第14話 夜明けと短剣

 ―― 一撃。たった、それだけで勝ちなんだ。


「はああああっ!!」


 俺は剣を握りしめ、踏み込みとともに袈裟懸けに斬りかかる。

 狙いは教官――ゲール。その体幹、呼吸、癖……全部、読みきってる。

 ……はずだった。


「ちっ……!」


 ゲールはわずかに身をひねり、軽々とかわしてみせた。

 空振りの勢いを利用し、回転するように懐へ潜り込んだ。

 切っ先は、首筋を目がけて吸い込まれていく。


 だが――ゲールは全身の力を抜き、紙のように身体を傾けて、それをいともたやすくかわした。


(っくそ……避けんなよっ!)


 再び距離が開く。

 すかさず横からカイルの矢が飛ぶ。だが、ゲールはそれも手甲で弾いた。

 ――攻撃を、全て読まれてる。


「手を休めるな!当たるまで打ち込むしかない!」


 もう何度目になるだろう。

 俺は叫びながら、また踏み込んだ。

 獣のように、執念深く。距離を詰め、斬り上げる。

 だが、またも受け流される。


 金属のぶつかる音。風を裂く斬撃。地を蹴る音。

 それらが影砦の空に、終わらない残響のように響いていた。

 一撃、それだけなのに。

 その“一撃”が、果てしなく遠い。


 このままじゃ――時間が……!


「……ふっ」


 ゲールは構えを解かず、全く息を乱していない。

 こっちはもう、汗だくだってのに。


「せ、先生っ! ずるくないですか!? さっきから逃げてばっかりじゃないですか!」


 カイルの叫びに、ゲールは淡々と答える。


「いかにも。吾輩は貴君らを倒す必要がない。夜が明ければ、吾輩の勝ちだ」


「そんな勝ち方して嬉しいんですか!?」


「報酬が出るのだ。教え子とて容赦はせんよ」


(きたねえええええ!)


 でも、それが現実だ。本音が叫び出しそうになるのを、何とか飲み込んだ。


「さあ、時間がないぞアストラード、メテウス。打ち込んでこい」


 ゲールはさらに低く構え、誘ってくる。

 焦燥が、胸の奥で爆発しそうだった。


 空は徐々に白み始め、星が一つ、また一つと姿を消していく

 ゲールは深く腰を落とし、構えたまま微動だにしない。


(……ジリ貧だ……どうする!?)


 そのとき、階段を駆け上がってくる足音がした。


「ちょ、やばいって!戻ってきた番兵、もうそこまで来てる!」


 ミアの声だ。


「なっ……!」


「レオン、このままじゃ……!」


「……お前らは、足止めしてくれ!なだれ込まれたら、終わりだ!」


 カイルは一瞬だけ迷い、すぐに駆け出す。


「レオン!あとは頼んだぞ!!」


「……ああ! 任せろ!」


 だけど、内心は冷や汗だらけだった。

 勝算なんて、ないに等しい。


(やけになるな……俺が負けたら、全員が終わりだ!)


 剣を握り直し、全神経を集中させる。

 斬って、弾かれ、踏み込んで、はじかれて。

 感覚が研ぎ澄まされていく――が、同時に息も切れてくる。

 ゲールの息遣い、筋肉の動き――見える。見えているけど、届かない。


(……くそっ、こんな形で終わるのかよ……!?)


 鳥の鳴き声が聞こえた。

 もう、星は一つも見えない。


 その時だった。


(っ!?)


 足元に違和感――ロイドの短剣。

 踏みつけて、わずかにバランスを崩した。

 ゲールの反応は早かった。

 俺の甘くなった一撃をはじき、握り拳を腰に引いた――


(避けられないっ!負けるっ!)


 その瞬間。


 バシッ!


