レイダ・ライダ・リブ
猫皇
第1話 レイダライダ
「ん?」
男はコックピット内のメインモニターに映った、
地面の上に落ちている珍しくは無いが
この場にはそぐわない物体に気が付いた。
「雑誌…?」
彼が今いる場所は、文明とは無縁の広大な荒野のど真ん中。
そんな中で雑誌は遺物の様に浮いている。
モーテルや道路が近くにあるならともかく、
なぜこんな物がここに落ちているのか?
彼は乗っていた「人型の機械」に降着姿勢をとらせ、
機体から降りて地面に立つ。
履いているブーツの底が、乾いた音を立てた。
男は歳の頃40前後で、背が高く鍛えられた体をしていて、
髪は少し癖っ毛のある短い金髪。
シンプルなインナーにベストを羽織り、カーゴパンツに
コンバットブーツという、一見軍人の様ないで立ちだった。
問題の雑誌に近づきゆっくりと手に取る。
うっすらと砂を被っているが明らかに新品で、
表紙には全裸で股を広げた裸の女。
男は目の前に雑誌を掲げて、表紙の女に向かって呟く。
「あんたは一体どこから来た?」
ここから一番近い(と言っても相当の距離がある)
モーテル、もしくは道路から風にでも煽られて飛んで来たんだとしたら、
もっと汚れるか傷んでいる筈。
一応中身を確認する。
まごうことなきエロ本だ。しかも無修正。
(これは中々えげつない、発禁ギリギリじゃないか。
お仲間の物ならいいんだが…違うか)
お仲間とはつまり彼と同じ、この星の開拓従事者の事である。
付近をざっと調べてみる。
すると思った通り、恐らくレンタカーの物であろう
普通乗用車のタイヤ痕が見つかった。
比較的新しく、痕跡から見るにどうやらここから西へ向かって行ったようだ。
(このタイヤ痕はやはり観光客か…?厄介な…)
西の方を見てみる。
基本的には見晴らしの良い荒野ではあるが、地面の起伏が激しい上に大きな岩や、
点在している植生のせいで死角も多く、少なくとも見えている範囲に車は無かった。
彼は乗っていた人型機械の元へ戻り、コックピットに乗り込む。
シート脇に備え付けてあるフォルダに、拾ったエロ本を突っ込み
衛星無線を起動して、自身の所属する街の開拓本部へと繋げた。
「こちら認識番号008、ジグ・マクバインだ。
聞こえるか?」
「了解、聞こえます」
「任務中、道路から大きく外れた荒野にて
観光客の遺失物と思しき物品と、車両移動の痕跡を確認した。
直ちに付近を捜索し、発見次第身柄の確保を図る」
「了解しました。応援が必要でしょうか?」
「いや、まだそこまで切羽詰まった状況ではなさそうだ。
こちらで状況を判断し、追って連絡する。
座標は今送った」
「…確認しました。
その辺りに低気圧が接近しています、
最近は物騒な話も聞きますし、合わせてお気をつけて」
「ありがとう、よろしく」
これで6時間後までに彼―ジグからの連絡が無く、
且つ本部からの呼びかけに彼の応答が無ければ、
自動的に捜索が始まる。
そして無線を切ったジグは機体を立たせ、
西に向かって移動を開始した。
ジグの乗っている人型の機械、これは
大きな二足歩行ロボットで、平均全高は約10メートル。
「侵略者」も「強奪者」も穏やかな名ではないが、
これは人類が「開拓」と呼んでいる行為は、
その星の生態系にとっては「侵略」や「強奪」以外の何物でもない、
という事を決して忘れてはならないという、戒めが込められた名称なのだ。
彼の機体は茶色味を帯びたダークグリーンでロービジ塗装されていて、
背中には大きな箱を背負っており、
これは現在の彼の仕事に深くかかわっている物だ。
機体の何か所かには、08というマーキングが施され、
胸部には所属を現す黄色い太いラインが入っている。
レイダーは、人類第三の故郷となる惑星ノアを開拓する為に開発され、
二本の脚と腕とスラスターで殆どの環境・地形に適応することが可能。
厳しい環境や危険動物の脅威から人間を守るのは勿論、
未踏地の調査・探索から建築や農耕、救助活動に至るまで何でもこなし、
今となっては無くてはならない存在だ。
これらレイダーのパイロット達は「レイダライダ」と呼ばれ、
この星の人々から、頼りになる存在として認知されていた。
――――――――――――――――――――――――――――
それから約一時間後、ジグは遠方に件の車を発見した。
近くには誰もいないようで車内も無人だったが、
まだ距離があったので、そのままメインカメラの望遠で様子を見ることにした。
街の通信手も言っていたが、万が一観光客ではなく
犯罪者やテロリストの類が良からぬ事を企んでここに来ていたのだとしたら、
迂闊に近寄ると彼自身にも危険が及びかねないからだ。
こんな何もない所で犯罪やテロを起こすとは思えないが、
人目には付かないのでアジトや集会といった事なら都合がいいのだ。
そうやってしばらく様子を見ていると、
ジグからは死角になっていた大きな岩の陰から人影が現れた。
(いた…!あれは…女?)
犯罪者の類には見えなかったが、もう少し様子を見る事にした。
女一人でこんな所に来るとも思えず、他にも誰かいるかもしれない。
女の見た目は若く、男物の帽子の下で長い銀髪が背中まで伸びていた。
上は清潔感のある白いフリル付きブラウスを着ていて、下は水色のロングスカート、
足元はスマートなブーツを履き
腰には大きめのウエストポーチを付けている。
カチューシャとエプロンドレスを追加すればメイドにも見えそうな、
何とも場違いな格好だったが、可愛らしくて華やかではある。
が、被っている帽子が黒いテンガロンハットなので、ちぐはぐ感が半端ない。
帽子のせいで顔はまだよく見えなかったが、
整った輪郭と小さな口からして、恐らく美人といっていい部類だ。
車との対比からして小柄なようで、手足も腰も細い。
胸はそれなりにあるようだが、胸元の大きなフリルのせいで良く分からない。
単に四肢が細いので、相対的に大きく見えているのかもしれない。
そんな彼女は疲れた様子で暫く車体にもたれ掛かっていたが、
やがてボンネットを開けて中を覗き込み
項垂れた様子を見せていた。
(車が故障して動かなくなったといった所か。
観光客…で間違いなさそうだが一人なのか?
ったく、面倒をかけさせやがって)
そんな事を思っていた所、女がジグの存在に気付いたようで、
嬉しそうにこちらに向かって手を振り始めた。
こちらを見てあの反応なら、どうやら犯罪者の類ではなさそうだ。
そう判断したジグは、大きなサイレン音を流しレイダーの腕を振った。
サイレン音を聞いた女は、嬉しそうにジグのいる方へ向かって走りだした。
ジグの方からもレイダーを歩かせ近づいていく。
その途中、女は焦っていたのか躓いて盛大に転んだ。
慌てて起き上がり服と髪から土を払い、必死に身なりを整えるその姿は、
何となく毛繕いをする小動物を思わせ、
ジグは自分の中から腹立たしい気持ちが霧散していくのを感じていた。
――――――――――――――――――――――――――――
「ありがとうございます!助かりました!」
駐機体勢を取ったレイダーの胸部ハッチが開き、ジグが降りてくるや
女は開口一番、礼を述べつつ頭を何度も下げた。
身長はジグより頭一つ以上低く、見立て通り小柄で
瞳の色は薄い青、見た目は少女のように幼い。
が、こんな所に車で来ているのだから、
いくら何でも成人はしていると思われる。
「いや、まだ助けるとは言ってないぞ?」
「えっ…?」
「助けて欲しかったら、これから俺の言う事を
よく聞いて理解するんだ、いいな?」
「あっ、はい、了解しました!」
ジグの事を軍人か何かだと思ったのか、
女は大仰だがキレのある敬礼をした。
「…あんた、エデンから来た旅行者か?」
「はい!」
「この星に以前来たことは?」
「ないです、今回が初めてで…」
「そうか…
所で、その帽子をちょっと貸してくれるか?」
「?」
女は色々と疑問に思ったが、黙って従い
被っていた帽子をそっと差し出した。
ジグは帽子を受け取ると、
歩いて少し離れた所にある岩の側に寄って、
何やらゴソゴソして戻ってきた。
「コイツを見ろ。
この辺りで見かけるトカゲだが、
中々可愛いだろう?」
帽子の中には数センチほどの小さなトカゲがおり、
鱗ではなくふわふわの毛に覆われ手足は短く太く、目が大きくて体は寸胴、
色は淡いオレンジ色で確かに可愛いといっていい姿だった。
「はい、カワイイですね。
それに触ると気持ちよさそう…」
女は思わず触るような仕草を見せた。
「触るな!
迂闊に触ると死ぬぞ」
「死!?」
「ものの10秒ほどでな」
「10秒!?」
「このフワフワの中に毒針が隠れていてな、
迂闊に触ると一瞬であの世行きだ」
彼女は青ざめ、無意識に後ろへ離れた。
ジグはそんな彼女の様子を見て畳みかける。
「いいか、ここはまだ開拓中の星。
人類が完全に支配している星、
便利で安全なエデンとは訳が違うんだ。
安全地帯とされている道を少し外れただけでも、
このトカゲみたいな死の危険が潜んでいる。
宇宙船内で説明を受けなかったか?
街や道路から決して外れるな、と。
あれは脅しでもなんでもないんだ、死にたいのか?」
「ご、ごめんなさい、軽率でした。
もう二度としません!」
深々と頭を下げる女。
「解ればいい。この星にいる間は肝に銘じておく事だ」
男はトカゲを元居た場所に戻し、戻ってきて帽子を返そうと差し出した。
「被ると死ぬ?」
「ん?あー…あれの毒は空気に触れると分解するから、
直接触らなければ問題無い。ほら、被っても大丈夫だ」
そう言ってジグは帽子を被った。
男物だったので大きさはぴったりだ。
被る際に一瞬ふわりといい匂いがした。
「わ、似合ってますよ!」
「そう…か?」
「ほんとですって!映画でよく見る保安官さんみたいです!
迷惑かけたお詫びと言っては何ですが、差し上げます。
ノリと勢いで買ったは良いけど、実は持て余してたんです」
いきなり差し上げると言われてジグは困惑した。
まるでゴミを押し付けられた様だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「あ、ごめんなさい!
人の被っていた帽子なんて要らないですよね?」
微妙な顔をしていたジグを見て、女は慌てて帽子を受け取ろうとして
ジグに近寄ってくる。
「いや、こちらこそ悪かった。
つい被ってしまったが、見知らぬ男が使った帽子なんてもう被れないよな。
分かった、有難く頂戴しておく」
「いえいえ、お気になさらず」
「ええと…では本題に入るが、なぜこんな所に?
一人なのか?何をしていたんだ?」
「あ、はい…私一人です。
車でヴィクスへ向かう途中、道に迷っちゃってました」
「迷った?
