハヤトは知る由もなかった。

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