 ゲールの頭部に何かが命中。

 粉末が弾け、彼は思わず目を閉じた。

 突き出された正拳が頬を掠める。


「うおおおおおおっ!!」


 俺は全身の体重を乗せて、渾身の突きを放った。

 腹部に突き刺さる。


「っぐ……!」


 ゲールはよろけ、腹を抑えながら膝をついた。

 俺もそのまま倒れ込んだ。

 視線の先、ロイドが肩で息をしながら、同じようにはいつくばっていた。

 ゲールは、しばらく黙っていたが、やがて苦しそうに言った。


「……有効だな。吾輩は死亡した」


 風が止み、影砦に朝日が差し込んだ。

 勝った――

 俺たちは、勝ったんだ。


 ◇


「いやあ!素晴らしい!完璧だったぞレオン!いや、みんな!」


 ルキウス=ル=アストラード――俺の父上が、満面の笑みで酒を煽っている。

 ゲール教官も静かに頷いた。

 影砦の中は、まるで祝祭のようだった。

 テーブルには肉、パン、果実酒、炙り塩魚といった豪華な料理。

 敵兵役だったアストラード州軍の面々も、今は武装を解き、生徒たちと一緒に笑っていた。


「マルタの橋上の粘りはまじできつかった」

「あの爆発音、心臓飛び出るかと思ったぞ」

「フレイの罠な!引っかかって転んだ兵、三人もいたらしいぞ!」

「セシリアが突然歌い出したのもやばかった」

「“時間を稼いでますの♪”とか言われたけど、やられたよ!」

「その後グレンが鬼の顔で突っ込んできて、全滅寸前だった」


 皆が笑う中、俺はふと気づいた。

 ロイドがいない。

 杯を二つ手に、見張り塔へと向かう。

 そこには、肩に包帯を巻いたロイドがいた。


 ◇


「……。」


「……よぉ」


「なんだ、俺をバカにしにきたのか?」


「するかよ。……ほら、飲めよ」


「帰れよ。主役がいないと、盛り下がるだろ」


「……お前がいなかったら、俺はここにすら辿り着けなかった」


 ロイドは苦笑して、顔を背けた。


「慰めなんていらねぇ。結局、全部お前が持って行った。お前がまとめて、お前が決めて、お前が勝ったんだ」


「違う。俺は……みんなを信じただけだ。お前が道を作ってくれたんだ」


 ロイドは唇をかみしめてうつむいた。


「……お前は、全部持ってるんだよ。領主の家、生まれながらの強さ、人からの信頼。お前には分かんねぇよ……俺たちが、何を背負ってここに来たか」


 俺は息を呑んだ。


「……そうかもな。けど、俺はお前が全部背負ってたように見えた。

 俺が“持ってる”としたら、お前は“背負ってる”奴だったよ」


 ロイドが、ふっと笑った。


「なんだそれ。変なこと言うな、お前……」


「皆、お前のこと見てたよ。セシリアも、フレイも、マルタも。お前がここにいないと、なんか寂しい」


 ロイドが一瞬、目を見開く。


「なぁ、宴に戻ろうぜ。誰もお前を“失敗した奴”なんて思ってない。みんな、ちゃんと見てる」


「……それでも俺は……」


「最後の一撃。お前が作ってくれた隙がなかったら、俺は負けてた。……お前がいないと、俺も、ちょっと寂しい」


 朝の風が、塔を通り抜ける。

 沈黙の中で、ロイドがわずかに睫毛を震わせる。


「……お前、本当変な奴だな。……一杯だけだ。恩に着せんなよ」


「一杯でいい。……ありがとう」


 二人で見張り塔を後にした。

 宴の輪の中、皆がロイドを温かく迎えた。

 カイルが肩を組み、マルタが笑って迎え、フレイが手を振った。

 ロイドは迷惑そうな顔をしていたが、誰の手も振りほどかなかった。


 ________________________________________


【Tips:ノクタリカ州】

 帝国北西部にある“記憶と神秘”の州。蝙蝠と砂時計の紋章を持ち、ソラリス帝国で唯一、月の国ルナリアとの交信を試みている。

 アルベド山脈を越えられたことは歴史上一度もないが、地図製作技術に優れており、帝国に出回る地図の大半はノクタリカ製。

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