一本しか道がないんだ、迷いようがない。
それが何だってこんな所に?」
そう問いかけると、バツが悪そうに俯いて、
たどたどしく答え始めた。
「じ、実はその…とてもかわいい動物を見かけて…
もっとよく見たくて車で追ったんですが逃げられて、
ムキになって探し回っているうちに方向が解らなくなってきて、
そんな時に車が止まってしまって…携帯も電波が届いてないしで…」
「………」
「あの…本当にすみませんでした!」
眉間に手を当てて考え込んでいたジグを見て、
女はもう一度深々と頭を下げた。
「ああ、いや、いいんだ。別のことを考えていた。
車の所へ行こう、見せてくれ」
女はしょんぼりしていたが、ジグの話を聞いて特に罰を受ける訳では
なさそうと思って安心したのか、表情が明るくなった。
「はい、ありがとうございます!
車直せるんですか!?」
「直せるかどうかは見てみないと解らんが、
どっちにしてもこいつで運べば関係ない」
そう言ってジグは、自分の後ろにあるレイダーを親指で指す。
「全環境型特殊人型重機、
一世代前の機体だがまだまだ使える、車の一台位何てことはない。
こいつで道路まで持って行ってロードサービスを呼べばいい」
陽炎はレイダーとしては大型の部類で、全高約12m。
動きはやや鈍いが馬力があり、重装甲で堅牢なのが売りだ。
機械的信頼性や居住性も高く、
ノアを開拓するために開発された第一世代機の中でも
傑作と言われていて、一世代前とはいえまだまだ
現在ノアで稼働しているレイダーの多くが、この陽炎型だ。
「なるほどそうですね!良かった…」
女は陽炎を見上げて嬉しそうに言った。
「まぁこんな所で立ち話もなんだ、さっさと行こう」
「それはいいのですが…
あ、あの…迷惑ついでといっては何ですが、
一つお願いしていいですか?」
「ん?まぁ内容次第だな」
「えっと…ですね…車のある場所まででいいので、
この子の手に乗せてもらえませんか?」
「この子?陽炎の事か?」
「はい。だめですか…?」
愛らしい表情で残念そうな顔をされて、
思わずいいと言いたくなったが、当然許可する訳にはいかない。
「そうだな…止めておいた方がいい。落ちたら只では済まないし、
落ちなくても尻が痛くなる。クッションなんて付いてないからな。
それに結構揺れるから、多分酔うぞ?」
「はい、全部解ってます。それでも乗ってみたいんです」
女は何の迷いもなくにっこりと笑って言う。
ジグもレイダーのコックピットに座ってみたいという話はよく聞くが、
手に乗りたいというのは初めてだった。
「本当に解っているのか?
地面よりずっと堅いんだぞ?鋼鉄製だからな。
尻や脚に痣とか出来るかもしれないぞ?」
「はい!
私は怪我で肌が傷ついてもあまり気にしませんし、
この鞄の上に座りますから、大丈夫です」
そう言ってウエストポーチをぽんと叩いた。
多分壊れ物や固いものは入っていないのだろう。
「酔ったあげく、手の上で吐いたりするなよ?」
「私、これでも乗り物には強い方なんですよ?
それにもし吐きそうになったら、鞄の中に吐きます」
体に傷が付いても気にしないとか、鞄に座るとか吐くとか、
およそ彼の知っている女性という存在が使うとは思えない言葉が出て来る。
見た目に反してかなり変な奴なのかもしれない、
ジグはそう判断してこの女の印象を上書きした。
「で、どうですか?」
「そうだな…」
本来なら、関係者以外を手に載せて歩くなんてとんでもない事だが、
見た所車まではそんなに遠くないし、彼女が自分で跳び降りたりしない限り、
落とすことも無いだろう。
それに歩かせて、レイダー物珍しさで足元をちょろちょろされでもしたら、
踏んでしまうかもしれない。
エデンの人間はレイダーに接する機会がまずないので、
その足元がどれ程危険か解っていないのだ。
「分かった、乗せてやろう。ただし、命綱は付けて貰う。
必ず座って立たない事、指につかまっている事、
後辛くなって来たらちゃんと言うんだぞ?無理するなよ?」
ジグの言葉を聞いて、彼女は本当に嬉しそうな顔をした。
「ありがとうございます!嬉しいです!」
彼女の独特の雰囲気とでもいうのか、
少々おかしな言動をしてはいるが、妙に庇護欲を
掻き立てられていたのをジグは否定出来なかった。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。
私はテティス・カルサイト
テテって呼んでください」
「分かった、テテ。
俺はジグ。ジグ・マクバインだ。
ここから北にあるルグレイという建設中の街で、
開拓作業に従事しているレイダライダだ」
「了解しました、ジグさんですね。そう呼べばいいですか?」
「好きにすればいい」
「はい!
所でジグさん、レイダライダというのは?」
「ああ、エデンじゃあまり聞かない言葉だよな。
要するにレイダーに乗ってる奴の事だ」
「なるほど…ではレイダライダのジグさん、
車までお願いします」
そういってテテは、両手でお椀を作りながら笑った。
陽炎の手に乗せてという事だろう。
「了解した。後悔するなよ?」
――――――――――――――――――――――――――――
「わぁー、凄い!何だかお人形さんになった気分!」
テテは先程から陽炎の手の上ではしゃいでいる。
腰に付けた命綱は陽炎の左手親指に結ばれていて、
彼女もまたその指に掴まっていた。
「俺も一般人をレイダーの手に乗せて歩くのは初めてだ」
ジグは胸部コックピットハッチを開けたままにして、
テテと会話していた。
「揺れは大丈夫か?」
「はい、全然平気です!!
思ったより揺れないのは、ジグさんの腕が良いからですか?
そういえば、上は誰も乗ってないのですか?
その子複座ですよね?」
テテが視線を陽炎の頭部に移すと、キャノピーが陽光を反射して煌めく。
そこには無人の操縦席が見え、コックピットシートには何やら
荷物が置いてあるのが確認できた。
「ああ、荷物を置いたり休憩したり色々と都合が良いんで、
単座改修後も敢えてそのまま残してるんだ。
いざって時は予備のコックピットとしても使えるしな」
「なーるほどなるほど、なんだかロフト部屋みたいですね」
「それは言いえて妙だな」
確かにジグは頭部コックピットでよく寛いでいた。
キャノピー越しに見える満天の星空を眺めながら酒を飲んで眠るのは、
ある意味最高の贅沢だ。
「あ、見えてきました、車です!」
テンションの上がっていたテテは、ついその場で立ち上がってしまう。
ジグが殆ど揺らさないようにしていたので、油断してしまったのもあるが。
「バッ、急に立つな!!」
「!?」
いくら揺れを抑えていると言っても無くすことは出来ない。
間の悪い事にその小さな揺れが、立ち上がるタイミングに合ってしまい、
陽炎の指から手を離していたテテは、完全にバランスを崩して宙に舞った。
「ひゃっ?!キャ――――――!!!」
お手本のような綺麗な悲鳴が上がった。
ジグは思わず陽炎の手で受けようとしてしまったが、
何とか踏みとどまれた。陽炎の手は鋼鉄製なのだ。
幸い命綱はその役割を果たしてくれており、
テテはロープの弾力で何度か上下に弾んだが、
やがて逆さまのまま宙吊りになって止まった。
「あっ、あっ、あは、あはは!
び、びっくりしたけどちょっと楽しいかも!?」
「お楽しみの所悪いが、丸見えだぞ」
「え?あっ!?」
逆さになってスカートが大きく捲れ、下半身が丸出しになっていた。
ハーネスも無しでウエストにロープを巻いただけなので、
こうなるのは必然である。人の頭は相当重い。
「立つなと言っただろうに、しかもいきなり立つとか全く…」
「ちょっ、助けて!これじゃ逆さてるてる坊主、
いえ、てるテテ坊主です!」
手で隠そうともがきながら何とか前を隠したものの、
もがいたことによってくるくる回りだし、今度は尻が丸出しになる。
「分かってる、今助ける。
危ないからじっとしてろ」
彼女の動きが収まったのを見てから、
ゆっくりと陽炎の右手を下へ持って行き、
その上にそっと降ろした。
「す、すいませんついうっかり…
見苦しい物をお見せしました」
「全くだ」
「あの…怒ってます?」
「正直言うとちょっとな。
だがワンちゃんに免じて許してやる」
「ワンちゃん…?……あっ!?」
ジグの言葉の意味を理解したテテは、恥ずかしくなって俯いた。
自分でも子供っぽいとは思いつつも、可愛かったし誰に見せる物でもないので
いいか、と思い履いていたが、まさかこんな形で人に見られるとは思わなかった。
「ど、どうもです…
ワンちゃん好きなんですか?」
「ああ。
犬は大昔から人のパートナーとして共存し、宇宙へ進出した人類に
今も寄り添い続ける、正に種を超えた歴史的規模の友人だ。
ロマンしか感じない」
「えらく回りくどい理由ですね…」
「ほっといてくれ。
さ、行くぞ。今度こそ気を付けろよ?
絶対にそこを動くな」
ジグはビシッと人差し指で、陽炎の手を指して言った。
「はぁい。ごめんなさいでした」
陽炎は移動を再開する。
流石にテテも大人しくしていて、やがて車の元へ到着した。
ジグは陽炎を車の横へつけて降着させつつテテを降ろし、
続けて自分も降りた。
「ほら、飲みな。帽子の礼ってわけじゃあないが」
そう言いながらジグは銀色の筒を渡した。
「冷たっ!ってこれ…水筒?飲み物ですか?」
「何の変哲もないフルーツジュースだがな」
「わぁ、ありがとうございます!
でも何でこんなに冷えてるんです?」
「冷蔵庫に入れてたからな」
「冷蔵庫?どこにそんな物が?」
「コックピットに備え付けてある。
コイツは図体がでかい分コックピットも広めでな」
「はー、便利ですねぇ。
あ、では頂きます」
「俺は車を見てみる。ゆっくりしててくれ」
「はい、何から何までありがとうございます。
あ、これキーです」
テテはポーチから出した車のキーを渡した。
「気にするな、これも仕事の内だ」
――――――――――――――――――――――――――――
「どうですかメアリーの具合は?」
ジュースを飲んで一休みしたテテが、ジグの元に来て声を掛けると、
彼はボンネットに突っ込んでいた頭を上げた。
「だめだなこれは…って、メアリー?」
「?」
「この車の名前ですが、何か?みたいな顔をするな。
俺がおかしいのかと不安になる」
「?」
「だから、はい、おかしいですよ?みたいな顔をするな」
「そうですか…
メリッサはもう駄目ですか。
一緒に苦難を乗り越えてきた相棒だったのですが」
ジグの傍へ来たテテは飲み終わった水筒を渡しつつ、
ボンネットを覗き込む。
「おい、相棒とやら。さっきと名前が違うぞ」
「もう、細かいですねジグさん。
車に名前付けるなんてキモイですよ?」
「付けてない」
「彼との出会いは忘れもしない、そう、あれは…
えっと…その…」
「女の名前なのに…なんだ男か。
ブリッジノアで買ったんだろ?」
ブリッジノアとは唯一の宇宙港がある、一番最初に作られた街だ。
ノアの街の中では一番の都会である。
「え?何で解ったんですか?」
「ナンバープレートにどこの街の車か書いてあるからな」
「レンタカーかもしれませんよ?なぜ買ったと?」
「レンタカーはその旨がプレートに書かれているが、
こいつは書かれていない」
「誰かから借りたか貰った物か、盗んだ物もしれませんよ?」
「赤の他人が車をくれるはずはないし、貸してくれるとも思わない。
となると家族か友人だが、そんな仲の良い相手なら、
この星に初めて来た女性を一人で行動させるとは考えにくく、
一緒に行動している可能性が高いが、いない。
そしてあんたは盗みを働くような人間には見えない」
「それはどうも、ありがとうございます。
にしても細かい事考えてますね?」
「生真面目なんだ。時々自分でも嫌になる」
「えっとじゃあ…どうします?やっぱり…」
「ああ、ワイヤーを引っ掛けて陽炎で引いて行こう」
バタンと音を立ててボンネットを閉める。
そこで一瞬静寂が訪れた直後に、テテのお腹がぐるると鳴った。
「あっ、いやあのこれはその…!
