第33話 沈黙は岩に刻まれ、本は祈りに重なる
――調査、三日目。
ソル・リブレリア州教会の“祈りの間”には、朝の光が静かに差し込んでいた。
その静謐な空気に包まれながら、俺は長椅子に腰をかけ、目の前のエル・セフィア像を見つめていた。
(地下……か)
メテウスは、かつてこの部屋でガルガンに論文を読ませていたらしい。
だけど、それなら――自分の書斎でいいはずだ。
なぜ、あえてこの“祈りの間”だったんだ?
(……“言葉は神に属し、真理は沈黙の中にある”)
メテウスの石碑に刻まれたその言葉を思い返し、手帳を取り出す。
“神”は、この教会の象徴だとしたら、
“言葉”は――いったい、何を意味する?祝詞か?
(全然、わからん)
そんなことを考えていると、ふとマルタの姿が目に入った。
彼女は部屋の端で、しゃがみ込みながら絨毯をめくっている。
「マルタ?何してんの?」
俺が近づくと、マルタは嬉しそうに声を上げた。
「レオンくん、見て見て!」
灰色のタイルに彫られた、ほとんど見えないくらい薄い線。
光の角度でかすかに浮かび上がるそれは、どう見ても“長方形”。
「……模様があるの。見える?」
「ん……うわ、ほんとだ。これ……長方形? いや、よく見ると……」
目を凝らすと、そこにはページの線まで細かく彫られた“本”の文様があった。
光の角度によって、やっとわかるほどの繊細さだ。
「……本だ。マルタ、よく気づいたな」
「だって、変だったんだもん。この教会、ガルガンの職人が建てたにしては“遊び心”がないなって思って」
「ああ、あれだ。ソル・フォルジア州教会の中庭!」
「そう! 中庭の石畳に、あんなに細かい彫刻をしてたでしょ? だから、どこかに“サイン”があると思ったんだ」
彼女は誇らしげに笑いながら、タイル全体を確認し始めた。
「全部……彫られてる?」
「うん。たぶんね。ほら、こっちも……」
俺も一緒にタイルを見つめ、絨毯の端から端までを確認していった。
――全部、本だ。祈りの間の床中に、本の模様が散りばめられている。
「知の象徴を、信仰の空間に敷き詰める……何か意味があるはずだよね」
その瞬間、胸の奥に、なにか引っかかるものが残った。
「となると……書斎の床も、確認しないとだな」
「うん!」
絨毯を元に戻して、俺たちは図書館へ向かった。
◇
すっかり顔なじみになった受付のおじいさんに笑顔で挨拶して、俺たちはメテウスの書斎へと向かった。
中ではカイルが机に座り、分厚い本の山を築きながら目を通していた。
「戻ったか。何か手がかりはあった?」
「ふふん。実はすごい発見をしたんだよ」
「お、何?」
マルタの言葉に、カイルは一気に身を乗り出す。
「祈りの間のタイル、ぜんぶに“本”の模様が彫られてたの!」
「全部に……? 『Templum Mentis:ソル・リブレリア』にはそんな記述なかったような」
カイルはパッと目の前の本から、設計図集を取り出して確認する。
「うん。やっぱり書いてない」
「装飾にしては見えにくすぎるしな。言われなきゃ絶対気づかないレベルだった」
「なるほど……確かにおかしい」
カイルは静かに本を閉じて、顎に手を添えた。
「カイル、お前の方は何か見つかった?」
「うん?いや、こっちは全滅。全部、メテウスの“死後”に書かれた研究本ばかりだった。一次資料がないってのは辛いな」
言い終わるや否や、カイルはメテウスの日記を開いて、真剣な表情になる。
俺はふと思い出し、しゃがみ込んで書斎の床をじっと見つめた。
「……あれ? ここには……模様、ないぞ?」
「えっ!? うそでしょ?」
マルタが声を上げた。
「ほんとに? 見落としてるとか……」
「いや、マジで。つるっつる」
マルタはがっくりと肩を落とした。
「おっかしいなぁ……」
そして――そのときだった。
「――禁書架は、教会の地下か……?」
俺とマルタは、びっくりして顔を見合わせた。
「カイル? それって、どういう……?」
カイルはハッと我に返り、真剣な表情でこちらを見つめた。
「“言葉は神に属し、真理は沈黙の中にある”。ずっと考えてたんだ。この言葉の意味を」
「……で?」
「メテウスにとって、“言葉”って何だったのかって考えてみたんだ」
カイルは手にしていた日記をパタンと閉じた。
「彼女は、あらゆる論文や指示書に数字を多用してた。それこそ、覇王への軍略書だって全部、数学で組まれていた。でも――日記には、数字はほとんど出てこない」
「つまり……“言葉”は、“数字”?」
「うん。そして、“神に属す”ってことは、それが“帝国”や“制度”と結びついていたってことだ」
カイルは、さらに続ける。
「設計図の中で、岩盤の記述だけ、異様に“ざっくり”してたよな。“浅い”って一言だけ。寸法も、強度も、方角も、なかった」
「……あれって、“沈黙”ってことか?」
俺たちの頭の中で、何かがつながった。
カイルは静かにうなずいた。
「つまりメテウスは、意図的にそこだけを“語らなかった”。彼女にとっては、“真理”はその沈黙の先にあったんだ」
マルタが小さく声を出す。
「……でも、それじゃ、メテウスがガルガンを祈りの間に呼んで論文を見せてたってのは……?」
「それも、“理由”がある」
カイルは、ゆっくり言った。
「祈りの間に“本”の模様を彫ったのはガルガンだ。普通、こっそり彫られた“本”に気づかずに、模様を入れた本人を呼び出して本を読ませるなんて不自然なことするか?」
「つまり、彼女は――」
「知ってた。知ってて、書かずに、でも選んだ。つまり、“あの場所”に意味がある」
静かに、でもはっきりと、カイルは言った。
「――禁書架は、教会の地下にある。間違いない」
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【Tips:ソラ川】
ソラリス帝国を南北に貫く大河で、アルベド山脈を水源とし、メテウス・アストラード・ガルガン・ディオネス・オフィリアの各州を流れる。
大昔はしばしば氾濫し、広範囲に被害をもたらしていたが、同時にその恵みは帝国の農業と文化の発展を支えた。
今なお人々に「命の川」として親しまれている。
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