第12話 潜入、影砦
「よし、作戦の概要はこうだ」
作戦会議の中心に立ったのは、カイルだった。彼の前には影砦の地図。周囲には、帝国八州の代表生徒たちが集まっている。
「深夜、いちばん暗くなる時間帯に森を抜け、三手に分かれて砦を包囲。罠・撹乱・潜入・陽動・突入を一斉に展開し、短時間で砦の本丸を制圧する」
その言葉に、場が静まり返る。
「各班の役割は以下の通りだ」
◇
■ 潜入班(ロイド/ミア)
薬草や麻痺毒を使って敵を無力化しつつ、砦内部を探索。
敵指揮官の寝室や連絡路の位置を特定し、情報を本隊に伝達。
■ 陽動班(グレン/マルタ)
砦正面のバリケードに火をつけ、目立つ形で敵を引き付ける。
重装備の腕力と盾で持ちこたえ、敵を混乱させる役割。
■ 支援班(フレイ/セシリア)
地形を利用して落石や音響罠を設置し、敵の混乱を助長。
視覚・音声による合図で陽動班の逃走経路を確保する。
■ 突入班(レオン/カイル)
潜入班からの情報を元に、敵指揮官の部屋へと最短ルートで突入し制圧。
◇
「……何か異論はあるか?」
「いやカイル、すげえ作戦だ。かなり現実的だと思う」
俺は素直に感心した。
けれど――
「ふん。潜入班と突入班を分ける意味がないだろう。俺が始末すれば済む話だ」
案の定、ロイドが噛みついてきた。
「一人でやるより、分担した方が確実だよ」
カイルが冷静に返す。
「……あ~、ロイド、それあたしも思ってた~」
ミアが眠そうにあくび交じりで言い放つ。
「ミア、君まで……!」
「だってさ、レオンの方が強いし」
「……っ!」
ロイドがわずかに顔をしかめるが、すぐに深呼吸して言った。
「……わかった。異論はない」
他のメンバーもそれぞれの役割を受け入れた。
「フレイ、合図はどうするんだ?」
俺が尋ねると、フレイがにこにこと笑って答えた。
「こうするんだよ。アオーーーン!!」
「え、うっま……」
「でもフレイ、本物の狼がたまたま遠吠えしたら?」
カイルの心配に、フレイはにっこり笑って答えた。
「だいじょうぶ。この辺に狼いないから」
◇
こうして作戦は正式に決まった。
陽動班と支援班は現場へ向かい、俺たち突入班はフレイが採ってきた「眠気覚まし草」のお茶を飲んで待機した。
ちなみに、味は……地獄のように苦かった。
◇
影砦のまわりは、すでに闇に包まれていた。
分厚い雲が月の光を遮り、森の中は黒一色。
俺たち四人――ロイド、ミア、カイル、そして俺は、砦の裏手にある岩場へと忍び寄っていた。
「……やば。マジで何も見えない。何か出てもおかしくないレベルだよこれ……」
ミアがぼやく。
「そうか?俺はけっこう見えてるけどな」
「レオン、それは君の目がバグってるだけ。普通は見えないから」
「ふん。だから俺一人でよかったんだ」
ロイドが小さく鼻を鳴らす。
やがて崖のふもとに着いた。見上げると、遠目で見るよりも高く感じる。
「ここから登る。俺が先に行って縄梯子を下ろす。お前らはその後、慎重に上がってこい」
ロイドが腰から縄を取り出す。先には鋼の爪がついていた。
「離れてろ」
小さく振り回した縄が、鋭く宙を切り、ガツンと音を立てて崖の上に引っかかる。
すぐにロイドは斜面を駆け上がるようにして、音もなく影の中へと消えていった。
「……あれがゼルヴァの技術か。すげぇな」
数分後、上から縄梯子が落ちてきた。
「カイル、ミア、梯子が下りたぞ。まずミア、行け」
「はーい。で、どこよハシゴ?」
「ここだ、ほら、手を伸ばせ」
「りょーかい」
ミアが音を立てないよう慎重に登っていく。
やがて、縄がふわりと上下に揺れた――登りきった合図だ。
「カイル、次はお前だ」
「わかった」
カイルの足音が遠ざかり、またしばしの静寂が訪れる。
一人きりになった俺は、冷たい空気の中でふっと息を吐いた。
高揚感と不安と、奇妙な静けさが心を満たしていた。
「……よし、行くか」
俺も縄梯子に手をかけ、一歩一歩、登っていく。
木々が風に揺れ、葉がざわめく音がまるで波のように聞こえる。
登りきった先には、影砦の裏手――篝火の光に照らされたわずかな明るさがあった。
◇
「俺が先に行く。ミアは合図があったら登って来い」
「は~い」
「僕たちはここで待機だ。レオン」
「おう」
再び、ロイドが鍵縄を使って砦の壁へと張り付き、音もなく姿を消す。
しばらくして、再び縄梯子が落ちてきた。
「……じゃ、行ってきまーす」
ミアが軽やかに登っていく。
俺とカイルは、砦の壁沿いに身をひそめた。
「ふぅ……ここまでは順調だな」
「そうだね。このまま何事もなければいいけど」
「大丈夫だって。みんな、あれだけ準備したんだ。絶対、うまくいくさ」
俺はカイルと視線を交わし、うなずき合う。
そして――
月が雲の切れ間から顔を出し、砦の上に淡い光を落とした。
闇が照らされ、微かに見える篝火の明かりがパチパチと弾ける。
どれほどの時間が経っただろうか。
眠気覚ましのタブレットを噛むと、舌の奥に苦味が広がり、思わず顔をしかめた。
そのとき――縄の軋む音が聞こえた。
ミアがゆっくりと下りてきた。
「……やっぱり、思ったとおりの場所だった。指揮官、ここにいるよ。間違いない」
ミアが地図に×印をつける。
「見張り塔は?」
「ロイドが、やっつけた」
その言葉に、カイルが小さく息を吐いた。
「……じゃあ、あとは陽動班が騒ぎを起こせば」
「うん。その隙に、俺たちが本丸を叩く」
全ての準備が整った。
静かに揺れる縄梯子が、冷たい風に揺られていた。
次の瞬間――砦を揺るがす一発の爆音が、闇を裂いた。
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【Tips:ゼルヴァ州】
帝国西南に位置する、策略と薬術の州。
「蛇と杯」の紋章を持ち、医療・毒物学・諜報に特化した文化を持つ。
八英雄ゼルヴァはかつて覇王アラヴの斥候であり、敵将を闇に葬る“暗殺者”であった。
現在でも、その技は厳しい選抜試験を経た戦士のみに伝えられている。
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