そう、オナラです!!」
慌てて何か上手い言い訳を考えるが、
余計に酷いのが出て来た。
これにはジグも思わず笑ってしまった。
「丁度良い、俺も腹が減って来たし飯にするか。
良ければご馳走するが食べるか?」
「いいんですか?
えと…そうですね、頂けるのでしたら」
「御馳走と言っても、保存食なんで大したものじゃないぞ?
どれ、面白い物を見せてやろう。少し離れててくれ」
ジグはテテから受け取った水筒を持って陽炎に乗り込み、
空の水筒をコックピットの何処かに仕舞う。
その間にテテは、慌て気味にそそそっと小動物みたいな動きで離れた。
それを確認してからジグは、陽炎が背負っていた
大きな長方形の箱を外して地面に置き、
その後陽炎を箱から少しだけ離し、コックピットから降りた。
そして箱に近づき、箱に付いているハッチの一つを開け、
中から大きなプラグ付きコードを引っ張り出し、
それを陽炎の足首付近へと伸ばし、そこでも足首にあるハッチを開けた。
そこにはプラグを差し込む為と思しきスリットやスイッチ群があり、
伸ばしてきたコードを差し込み、何やらスイッチを操作した。
すると大きな箱はカシャカシャと音を立てながら大きさを増していく。
あちこちがスライドして伸びているのだ。
やがて動きが止まり、箱は元より大分体積を増したようで、
テテは恐る恐る近づいてこの箱をよく見た。
「これは…家!?」
彼女は箱の一面にドアと窓らしきディテールを確認し、そう直感した。
「正解だ。こいつはフォールディングハウス。
レイダーで持って歩ける家だ」
「入ってみていいですか!?」
「ああ。やや狭いが十分な広さのはずだ。
俺は本部に定時連絡を入れるから、先に入っててくれ」
――――――――――――――――――――――――――――
ジグは観光客を保護した旨を本部に伝え、
陽炎から降りてハウスに入る。
そこではテテが椅子に座って、辺りを眺めまわしていた。
「よく椅子の場所が解ったな?」
テーブルや椅子は壁や床に畳んで収納してあるので、
ぱっと見は何もない殺風景な部屋に見えるのだ。
「キャンピングカーみたいな物だと思って、それらしい
溝や取っ手を弄ったら出てきましたので…
って、これ本当にすごいですね、ちゃんと照明やエアコンも点きますし、
冷蔵庫?にベッド、壁にはモニターまであります!」
「陽炎の動力源であるリアクターから、電力を回してあるんだ。
あらゆる電化製品を使えるぞ」
レイダーは自走発電所と言われる程リアクターの出力があり、
そのリアクターはコンパクトな形状の固形燃料一つで、
10日程フル稼働出来る。
これは大電力を食うレイダーの場合の話なので、
普通の電化製品を使う位なら殆ど負荷にはならないのだ。
「じゃあさっき刺してたプラグは、その為の物なんですね」
ジグと会話しながら、テテはあちこちを見て回りだした。
当然だが、ありとあらゆる物がガッチリと固定されるか
動かないよう収納されており、設計者の苦労が伺えた。
「すご、シャワーとトイレまであるじゃないですか!?」
トイレは旅客機や鉄道などで見かける様な、
ボウル状の便器の底に蓋があり、レバーを倒すとその蓋が開いて
少量の水と共に汚物を吸い込むタイプだ。
「シャワーは今使えないがな。
スペースの関係で大量の水はストック出来ないんだ。
海や川といった大きな水源が近くにあれば、
そこから水を引いて濾過・消毒して使えるんだが、
今はその水源が無いからな」
「なんだ残念…
でもテントとかに比べると、遥かに贅沢ですよね。
特にトイレが付いてるのは神です」
「同感だ。
さて、飯にするか。
適当に何か作るからちょっと待っててくれ」
「あ、私も手伝います!
色々と迷惑をかけましたし」
「そうか?なら頼もうか」
「はい!」
――――――――――――――――――――――――――――
冷蔵庫にストックしてあった保存食の野菜と肉で、
簡単な物を作って2人で食べた。
その後片づけをして食後にコーヒーを飲んでいた時、
外の風音が強くなってきた事にジグが気付く。
「かなり風が出て来たし空も暗い…少し様子を見るか」
ジグは窓を少し開けて外の様子を伺いながらそう言うと、
コーヒーを一口飲みつつすぐに窓を閉める。
そのジグのすぐ後ろにテテがいつの間にか立っていて、
低い声で何やら言い出した。
「外界から隔離された密室に閉じ込められた男女二人…
外は嵐…その時!部屋の灯りが消える!
停電?!そして電気が点くとそこには女の死体が…!
いったい犯人は誰なのか?謎が謎を呼ぶミステ…」
「犯人は俺。どこに謎があるんだ?」
「えっと…二人しかいないし、ジグさんは本当に何もしてないのに
私が死んだから…一体誰が私を殺したのか?という」
「なら自殺だな」
「そのパターンは無しで」
「狙撃かトラップか遅効性の毒か幽霊か超能力かエイリアンの超科学」
「前半はともかく後半はちょっと…」
「じゃあどういうトリックなんだ?」
「さぁ?」
「真面目に考えた俺がバカだった訳だ」
「あはは、ほんとに生真面目ですねぇ」
テテはニコニコしながら優雅に椅子に腰かけた。
食べたらすぐに出発するつもりだったが、天気の様子を見る為の
時間が出来たので、ジグは何となしに気になっていた事を聞いてみることにした。
「……こんな何もない所に女一人で来るとか、
ただの観光じゃなさそうだな?」
この辺りには観光客が喜びそうな物など何もない。
わざわざ車でこんな所を移動するのは開拓従事者か車マニア位で、
観光客は勿論現地の住人でさえ殆どが旅客機で街から街へと移動する。
「え、まぁ…ええっと…」
「話しにくいなら別にいい、単なる世間話だ。
遭難者の保護は仕事の内だが、その先は警察の仕事だからな」
「すいません…って、警察!?
わたしってもしかしてプリズン行きなんですか!?」
「お望みならそうしようか?
立入禁止区域に侵入した罪とかで」
「お望みません!!」
「冗談だ、そもそも俺にそんな権限は無い。
幸い大事になる前に保護出来たし、俺からの厳重注意でいいだろう」
「ほっ…
そういえばジグさんはやっぱり仕事でここに?
でもレイダーが使われてるのはもっと現場近くだと聞いてますが、
この辺りはもう開拓済みなんですよね?
あ、こういうのってやっぱり守秘義務とかあるんでしょうか?」
「そういうのもあるにはあるが、今回は大丈夫だ。
目的はこのフォールディングハウスの試用だ」
「この家の?」
言いながらテテは床から天井を見回した。
「この家は、レイダーを使った長期に渡る未踏地調査の際に、
隊員の負荷を軽減する目的で開発されたんだが、まだ試作段階なんだ。
そこで実際に使ってみて、意見を聞かせてくれって話でな。
それでこの家に寝泊まりしながら数日掛けて、
隣街…といってもかなりの距離のあるヴィクスへ向かい、
向こうに行ったついでにそこで休暇を過ごし、また戻って来る、
それが今回の任務だ」
「じゃあ目的地は私と同じなんですね。
でもジグさんだけでですか?お仲間の方は?」
「昔は軍隊みたいに小隊を組んで動いたりしてて、
部下も何人かいたけどな…」
「ほほう!隊長さんですね?」
「だが増えていく仕事量に対し、レイダーの数が全然足りなくて、
あちこちに個別派遣されるようになって、
結局隊としては機能しなくなり解散、今に至ってる。
それでも一応単独行動はタブーとされてるが、
かなりの危険が予想される場合でもない限り、
実際は単機の事も多いな」
「形骸化してるんですね。
そんな話になるなんて、やっぱり開拓って大変そうですね」
「大変っちゃ大変だが、何をするにもレイダーが使えるからな。
エデンの開拓時にはレイダーがまだ無かったらしいが、
レイダー無しで未踏地を開拓するとか、大変すぎて想像も出来ん。
そんな当時の人達に比べたら、今の俺達なんてぬるま湯だろうよ」
「そんな事ないと思いますよ?
便利な機械があっても、結局それを使ってより大変なことを
する訳ですから、力の入れ所が変わっただけです」
「確かにレイダーに乗ってると何でもやらされるからなぁ。
パトロールとかレスキューみたいな事とか、
そんなの警察や消防の仕事だろうに」
「それで私を助けてくれたんですね」
「まぁそういう………」
ジグはテテとの会話から、何か忘れている事が
あるような気がしてきた。
必死になって記憶の紐を手繰るが、答えにたどり着く前に
大きな雷の音と光で思考を遮られた。
「あら?近いですね」
「やはり天気が崩れてきたか…
少々の雨風ならこの家にいれば問題ないが」
するとすぐに大きな雨音が家全体を震わせた。
ジグは雨の様子を確認しようともう一度窓を開けて外を見てみる。
すると…
「まずい、竜巻だ!」
「え!?」
テテも窓の外を覗くと、その視界の先に天高くそびえる塔のような
巨大な竜巻が発生していた。
「すぐにここを離れるぞ!」
「は、はい!」
「悪いが車は持って行けそうにない!
陽炎の頭部コックピットに乗って貰う事になるが、いいな?」
ジグはそう言いながら、テキパキと部屋に出ていた物を片付け始めた。
テテもすぐにそれに倣う。
「この辺ってよく発生するんですか?!」
「以前一度遠くに見たことがある程度だ、かなりレアだな。
俺達は運がいい!」
「レア?ほんとに?だったらアレは何なんですか!?」
「いやだから竜巻なんだが…」
「そうじゃくて、あっちにも二つ!」
「何だと?!」
ジグは聞き間違えだと思ったが、テテの指した反対側の窓へ視線をやると、
確かに新たな竜巻が二つ見えた。
同時に三つ発生というのは流石に聞いたことが無い。
「…楽しくなってきたなぁ、おい!」
言葉とは裏腹にジグの顔は引きつり気味だった。
「大丈夫です、三つともまだ距離があります!
進路をよく見て落ち着いて行動しましょう!」
対するテテは、やけに肝が据わっていた。
違和感を覚えたジグだったか、
パニックになられるよりは遥かに有難い。
「じゃあ俺は片付けるから、外で竜巻の見張りを頼む!」
ジグはテテの方を見ないまま床のハッチを開けると、
そこに常備してあったレインコートを二着取り
その内の一つをテテに渡した。
「はい!」
テテはレインコートを素早く羽織ると外に出た。
ジグの方はフォールディングハウスを畳む準備を急いで行い、
それが済むとレインコートを着て外へ出てパネルを操作する。
ハウスは展開時とは逆の動きでカシャカシャと動き始めた。
と、ここでテテが見当たらない事に気付いた。
キョロキョロしてると上から声をかけられた。
「ここです!」
あろう事かテテは、陽炎によじ登って頭部のあたりに立っていた。
「な、なんて所にいるんだ!?降りてこい!!」
「いいじゃないですか、どうせ乗るついでです!
それよりも悪い知らせです、どうやら囲まれてしまった様です!」
それを聞いたジグも急いで陽炎に登り周りを見渡し、その言葉の正しさを認めた。
どの方向へ逃げようと試みても、どれかの竜巻の傍を通ることになりそうだった。
「これは厄介だな…」
「どうします?」
「陽炎の重量なら、逃げなくても姿勢を低くしていれば
飛ばされずに済むかもしれないが、そんな賭けは最後の手段だな。
一番小さそうな奴の脇を抜けてみよう。
無理だったらその場で踏ん張る」
「大丈夫そうですか?」
「解らん!
まぁ例え吹き飛ばされても、スラスターで姿勢を制御しつつ
着地すれば何とかなるだろう。やった事は無いがな」
「ではそれで!」
「ああ、さっさと行こう!キャノピーを開けるから、
ちょっと待っててくれ」
ジグは立っていた陽炎の肩からそのまま開いていた胸部コックピットの
ハッチへと飛び移り、素早く中に入った。
そして陽炎を起動し、テテを乗せるために頭部キャノピーを開けた。
「あっと…乗れません!荷物が…」
頭部コックピット内はガラクタにしか見えない物が
占拠しており、このままでは乗れなかった。
「っと、そうだったな。
どかせるか?何なら外に放っても構わんが」
「は、はい…お、重い~~無理ですぅ!」
座席の上の箱を一つ持とうとしてみるが、
テテの腕力では持ち上がらない。
「そうか…すまん、ちょっと乱暴するぞ」
「え?ひゃっ!!」
ジグはテテの体を陽炎の手でやんわりと掴み取り、
そしてお辞儀をする様に陽炎の上体を一気に傾け、
頭部コックピット内にあった荷物の大半を外に放り出した。
そしてすぐに姿勢を戻し、テテを頭部付近に降ろす。
「ほわー、まるでキングコング!」
テテはなぜかテンションを上げ、座席に滑り込む。
その座席の足元脇には人一人が何とか通れる位の隙間があり、
そこを覗いてみると、丁度レインコートを脱いでいた、
胸部コックピット内のジグと目が合った。
「さっきの荷物、大丈夫なんですか?」
テテもレインコートを脱ぎつつ、声を掛ける。
「殆どガラクタばかりだ、気にするな。
それよりベルトはちゃんと閉めろよ、上は揺れるぞ?」
そう言いながらジグは、収納が済んだフォールディングハウスを
陽炎の背部にマウントした。
「そういやそっちの荷物はいいのか!?
車に置いたままじゃ?」
「大丈夫です!大事なものはさっきこっちに移しました」
と言ってジグからは見えないが、ウエストポーチをポンと叩いた。
「私の事は気にせず思い切り走って下さい!」
「勿論そうする!
そっちも気にせず吐いていいぞ?
ゲロをぶちまけた位じゃそこの計器は壊れないからな」
「3時の竜巻が比較的小さく見えます!」
「同感だ、出るぞ!」
グンッ!と先ほどテテを運んだ時とは比べ物にならない程のGを
発生させつつ、陽炎は荒野を走り出した。
「そちらの補助モニターを点けるから、周りから何か飛んで来たら教えてくれ!
俺も警戒はしているが、目が多いに越したことはない!」
「はい!」
テテの返事とほぼ同時に、キャノピーの端辺りに陽炎の背後180度程度の視界が
映し出された。その映像には竜巻が二本映っていた。
その後は飛来物(大半が倒木の類)を避けたりパンチやキックでいなしつつ、
進んでは立ち止まり、竜巻の進路を見ては向かう方向を変えたりするものの、
動きが変則的で軌道が読めず、焦りだけが募っていった。
「ええい、フラフラしやがって、じっとしてろ!」
「まずいですよ、早くここを抜けないと…!」
「それはわかっているんだが…」
その時、一台の車がテテの視界の端で
木の葉の様に舞っているのが見えた。
「あーーー!!メアリーーー!?」
「メアリー?ああ、あの車か!?」
「……? いえ、ちょっと待ってください!?
あれ全然違う車です!」
「何だと!?」
「間違いありません!誰かが乗ってるのが一瞬見えました、
1時の方向、竜巻の方へ向かってます!」
「…あれか!?
こんな所に車で来てる奴が他にもいたとはな!」
「す、すいません…」
ジグも確認できたその車は、確かにテテの乗っていた物とは違っていた。
乗ってる人間は確認出来なかったが、何とか目で追うことは出来た。
が、やがて車は目の前の竜巻に飲まれ、見えなくなった。
「生きていたのか?その人は!」
「そこまでは…でも、車に損傷はなかったから、
恐らく生きてます!
車を追ってあの竜巻を突破する事を提案します!」
「突破だと!?追ってどうする、こっちも危ないんだぞ!?」
「助けるに決まってるじゃないですか!?
ついでに私達もここから脱出しましょう!」
「だめだ、俺だけならまだしも、あんたもいる!
あの車を助けたいのは山々だが、どちらも俺にとっては
要救助者だ!なら確実に生きてる方を優先する!」
ジグの正論にテテは少し言葉を詰まらせたが、
すぐに反論する。
「どのみちどれをか突破しないと、ここから逃げる事は出来ません!
なら車を助けることが出来るかもしれない、
目の前のやつを突破しましょう!」
テテの言う事も充分正論だった。
「く…それはまぁ確かにそうかもしれん…
車を助けるかどうかは置いといて、
さっさとここから脱出するのには賛成だ…」
今や三つの竜巻は、まるで獲物を追い込むハンターの様に、
じわじわと陽炎に向かって集まって来ているように見えた。
迷っている時間は無さそうだ。
「よし、行くぞ!覚悟はいいか!?」
「そちらこそ、ビビッてませんかー!?」
「ビビッてる!」
「私もです!!」
テテの返事を合図に、陽炎は車が消えた方向に一気に走り出した。
幸いな事にその重量故にか、かなり接近したがまだ飛ばされない。
「行けそうだ!…いや、ダメか?!」
確かに飛ばされはしないのだが、
風のせいで殆ど前に進めなくなってしまった。
フォールディングハウスが風を受けてしまっているのも大きい。
「まずい、足が浮きそうだ!」
機体に揺れと浮遊感を感じたジグは、その場で陽炎を
前のめりにしゃがませ、足裏にあるアンカーボルトを作動させ機体を固定、
両手でキャノピーを保護しつつ地面に伏せさせた。
「だめだ、このままここでやり過ごす!
あの車は残念だが…」
「ジグさん、提案があります!」
「今度は何だ?!これ以上は進めないぞ、
飛ばされないようにするので精いっぱいだ!」
「逆です、飛びましょう!竜巻に乗るんです!」
「は?乗る?……って正気か!?」
テテの言葉が意味する所を察したジグは、
流石に血の気が引いた。
「いいですか、竜巻は渦を巻いています!
その渦に乗って反対側へあえて飛ばされ、
そこで一気にスラスターを使って向こう側へ抜けましょう!
さっきジグさんが言ってた方法です!」
「確かに言ったがまず無理だ!
飛ばされたら恐らく機体は錐揉み状態に陥って、
とても制御なんて出来な…いや待て、出来るかも?」
「宇宙機動用プログラムを使えば或いは…!!」
陽炎は地上は勿論、水中や宇宙空間でも使えるように設計されている。
それぞれの環境に応じたバランスプログラムがあり、
操縦者が無茶なことをしても転んだりしないように、
自動で機体を制御してくれる物だ。
それの宇宙用プログラムとは、真空の無重力状態で
機体の安定を保つため、姿勢をスラスターで自動制御するものだ。
「よし、切り替えた、これが上手く働いてくれれば、
後は離脱するタイミングを計るだけだ!」
「良かった、行けそうですね!」
「だがあくまでもこれは宇宙空間用のプログラムだ。
大気のある惑星の重力下で、ましてや空を飛んでいる状態で
正しく動作する保証は無い」
「大丈夫、きっと行けますよ!」
「…………」
「どうしました?早くしないともう時間が…」
「いや、やはり駄目だ!
失敗したら真っ逆さまに地面に激突、
そうなったら機体も俺達も唯ではすまない。
ここで耐え凌ぐ方がまだリスクは少ないだろう」
「私はそうは思いません!」
「!?」
「確かに竜巻が一つならそうでしょう。
でもこのギリギリの状態でもう一つ竜巻が来たらどうなります?
結局は飛ばされると思いませんか?」
「確かにそれはそうだが、そうなるとは限らない。
仮にそうなった時には、それこそさっき言ってた方法を試せばいい」
「でもその時は二つ、ないしは三つの渦に巻き込まれて、
空気の流れは複雑極まりないのでは?
ただでさえ成功するかどうか怪しいのに、そんな状態では
さらに成功確率は下がると思いますよ」
「……!」
ジグは考えた。流石にここは慎重に考えねばならない。
とりあえずあの車の事は考えない事にする。
今頃はどこかの地面に激突していて、乗っていた人は恐らく…
なのでまず竜巻が合流するかどうか?これは五分五分か?
いや、二つならともかく三つある状況ではどれかが何処かで
合流する可能性が高い気がする。
少なくとも見ている限り、お互いが吸い寄せ合っている様に見えるからだ。
では合流すると仮定して、その威力はどうなるのだろう?
ジグは気象専門家でも何でもないからわからないが、
やはり合体したら単純に威力は増しそうだ。
いくら陽炎でも飛ばされ、テテの言うとおりになるだろう。
案外お互いが打ち消しあって消えたり、
そもそも合流する事など無いのかもしれないが、楽観視は出来ない。
ここは合体強化されると思っていたほうが良い。
そうなるとやはり、テテの言うやり方でプログラムと己の腕を信じ、
竜巻が一つの内に突破を試みるべきか?
しかしその成功率と竜巻が合流するかどうかの確立は…
データや知識がないので、結局どっちが上とか下なのかは解らない。
「…確かに。
結局さっきと同じでどっちもどっちか。
ならば…」
ジグは腹を括った。
「やるか!?失敗しても恨みっこ無し、いいな!?」
「はい!
…あっ、ちょっと待って下さい!」
「なっ、何だ今更」
ジグは勢いを削がれてずっこけそうになった。
「お祈りでもするのか!?」
「今あの家を拡げる事って出来ますか?」
「家?
フォールディングハウスの事か?
そんなの無理に決まってる!地面に置くことすら出来ん!」
「そうじゃなくて!
この子に背負わせたままで拡げれないか、という事です!」
「背負ったまま…?そうか、凧か!?」
ジグがすぐに操作すると、
背後からカシャカシャとした音と振動がわずかに感じられた。
「展開しきったらすぐ跳ぶぞ?いいな?」
「了解!」
ハウスの変形が終わると陽炎はアンカーボルトを解除、
一気に立ち上がりそのままジャンプし、
両腕両脚と背負った展開済みのハウスを使って、風を捕まえる。
フワッとした浮遊感と共に渦に乗り、弧を描いて高度を増していく。
背負ったハウスとプログラムのおかげか、
機体は極端な動きやスピン状態に陥ることもなく、
時々行なわれるスラスター噴射で機体の姿勢は安定しており、
まるでスカイダイビングのようなポーズで陽炎は空中を移動していく。
「やった、いいぞ!いけそうだ!!」
「行けーーー!!」
テテは大きな拍手をし、ジグの声も興奮を隠しきれていなかった。
「よし!行ける!」
「やりましたね!」
案ずるより産むが易し、拍子抜けする程に上手く行き、
機体はそのまま竜巻の反対側まで問題なく飛行した。
ジグはタイミングを見計らって制御プログラムを切り、
風に乗った勢いを利用して一気にスラスターで竜巻から離れ
そのまま落下、スラスターで勢いを殺して着地した。
「ふう、これでまずは一安心だな」
ジグは帽子を取って額の汗を拭った。
「まだです!さっきの車を探さないと!」
「おっと、そうだったな。
とはいえ、まずはここから離れよう。
探すのはそれからだ」
正直言うとジグはもうあの車の事は諦めていた。
陽炎と違って車は飛ばされたが最後、
どこに落ちるかは竜巻任せ風任せな上に
着地の衝撃を和らげる事も出来ないのだ。
「でも、早くしないと…!
…い、いえ、そうですね、すいません…」
離れようと言うジグに対し、とんでもないと言いたげな勢いの
テテだったが、すぐに意見を引っ込めた。
「…その心がけは立派だが、何をするにしてもまずは
自分達の身の安全が第一だ。さっきとは状況が違うからな」
「……はい」
ジグは言葉通りに陽炎を竜巻から遠ざけた。
すると間もなく竜巻はお互いを吸い寄せるようにして3つが合流、
二回り近く大きくなった。
ほんの少し前まであの辺りにいたのかと思うと、背筋が冷たくなる。
「礼を言う、
あんたの意見が無かったら今頃俺達はどうなっていた事か…」
「お礼なんて…そもそも私がこんな所に来なければジグさんは…」
「バカを言うな。
その事と竜巻の発生は無関係だ。
胸を張ってればいい、大したもんだよお前さんは」
「あはは…そうですか…?ありが…っあーーーー!?」
テテの言葉が途中で超音波ボイスに変わった。
「な、何だ急に?」
「あそこ!さっきの車です!!」
「何?!」
ジグも慌てて確認しようとするが、どこにも見えない。
「どこだ?」
「真正面です!木に刺さってます!」
言われてジグは正面の視界をズームしてみた。
すると言われた通り、先ほどの車が大きな木の枝にフロントガラスを
ぶち抜かれ、そのままそこにぶら下がっているのが確認できた。
「確認した!あんな所にまで飛ばされていたのか…!!」
改めて竜巻の恐ろしさに背筋が寒くなったが、それと同時に
テテはよく肉眼で見つけたな、と思わずにはいられなかった。
思い返せば最初に彼女を発見した時も、遠距離から見ていたジグを見つけていた。
陽炎は確かに大きいが、この環境の周囲に溶け込む色をしているし、
動いていたならともかく停止していたのに、だ。
かなりの速度で飛んでいた先程の車の中に人の姿を確認していた事から、
視力・動体視力共に優れているのだろう。鷹の目というやつだ。
「よし、向かおう。
あそこなら竜巻から十分な距離がある」
「急ぎましょう!」
竜巻の動きを気にしつつ、現場に急行した。
巨大な木の枝にぶら下がっていた車は迷彩塗装を施された
スマートなジープのようで、民間の車種だ。
風に煽られて、時々嫌な音を立てつつ揺れていた。
「これは…酷いな」
車は右のフロントガラスとリアガラスを
纏めて巨木の枝に貫かれ、そのまま
地上9m程の辺りにぶら下がっていた。
運転席に大量の血痕が見て取れたが、遺体は見えなかった。
ドアが開いているので下に落ちているのかとも思ったが、
地面には遺体も血痕も無かった。
後部座席は枝葉と運転席シートに邪魔され見えない。
二人が絶望していると、陽炎の収音マイクがかすかな声を拾った。
子供の泣き声だ。
だがその声にはもう力が無く、何とか絞り出している様子で、
どうやら見えない後部座席にいるらしい。
「聞こえた!聞こえたか!?」
「はい、聞こえました!子供です!」
ジグは陽炎をすぐ下へ移動させ、腕を伸ばして車を抜こうとした。
「駄目!
車内の状態が解らないのに、迂闊に動かすのは危険です!」
テテがぴしゃりと言う。
「おっと、それもそうか…
いやしかし、ならどうする?!」
中の様子が解らない以上、陽炎ではどうやっても危険が伴う。
折れた枝というのはかなり鋭く固く、人の皮膚など簡単に引き裂けるのだ。
「ジグさん」
「ん?」
テテはキャノピーを叩いて言った。
「開けて下さい、私が行って中の様子を見てきます!」
「…ああ、そう言うと思ったよ。
だが駄目だ、俺が行く」
「ジグさんが行ったら、何かあった時に
レイダーをすぐに動かせないですよ?
それにあんな不安定で狭い所、
小柄で体重の軽い私の方が行くべきです」
「む…」
ぐうの音も出ない。
確かに状況からして、行くとしたらテテの方がいいだろう。
彼女がそんな事を出来るかどうかは別だが。
「命綱をつけていれば例え落ちても大丈夫、
何かあったらジグさんが何とかして下さい。
その為のレイダーなんでしょう?」
「簡単に言ってくれるな…
…だがその通りなのも確かだ。
任せていいんだな?本当にやれるんだな?」
「やります!」
ここまで来たらもう毒皿である。
例え命綱無しでテテが落ちても、ジグには受ける自信があった。
無傷とはいかないだろうが、死なせなどしない。
命綱があるなら尚更大丈夫だ。
「ロープだ!
それとこれも持って行け、シートベルトや枝の除去に使えるだろう」
ジグはコックピット内に置いてあった、セルビアンシェフナイフとも呼ばれる
革の鞘に収まった幅広の肉切り包丁を取り出して、
ロープと一緒に隙間から上にいるテテに渡した。
かなり重いものだが、その重さ故に非力な者でも重量を利用して、
硬くて大きい物でも切断出来る。
テテはすぐに準備にとりかかる。
動きやすくする為に、長いスカートを腰の横で結んで短くし、
ウエストポーチを外してその中から出したヘアゴムで、
長い髪を纏めて後ろで括る。
そして最後にロープを体に結び、
受け取ったナイフを体とロープの間に突っ込んだ。
「終わりました、行きます!」
それを聞いたジグは、まず陽炎の両手を頭部へ持って行き、風よけの壁とした。
竜巻の影響で辺りには結構な強風と雨が吹いている。
「命綱を右手の指に結んだら、そのまま手に乗せて車の側へ
持って行くぞ?風に気を付けろ!」
「はい!」
ジグはキャノピーを開けた。
そしてテテは言われた通りにロープを結び、
そのまま陽炎の手に乗り車の左後部座席側へ。
まずは手を伸ばしてドアを開けようとしたが、ロックされていて開かない。
それを見たジグは、テテを運転席へ持って行った。
テテは血まみれのシートにも怯むことなくするりと中へと入った。
ジグは正直驚いた。
いくら命綱とジグのサポートがあるとはいえ、
不安定な場所でこの強風とこの高さでビビらないとか、
どんな神経をしているのかと逆に心配になるレベルだ。
ジグはテテが車内に入った後、陽炎で車をしっかりと固定して
後は彼女が上手くやってくれる事を祈った。
直後、衛星無線の呼び出し音が鳴ったのでジグはすぐに出た。
街の本部からで、先ほど大型の竜巻がそちらの付近で発生したが、
無事なのかという確認だった。
こっちも色々あって連絡どころではなかった旨と無事であることを報告し、
今の現状を伝えて救助を要請した。
天気の関係でヘリが飛ばせず車両で向かう、
時間がかかるが何とか持たせてくれとの事だった。
――――――――――――――――――――――――――――
中に入ったテテは、一応運転席と助手席を確認した。
助手席は枝で貫かれていたが幸い遺体や血痕の類も無く、
誰も乗っていなかったものと思われる。
運転席は陽炎から見た通り、大量の血がシートの座面を汚しているが
誰もいない。
ただ奇妙なことに、シートベルトが装着状態で残っていた。
ここで大怪我をしたか死亡した人がいて、
どこかの段階で車から降りたとか落ちたのかと思っていたので、
これは妙だった。
他に何か無いかと座席足元を見てみると、
アクセルとブレーキペダルの間に
血まみれの腕だけが引っ掛かっていた。
かなり筋肉質で太くて長く、爪は短く指は太い。
恐らく男性の腕と思われる。
「………!!」
ショックだったが、気を取り直して後部座席を見る。
先程から子供の泣き声がしなくなっていたので不安だったが、
運転席の後ろの席に、チャイルドシートに固定された、
5歳前後と思われる女児を見つけた。
右側後部座席は助手席同様、人のいた形跡は無い。
車を貫いている太い枝と細かい枝葉に邪魔されつつも、
何とか腕を伸ばして子供の脈を診る。
異常なし、疲れて眠ったか気を失っている様だ。
枝葉によって付いたと思しき傷があり出血もしていたが、
深刻なケガではなさそうだ。
渡されたナイフで、邪魔な枝葉とシートのベルトを慎重にかつ手早く切り、
運転席のシートに邪魔されつつも何とか女児を引っ張り出し、
しっかりと抱きしめる。
「確保しました!お願いします!」
――――――――――――――――――――――――――――――
テテが車内に入ってどれ位経ったのか?
ジグには1分にも10分にも感じられたが、
彼に出来る事は竜巻の監視と車を固定しておく位で、
大人しくテテを待つしかない。
そうやってモヤモヤしていると、
ついにテテが子供を確保し、声を掛けて来た。
「よしっ!」
思わずガッツポーズを取るジグだったが、
まだ安心するのは早いと頭を振って気を引き締め、
すぐに陽炎の手を持って行ってやる。
テテは子供を抱いていたので動きにくそうだったが、
特に問題も無く行きと同じくスムーズに陽炎の手に乗り、
頭部コックピットに戻る事に成功した。
「す、すいません、ナイフは車内に置いてきちゃいました…」
「別にいい、気にするな。その子は無事なんだな?」
すぐに陽炎をゆっくりと歩かせてこの場を離れつつ、
ジグはテテに状況を聞いた。
テテは一通り自分の見た物を、委細漏らさず伝えた。
「そうか…腕だけが…
だがおかしいな、付近には遺体どころか血痕すら無かったぞ?
あの木に車が刺さった際に死亡したのなら、
車内に遺体がある筈だし、仮に衝撃で外に
放り出されていたのなら、地面に遺体がある筈だよな?
落ちた遺体を強風や動物が持って行ったとしても、それでも血痕は残る筈だ。
そもそもシートベルトが装着状態で残っているのが妙だ。
腕があったならやはり車内で命を落としたのだろうが、
ベルトが切れてないなら遺体は車内にあるはずだし…」
「ジグさん…今はこの子の事を考えてやって下さい。
そんな話をしていたら、悪い夢を見てしまいます。
一刻も早くベッドに寝かせてあげないと」
「…っと、それもそうだな、すまん」
デリカシーに欠けていたのを反省しつつ、
ジグは声を出さずに考えた。
(他の可能性としては…
車が木に刺さった段階ではまだドライバーは無事だったが、
そこを背の高い大型肉食動物に襲われ引き裂かれ、
ベルトを残して捕食されたとか…?
これが一番しっくりくるが、問題はこの近辺には
そんな事が可能な動物はいないという事だ。
この辺りは荒野でそもそも食料となる動植物に乏しく、
大型の動物が生きていける環境ではないのだ。
後は…レイダーを使った殺人とか?
それだと犯人がいる事になるが、何の為にそんな事をする?
金目当てにしろドライバーの命が目当てにしろ、
レイダーなんて使っても足が付きやすいだけで、
オーバーキルもいい所だ、効率が悪いにも程がある。
いくら考えても、どれも可能性は低く決め手に欠ける。
(ま、それこそ警察の仕事か。
ここはテテの言う通り、子供の身の安全を第一に考えよう)
「あ、竜巻が…消えそうですよ!」
後方をサブモニターで監視していたテテがジグに声を掛けた。
ジグは陽炎の歩みを止め、その場で180度ターンした。
二人が暫く無言で弱ってきた竜巻を見つめていると、
程なくしてフッと消えた。あまりにもあっけなく、
発生するのも消えるのもあっという間だ。
「ようやく消えてくれたか…これで安心して
フォールディングハウスを使えるな」
ジグはすぐに設置できそうな場所を探すために
付近を見て回ったが、そこで意外な物を発見した。
「マジかよ…」
「メアリー!!」
見捨てたテテの
横転した形で見つかったのだ。
こんな所にあるという事は、ジグ達が陽炎で逃げた後に
竜巻に飲まれて、その後ここまで飛ばされて来たという事だろう。
「竜巻に飲まれても運よく軟着陸出来る事もあるから諦めるな、
といった話を聞いたことがあるが、
あれ本当の話だったんだな…」
「良かったー!この子も生き残ったんですね!」
「そうだな、相棒と一緒で大した奴だよ」
メアリーを陽炎のワイヤーで引きつつ、
ジグ達は家を設置できそうな場所の捜索を再開した。
程なくしていい感じの場所を見つけた時には、いつの間にか雨も止んでいた。
「さっきの飛行で壊れて無きゃいいが…」
幸い問題無く展開出来たので、すぐにテテと子供を降ろしハウスに入らせ、
ジグは街に連絡を入れて先程の件はこちらで片が付いたので、
なるべく早く迎えに来て欲しい、との旨を伝えた。
――――――――――――――――――――――――――――
「どうだ、その子の様子は?」
ジグがハウスに入ると、テテはベッドに子供を寝かせ、
その姿をじっと見ていた。
「体の方は大丈夫、かすり傷です。
ただ、心の方が心配で…まだ目を覚ましません。
近くの街から迎えが来てくれるんですよね?」
「ああ、もう竜巻も消えたし、
遅く見積もっても数時間以内には来る筈だ」
「良かった…
あの、それとジグさん…」
「ん?」
「ごめんなさい、その…
無茶な事ばかり言ってしまって…」
「みなまで言うな。
頭より先に体が動くタイプみたいだな」
「…よく言われます」
「安心しな、罰則とか罰金とか課したりはしない。
逆に表彰してもいい位だ」
「はは…ありがとうございます」
「そうそう、ついでと言っては何だが、
救助隊に来てもらうまでその子の事を頼めるか?」
「あ、はい、いいですよ」
「助かる。
俺は子供が苦手でな…どう扱っていいのかまるで解らん」
「そうなんですか?」
「結婚はしたが子宝には恵まれないままに別れ、
それっきり独身貴族なんでな。
仕事柄子供との接点なんてほぼ無いし、
何かやらかしそうで怖い」
「なるほど、確かに慣れて無いと難しいですね。
所でジグさん…」
「何だ?」
「着替えたいのですが…あの…
すいませんが、終わったら声を掛けますので…」
「おっとそうか、早く着替えたいよな」
「すいません、 雨や泥はともかく、
血はこの子に見せたくないので」
ずっとコックピットにいたジグとは違って、テテの体は
汗と雨と血と泥にまみれていた。
特に血は、あの凄惨な運転席で救助作業をしていたので
かなりの量が付いており、何も知らない人が見たら
ギョッとする事間違いなしだ。
メアリーと共にトランクから着替えも回収出来たのは
不幸中の幸いだった。
そんな訳で、ジグは裏口から一旦外へ出た。
「ふぅ…」
外に出たジグは、背中を裏口ドアにもたせかけながら考えていた。
(まさかこんな何もない所で女を拾って竜巻に遭遇して、
子供まで救助する事になるとはな…なんて一日だ。
今日は久しぶりに酒でも飲んで寝るか…)
暇つぶしに取り留めのない事を考えていると、
ここからは家が邪魔で見えないが、陽炎を置いてある方向、
つまり家の正面辺りから何やら物音が聞こえた。
(何だ?風で何かが飛んで来て、陽炎にでもぶつかったのか?)
確認するべく、ジグは陽炎の所へ向かう。
未踏地で作業をしている時の彼なら、もっと慎重に事を運んだだろうが、
この時は悪く言えば油断をしていた。
大きな危険を回避し、人命救助という大仕事を済ませた後、
しかもここは調査済みの安全地帯。
危機管理感が弛緩してしまっていても、誰も彼を責められないだろう。
テテに貰った帽子を脱ぎ、汗でぺたんこになった髪を戻しながら
彼は家の前に出て来てから、陽炎に意識を向けた。
するとそこには
恐竜。
いや、正確には恐竜に似ている巨大な動物がいて、
駐機してある陽炎に鼻先を向け、匂いを嗅いでいた。
「!!!!!!!!!!!!!」
太く長い大きな頭部に、巨大で鋭い牙の並んだ大きな口。
筋骨隆々な胴体から下向きに生えた丸太の様な二本の脚で立ち、
大きな爪の付いた小ぶりな腕と太いムチのような長大な尻尾。
後頭部から尻尾の先にかけて鎧状の鱗が並び、
その内の幾つかは大きく長いトゲの様に伸びている。
恐怖を具現化したような凶悪な面構えは、
正に「恐竜」と言う名に相応しく、
その眼力は睨んだだけで相手を殺せそうだった。
そんな動物が、ジグの目の前数メートル先にいた。
幸い陽炎に気を取られているのか、しきりに頭部コックピット付近の
匂いを嗅いでいる。まだジグには気づいていない様だ。
職業柄、この手の動物には慣れているジグでも、
流石にこの状況には一瞬パニックに陥った。
例えるなら、普段は動物園で猛獣の世話をしている飼育員であっても、
帰宅してドアを開けたら玄関にいきなりライオンがいたようなもので、
幾らなんでも冷静ではいられないだろう。
ジグは思わず正面口のドアを開けて中に飛び込み、
慌ててドアを閉めてしまった。
(やっちまった!今のはマズイ!)
そのドアを閉める際にチラと見えた恐竜は、
ドアの音に気付いてこちらに首を向けていた。
(落ち着け、落ち着け、慌てるんじゃあない!
それにしても…ダ、ダイノアだと?そんな馬鹿な!!)
ダイノアとは、人類発祥の星である地球に大昔にいた恐竜、
その恐竜の代名詞ともいえる種であるティラノサウルスに
シルエットが似ている大型肉食動物で、全長は約15~20m。
名前の由来は恐竜という意味の「ダイナソー」と惑星「ノア」から
来ており、気性が荒く喧嘩っ早い。
図体の割には意外と機敏で皮膚も分厚い。
そしてその顎と牙は、レイダーの手足を簡単に引き千切るほど強靭で、
今の所確認されている頂点捕食者の中でも、
トップクラスに危険な種である。
「ちょっ、まだ着替え終わってませんよ!?」
テテは新しい下着を付けている最中で、
まだショーツのみの姿だった。
慌てて胸元を手で隠す。
「どどど、どういうつもりなんですかぁ?!」
テテとしては当然の反応だが、勿論ジグとしては
それどころではなく、姿勢を低くしつつテテの元に身を寄せてきた。
「じ、ジグさん?あ、あの、まさか!?」
事情を知らないテテはこれまた当然の反応を返し、
引っ叩こうとして右腕を構えたが、その腕をジグに掴まれ
そのまま口を手で塞がれ、床の上に押し倒された。
「んぅーーーーー!?」
まさかの行動に涙目になって呻くテテ。
「シーーーッ!!」
ジグの声と真剣な顔に恐怖の感情を見て取り、
只事ではない気配を察知し、テテは抵抗するのを止めた。
「静かに!ヤバイのが外にいる!
動くな!喋るな!」
ささやくような声で注意され、直ぐに状況を理解したのか、
テテは首を縦に振った。
ジグはそっと手を離すと、
姿勢を低くしながらゆっくりと動きつつ、
全ての窓のカーテンを閉めて回った。
(あいつが車のドライバーを殺した犯人か?!
何だってこんな所にいやがるんだ!
しかもデカイ!)
目測だが全長20m、つまりは最大クラスの大きさだ。
(ここにいるはずのない奴に
こんなタイミングで出くわすとか、一体何がどうなってやがる?!)
そっとカーテンの隙間から様子を伺ってみると、
ダイノアはまた陽炎の頭部付近の匂いをしきりに嗅いでいた。
(血の匂いか!?テテに付着した大量の血の匂いを
嗅ぎつけてここへ来たのか!?)
ダイノアは自分で狩りもするが、他の捕食者が狩った獲物の
血の匂いを嗅ぎつけて現れ、それを横取りするほうが多いらしく、
犬並みの嗅覚を持っているとされている。
幸い、その血の付いた服は現在ハウス内にあり、
窓も扉も閉めているので、いきなりここを襲ってきたりはしないだろう。
だがやがて鈍い音がして、軽い振動がハウスを襲った。
その後も少ししてから同じように音と振動。
どうやら周りを回ってハウスを小突いて、
様子を伺っているらしい。
その内足音が少し遠くなったので、
二人はそっと同じカーテンの隙間から外を覗いてみた。
ダイノアは現在、メアリー(車)に興味を示していて、
しきりに小突いていた。あの車のドライバーを襲って味をしめたのか、
車の中には獲物がいると思っているようだ。
そのうち一向に獲物の気配がないと悟ったのか、
最後に念の為車を上から踏みつける。
ベコベコと嫌な音が響く。
テテは悲痛な表情で(メアリー!!)
とジグに無言で訴えたが、ジグにはかぶりを振る事しか出来ない。
そしてダイノアの体重とパワーによって、メアリーは
無残にもスクラップの様に押しつぶされた。
が、当然中からは獲物も何も出てこない。
このまま興味を無くして立ち去ってくれ、
とジグは祈ったが―
「きゃああああああ!!」
ハウス中に響き渡る女の悲鳴。
だがテテではない、保護した女児のものだった。
先程からの振動で目を覚ましたようで、カーテン越しに
ダイノアのシルエットを見てしまったのだ。
「!!!!!」
ジグがヤバイと思ったのと同時に、ダイノアの鼻先が窓を突き破って入って来た。
防弾ガラス並みの強度を与えられている窓だが、ダイノアのパワーの
前では飴細工の様に粉々になってしまった。
その恐ろしい牙の並んだ口から耳をつんざく咆哮が放たれ、
部屋中の空気が震えて腐敗臭が充満してくる。
テテは急いで子供を抱きかかえ、口を塞ぐ。
幸いと言っていいのかどうか、子供はあまりの恐怖から
また気を失ってしまう。
ダイノアは突っ込んできた鼻先で
床にあった血の付いたテテの服をしきりに嗅いだ後、
口先で咥えてみたり落としたりを繰り返し、
やがて鼻先を引っ込めた。
その直後、激しい衝撃がハウスを揺さぶる。
中に何かいるのを確信したからか、これはもう様子見ではなく、
明らかな攻撃行動である。
このハウスは危険動物等から身を守る為に、それなりの強度を持って
設計されてる筈だが、いくらなんでもダイノアの攻撃に耐えられる程ではなく、
このままではものの数分でバラバラにされるだろう。
「どどど、どうしましょう?!
何なんですかアレ?!恐竜ですか?!」
テテはジグの所に来て、抱いていた女児をジグに渡し、
ブラは付けずに急いでTシャツだけを着ながら小声で聞いた。
「ダイノアという超危険動物だ。こんな所にいる筈は無いんだが…」
ジグも小声で応じる。
「いるじゃないですか!?」
「そんな事知るか!俺が聞きたいわ!」
「どどど、どうしたら?!」
「そうだな…何かで気を引いてその隙に陽炎に乗り込めれば
或いは…そうだ!ひとつアルバイトをしてみないか?」
「はい!私が裏口から出て囮になります!
その隙にジグさんは、この子を連れて陽炎に!」
テテが即答して立ち上がろうとしたので、
ジグは慌てて止めた。
「本気にするな馬鹿!行くなら俺だ!
俺の方が足が速いし、銃も持ってる」
そう言って上着の胸元を開け、ホルスターに入っている拳銃を見せた。
相手が相手なので気休めにしかならないが、無いよりはマシである。
「奴が裏口の方へ回ってくれれば、
陽炎に乗り込むチャンスもあるんだが…
あの様子じゃ先に家を潰されてオダブツかな」
ダイノアは興奮した状態で家を攻撃している。
それを止めてわざわざ裏へ回るとは思えなかった。
ダッシュで強行突破するのも手だが、
直ぐに気付かれて恐らく乗り込む暇などない。
「俺が裏口から出て、奴を引き付ける。
その間に出来るだけ遠くへ行き、どこかに身を潜めるんだ。
何とかやり過ごせばそのうち救助が来る、いいな!?」
「駄目!私が行きます!
どちらかが死ぬのなら、それは私であるべきです!」
「……どうせ死ぬつもりだったから、か?」
「え…?」
「どうして解ったって顔してるな。図星か?
だがそれを説明してる暇は無い」
「解っているなら尚更、あなたが死ぬことはありません!」
「心配するな、俺には策がある。
あんたに説教した時の毒トカゲ覚えてるか?
あれを奴の口に放り込んでやる!
これで誰も死なずにハッピーエンドだ」
テテはまだ何か言いたそうだったが、
押し問答をする時間も惜しかったので、ジグは問答無用で女児を渡し、
血の付いたテテの服を手に取って裏口へ走り、ドアを開けた。
「絶対に生き延びろよ!
もしあの世で会ったら殺すからな!
あと、ちゃんとズボン履いとけ!」
それだけ言って外へ飛び出した。
するとダイノアはすぐにその動きに気付き、逃げる物を追うという
捕食者の本能に従い、ジグを追って動き出した。
「ぬおおおお!」
ジグは兎に角全力で走った。振り返る事もせずに。
肉食動物相手に背を向けて走るのは一番の悪手だが、
ハウスから引き離すのが目的なので、今はこれが最善手だ。
ダイノアの足音が後ろから追ってきていたが、
その巨体故にジグの全力疾走よりは遅い。
全速力を維持できればそのうち振り切れるだろう。
(そのまま!そのまま付いて来い…!)
だがずっと全力で走れる訳も無く、すぐにペースが落ちてくる。
そしてこれ以上走るのはもう無理、という頃合いで立ち止まり、
荒い呼吸を整えつつ、ジグはここで初めて後ろを見た。
ダイノアはやや遠い所といった感じの距離におり、
諦めずにジグを追って来ている。
ハウスからは十分な距離を取ることが出来たようだ。
(…さて、と。
ここからが正念場だな)
トカゲの話はテテを脅すためのデタラメだ。
あのトカゲは猛毒など持っていない。
(このまま女子供を守って死ぬんなら、
死に様としては悪くない…か?)
勿論おとなしく食われるつもりなどない。
出来るだけ時間を稼ぎ、あわよくば岩陰にでも隠れてやり過ごし、
陽炎の所へ戻ることが出来れば十分生き残れる道はある。
ジグは持っていたテテの服で、投げるのに丁度いいサイズの石を
包むと遠くへ投げ捨て、ハウスを飛び出したときに目を付けていた
大きめの岩の陰へ身を潜め、拳銃を抜いた。
完全に身を隠す事は出来なかったが、この岩を回り込んでこないと
ジグを捕まえる事はできない位の大きさはあったので、
ここでかくれんぼに興じていればチャンスを掴めるかもしれない。
ややあって足音が近づいてきて止まった。
ダイノアは嗅覚は鋭いが目はあまり良くないらしい。
…と言っている動物学者の見解を信じて息を潜める。
ダイノアはジグを見失ったのか、鼻をひくつかせながら
ゆっくりと周辺の様子を探り出した。
隠れている岩越しに、そんなダイノアの気配を感じる。
(よし、探してるな?そのまま服の方へ行け!)
テテの服に気を取られている隙にこの場を離れる作戦だったが、
ダイノアは服の方は見向きもしなかった。
先ほどハウスの中でひとしきり弄り回して確認し、
食い物ではない事を理解していたのか、
どうやらジグの匂いを探っている様だ。
(野郎、意外と知能が高い?!)
だがどうやら匂いは感じるものの、正確な位置を
掴みかねているらしい。
幸運なことに竜巻の影響か、比較的強い風が吹いており、
丁度ジグは風下に位置していたのである。
ジグはダイノアの足音に全神経を集中させておよその位置を掴みつつ、
岩陰にそってすれ違うような形で移動を始めた。
このまま気づかれずに元来た方向へ戻ることが出来れば、
陽炎に乗り込めるチャンスはある。
(よし、そのまま向こうへ行け!)
しかしその願いも空しく、ダイノアは獲物がこの付近にいると
当たりをつけたのか、追い立てるようにジグが隠れている岩を
脚で蹴ったり、尻尾で叩いたりし始めた。
大きな岩がぐらぐらと揺れる。
「ッ!!!!」
焦りと恐怖から、思わず飛び出して逃げたくなったジグだったが、
何とか堪えた。ここで飛び出したら奴の思う壺だ。
そうやって暫く耐えていたが、なんとダイノアは咆哮一閃、
体全体を使って岩をその場から大きく転がした。
「くっ?!」
そのままでは岩の下敷きになってしまうので、
否応なしにジグは岩陰から飛び出さざるを得なかった。
「マジかよ、なんてパワーだ!?」
岩の下敷きになるのは何とか回避したものの、
ジグはダイノアの前に姿を晒す羽目になった。
急いでこの場を離れようとした瞬間、
丸太のような尻尾の一振りがジグを狙って飛んで来る。
「!!!!!!」
咄嗟にしゃがんでギリギリ躱すジグだったが、
鋭い振りにより発生した空気の渦に巻き込まれ、
吹き飛ばされてさっきまで隠れていた岩に叩き付けられてしまう。
その衝撃でテテに貰った帽子が、どこかへ飛んで行った。
「うぐっ!!!」
強かに体を打ち付けてしまい、激痛が全身を巡り息が出来なくなった。
幸い骨折の類はしていないようだったが、どう頑張っても体は動かない。
「ぐはっ、はぁ…はぁ…!!」
なんとかして上体を起こしてぶつかった岩にもたれ掛かるが、
まだ立つことは出来ない。
そんな状況の中、ダイノアがゆっくりと向かってくるのが見えた。
(クソッ、こ、ここまでか…?)
迫りくるダイノアに向けて、何とか握っていた拳銃を数発発砲する。
少し怯ませて足を止める事は出来たものの、どれも固い皮膚に阻まれ、
殆どダメージにはならない。
そして弾丸が残り数発になった時、銃口を自身の頭に向けた。
が、土壇場で思い直す。
ここで引き金を引けば楽だが、ほんの数秒であっても、
あの二人が逃げる為の時間を稼ぐべきだと。
「おおおお!」
気力を振り絞って何とか立ち上がる事に成功し、
そのままヨタヨタと逃げるジグ。
一歩一歩があの二人の生き残る確率を上げてくれると信じて。
だが現実は非情で、すぐに足が縺れて転んでしまった。
ダイノアはもうこの獲物は弱って動けないと踏んだのか、
ゆっくりと近づいて来る。
ここでジグはまた自分に銃を向けたくなったが、
何とかその考えを振り払い、残弾を全てダイノアの顔に向かって放った。
グァオオオオ!!
するとジグの執念が実ったのか、ダイノアはもんどりうって
苦しみだした。ジグには何が起こったのか一瞬分からなかったが、
すぐに理解した。まぐれ当たりで目に当たったのだ。
普通の相手ならこれで面食らって退散するだろうが、
ダイノアは逆に怒り狂い、残った片目でジグを睨め付けた。
(フフ、最後のラッキーで大分時間が稼げた…
足掻いた甲斐があったな。
後は…一撃でかみ殺してくれよ)
ジグはダイノアに向けていた、弾の切れた銃を下ろして目を閉じる。
ダイノアの怒りの咆哮がジグの鼓膜を震わせ、
続いて雷のような足音と地震のような揺れを感じた。
走馬灯は見えなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――
最後の瞬間を待つジグの脳裏に、走馬灯ではなく
聞き覚えのある声が浮かんだ。
「ジグさーん!!」
(…フッ、今日会ったばかりの女の声が
いまわの際に浮かぶとはな…)
死の際に頭をよぎる事なんて、案外しょうもない事なんだな
と思ったジグだったが、次の瞬間に激しい振動と衝突音を感じ、
目を開けた。
その視界に飛び込んで来たのは、思ってもみなかったもの…
ダイノアに体当たりをしている陽炎の姿だった。
(こ、これは…!?
街からの救援か?
いや違う、あれは俺の機体だ!)
見慣れた機体色に識別番号、何よりも今では殆ど現存していない、
キャノピータイプの複座型陽炎、間違えようも無く彼の愛機だ。
「だ、誰が乗ってんだ!?」
怒りに我を忘れて陽炎の接近に気づけなかったダイノアは、
背後からの体当たりに吹っ飛ばされ地面に倒れた。
が、すぐに起き上がって陽炎に対峙した。
「間に合って良かった!ケガしてません?!」
スピーカーから聞こえて来たのはテテの声。
「どうして……あんたが?」
「話は後で!!離れてて下さい!!」
「お、おう!」
何が何やら解らないが、ここにいたら危ないのは勿論、
邪魔になってしまうので、ジグはヨタヨタと離れ
他の岩の陰に座って身を預けた。
「さぁ、来い!!」
ダイノアはテテの啖呵に呼応するように大きく吠えると、
一気に突進して距離を詰めて来て、
大きな口を開け噛みつきの体勢に入る。
陽炎はこれに対し、足で地面を蹴りつつスラスター噴射を行い、
横に跳んで躱す。
すると勢い余ったダイノアは派手に転んでしまった。
ここぞとばかりに陽炎が追い打ちをかけようと近づくが、
ダイノアは素早く立ち上がり、噛みつきかかって来る。
「わっ!?」
不意を突かれたテテだったが、幸いこの噛みつきは空を切った。
「ひゃあぁ、あぶな!」
慌てて少し距離を取る。
「あんなに勢いよく転んだのに…これは迂闊に近づけないですね。
ジグさん、何か武器はないんですか?でっかい銃とか!」
「そういうのもあるが、今は無い!
こんな状況は想定していなかった!」
陽炎の高感度収音マイクがジグの声を拾う。
「
「プリッツ?お菓子ですか?」
「電磁短剣だ!知らないのか?!」
「知りませんよーー!」
「なんでレイダーを動かせる奴がブリッツダガーを
知らないんだ!?」
この短剣はレイダーの標準装備としては、
汎用性・コスト面において最もメジャーな物の一つだ。
対象に刺してリアクターからの電力を流し込み、
出力次第で軽い麻痺から、感電死させる事すら出来る。
「うわっと!」
グダグダやってる間に、ダイノアが襲い掛かって来た。
陽炎は後ろにジャンプして、再び距離を取った。
「ダガーはもういい、諦めろ!」
「えーー!」
「そんな事よりも聞け!
あいつは今片目が潰れて立体視が出来てない!
意味は解るな?」
「立体視…?
あ、そうか!」
「尻尾に気を付けろ!」
ジグに言われて、隻眼状態のダイノアが立体視出来ていない事に
気付いたテテは、相手が隻眼に慣れる前にケリをつけるべく、
今度は近づいて一気にラッシュをかける。
パンチにキック、体当たりと、それぞれを微妙に違った間合いから繰り出す。
距離感の掴めないダイノアは、躱す事も反撃する事もままならない。
時々長い尻尾で薙ぎ払ってくるが、
それだけは警戒していたテテに、易々と躱されてしまう。
やがて不利と判断したのか、背を向けて逃げ出した。
その一部始終を見ていたジグは、驚きを禁じ得なかった。
(あの動き…!俺の操縦を後ろから見ていて、
見よう見まねで陽炎を持ってきたのかと思ったが…違う?)
いくらダイノアが立体視出来ていないとはいえ、
こちらもリーチが長いわけではないので、かなり接近する必要がある。
そんな状況で全ての攻撃を回避するなど、
ベテランのパイロットでも難しいだろう。
テテはダイノアを追わずに、その場で陽炎の構えを解いた。
終わったのだ。
陽炎がゆっくりとジグの側に来て駐機体制をとると、
胸部ハッチが開いてテテがひらりと降りて来た。
彼女はすぐにジグの側へきて、
涙声になりながら笑顔でジグに声をかける。
「ごめんなさい、慣れない機体で起動に時間がかかっちゃって…
でも間に合ってほんっとうによかったです!」
「ああ、色々と聞きたい事はあるが、
とりあえずは礼を言う、ありがとう助かった。
それとズボンを履け」
彼女はまだTシャツにパンツ一丁だった。
そんな暇すら惜しんで直ぐに追ったという事だ。
そんな彼女にジグは着ていた上着を渡し、
テテはそれを受け取り、スカートの様に腰に巻き付けた。
「本当に大丈夫ですか?ケガは?」
上着を腰に巻いた後、ジグを立たせながら肩を貸した。
心配そうにジグの顔を上目遣いで覗き込む。
と、そこへジグのデコピンが飛んで来て、
ビシっと乾いた良い音が鳴り響く。
「あいったぁぁ!!
何するですかーーーっ!!
本気で打ちましたね!?」
「逃げろと言ったのに、危険な真似をするんじゃあない!
レイダライダなら、ダイノア相手の接近戦がどれ程危険か、
知らぬ訳ではあるまい?」
もう大丈夫だ、とばかりにジグはテテを体から離し、
しっかりとした足取りで立ち、落としていた帽子を拾って被った。
「知りませんよーだ!
私、レイダライダじゃないですもん!」
「何?じゃあ一体…」
「そんな事より早く戻りましょう!
あの子が心配ですし、ダイアナでしたっけ?
アレの事を街に報告しないといけないんじゃないですか?」
「ダイノア、だ。
確かにあんなのをこの辺りに野放しにしてはおけんが、
あんたの事も後でゆっくりと聞かせてもらうからな?」
「それは警察の仕事なんじゃなかったんですか?」
「いくら俺が紳士でも、流石にさっきのはスルー出来ん。
まぁ別に黙秘してもいいけどな、プリズンに行きたければ」
「弁護士呼んでくださーい、紳士さん」
「残念だったな、この星にはまだ弁護士はいない」
「いやいや、いないのは毒トカゲだけですよね?」
「なんだ、ばれてたのか」
「だって、生真面目だって自分で言ってたジグさんが、
そんな危険生物を私の前にむき出しで持ってくる訳がないです。
何かの弾みで私が触ってしまわないとも限らないわけで、
そんなリスクを冒す人じゃないですよね?」
「確かにその通りだが、弁護士がいないのは本当だぞ?」
「いやいやいや、それもさすがに嘘…ですよね?
…ねぇってばー!」
ジグはテテの事を無視して陽炎に乗り込み、
テテは慌てて後に続き頭部コックピットに滑り込んだ。
ここは惑星ノア。
地球、そして惑星エデンに次ぐ、人類の第三の故郷…になる予定の星。
人々はレイダーと呼ばれる人型機械を中心にして
この星を開拓し、着々とその生存圏を拡げていた。
だが未だに大半が未踏の地であり、
未知の危険生物や環境・自然現象が人類を脅かす。
レイダーはそれに対応するために作られたのだ。
これはそのレイダーに乗る者、レイダライダの日常を綴った物語。
だが、未踏の惑星開拓の矢面に立つ彼らの日常には、
およそ「日常」とは呼べない程の危険が降りかかる事も、
そう珍しくはないのだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――
一話 終
ダイノアの件を報告後、フォールディングハウスのある所へ
戻っている最中、ジグはある事を唐突に思い出した。
(そうだ!あの落ちてたエロ本!すっかり忘れていた…
テテ?或いはあの子の父親?の持ち物だったのか…?
いやしかし…)
(どちらでもしっくりと来ない。
テテは勿論、子連れの親だってあんな物を持ち歩いたり
買ったりするか?ましてや連れているのは女児…
俺なら絶対に買わないし持ち歩かない)
考えれば考える程、まさかとは思いつつも
まだ保護すべき人物が他にいるのではないか?
という疑念が湧き上がってくる。
そして何となく、件のエロ本の存在を確認しようとして
座席脇に手を伸ばした…が。
(ん?無い?!まさかその辺に飛び出して…!)
あんな物を他人に見つかったら何を言われるか解ったものではない。
慌ててコックピット内を探すが、何処にも落ちていない。
(まさか…!!)
嫌な予感がしたジグは、恐る恐る頭部コックピットへの隙間を覗く。
するとそこには予感通りの光景があった。
テテは覗き込んできたジグに気付き、見ていたエロ本を
顔の前からどけた。そこには勝ち誇ったようににやけた顔があった。
「えっちな本はっけ~ん♪」
「ち、ちがっ!それは…!!」
「良い趣味してますねー。
ひょっとして私、現在かなり危ない状況に
身を置いているのでしょうか?」
今の彼女はノーブラでTシャツを着ていて、
下は無理矢理ジグの上着で隠しているような状態だ。
テテは咄嗟にエロ本で胸元を隠し、少し開いていた膝をピタリと閉じた。
「違う!誤解だ!
そいつは今日拾ったんだ!」
「えー?こんな所で拾ったー?
それはいくら何でも苦しい言い訳ですねぇ?」
「ぐっ」
そう言われるとぐうの音も出ないが、認める訳にはいかない。
軽めのグラビア雑誌ならともかく、人間性を疑われかねない程の
過激な内容の無修正本なのだ。
「苦しいのは解ってるが、本当なんだから仕方ない!
俺も今それを考えていた所だ!まだそいつを落とした
誰かがいるかもしれないってな!あの子の件が片付いたら…」
「ぷっ
ふ、ふふふ…あはははは!
必死すぎ、あはははは!」
急にテテがケタケタと笑い出した。
「いいじゃないですか、えっちな本持ってたって。
別に恥ずかしい事じゃないですよ?
ど、堂々としてればいいのに…あははっ!
あーおかしい、ダメ、死にそう…」
「クッ…もういい!信じようと信じまいと関係ない!
後でまた…」
「さ、探さなくてもいいですよぉ、
そんな人何処にもいないんですから」
「なぜそんな事が解る!?俺のじゃないし
あの子の親でもなさそうだから、
そうなるとまだ………ッて、待て!?」
ジグは気が付いた。
なぜテテがそんな人はいないと断言出来るのか?
それはつまり…
「お、お前…なのか?」
「はい、これ私のです♪」
唖然とするジグ。
満面の笑顔でエロ本を掲げるテテ。
こうして二人の物語は、テテが落としたエロ本を
ジグが拾った事から始まったのである。
-------------------------------------------------------------------------
むせる緑の臭い。
立ち込める湿気と大量の羽虫。
まだ誰も立ち入った事のない、そんなジャングルの未踏地にそれはいた。
それは空気のような存在で、周りの景色と溶け込み、揺らぎとなり
その場から動かずに獲物を待ち伏せている。
そこへ不幸にも通りかかった大きな動物。
彼が揺らぎの側を通ったその時、彼の首だけが地面に転がった。
自身に降りかかった、理不尽な死を認識することが出来なかった彼の体は、
少しの距離を歩いてから倒れる事も無く、ゆっくりと動きを止めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます