第2話 “神の意志を宿した者”とマルタの剣

 ソル・アルカ大教会――その訓練広場に、鋭い空気が漂っていた。

 十五歳の俺、レオン=ル=アストラードは、木剣を握りしめていた。対峙するのは、同じ年の少女、マルタ。

 金色の“太陽の瞳”を持つ俺の視線に対し、マルタは鳶色の髪をひとつに結い、眉間にしわを寄せて、上段構えでじりじりと間合いを詰めてきた。


「始め!」


 教官の鋭い声が響く。


「やぁあああああッ!!」


 マルタが叫び、猛然と突っ込んでくる!

 鋭く振り下ろされた一撃が、頭上から俺を襲う。


 ――速いッ!


 木剣のうなりと風圧に、一瞬たじろぐ。反射的に身体を捻って回避する。


「シッ!」


 間髪入れず、反撃を狙って木剣を振るうが、マルタはそれを読み切っていた。俺の剣を横から叩き落とし、再び頭上から重い一撃を――


「てやあああああっ!!」


「うわっ、マジかッ!」


 咄嗟に後ろへ飛び退く。地面がきしむほどの衝撃。もしあれが直撃してたら、今ごろ地面と仲良しだった。


「ちょ、ちょっとぉ!? 加減してよ、本気すぎ!」


 俺の抗議に、マルタは「あっ」と気まずそうな顔になり、すぐにペコリと頭を下げた。


「ご、ごめんなさい……!」


 緊迫していた広場の空気が、ふわりと和らぐ。観戦していた生徒たちも思わず笑い、俺も苦笑いを浮かべる。

 マルタ=ド=ガルガン。幼なじみで、国境州・ガルガンの出身。逞しい体つきで、剣術の素養も高い。ちょっと怖そうに見えるけど、根は優しくて、いつも不器用に人のことを思ってる。


「その……レオンくん相手だと、やっぱり緊張しちゃって……」


「いや、俺こそ死ぬかと思ったよ。頼むから手加減を……」


 ゲール教官がため息をつきながら言った。


「はい、仕切り直しだ」


 再び構える。マルタの構えは崩れていない。むしろ、さっきより気迫が増していた。


(くっそ、やる気だ……)


 体格も剣筋も彼女のほうが上。普通に正面からいけば潰される。


 ――でも、それでも勝つ。


 俺はゆっくり腰を落とし、木剣を握り直した。金の瞳と、栗色の瞳が交差する。


(行くぞ――!)


 瞬間、地を蹴った。空気を裂いて駆ける。

 マルタの剣がしなる。強烈な兜割り――!


(見えたッ!)


 ギリギリで剣を滑らせ、相手の力を受け流す。反動でバランスを崩したマルタの懐に滑り込み、木剣の切っ先を――


「そこまで! 勝者、レオン=ル=アストラード!」


 広場に歓声が広がる。

 俺は木剣を下ろして深呼吸した。汗が額を流れる。でも、今はそれも心地よかった。


 ◇


 夜。寮の談話室で制服に着替え、長椅子に腰掛けて天井を見上げる。

 ソル・アルカ大教会。それは、帝国を背負う者たちを育てる特別な場所。普通なら試験を受けないと入れない。でも――

 俺は“太陽の瞳”を持っていた。ただそれだけで、試験免除だった。

 つまり、神に選ばれた「戦士」ってやつだ。


「また負けちゃった……。レオンくん、ほんと強いね」


 ふと気配を感じて横を向くと、マルタが髪をほどいて俺の隣に座っていた。


「……ありがとう。でも、ちょっと悩んでてさ」


「ん? どうしたの?」


「俺って、なんでここにいるのかなって思って……」


「……英雄になるため、じゃないの?」


 英雄。

 その言葉には、いつも違和感があった。


「マルタは、なりたいの? 英雄に」


「うん。立派な領主になって、人を守るような英雄に……なりたい」


「……マルタなら、なれるよ。絶対に」


 そう言うと、彼女は少し顔を赤らめて、照れ笑いした。

 俺は“神の意志”を宿した存在だと言われてる。幼い頃、予言書を……間違えて食べちゃって。

 そのせいで“神の声を食べた少年”って、ずっと言われてる。


「俺もさ、太陽の戦士にはなりたいんだ。でも……それって、本当に自分の望みなのかなって」


「……“神の声を食べた”」


「だから、それ言わないでくれってば!」


 マルタがくすっと笑う。


「でも、レオンくんの気持ち、ちょっとだけわかるかも」


「……ほんとに?」


「うん。……いや、ごめん。やっぱりよくわかんないかも」


「はは、だと思ったよ」


「でもっ!」


 マルタの声が一段強くなる。


「わかりたいって、思ったよ。レオンくんのこと、もっと知りたいって」


 俺は、少しだけ心が温かくなるのを感じた。


「……ありがとう、マルタ」


 ◇

 夜。ベッドの上段に仰向けになりながら、天井を見つめる。

 英雄になりたい。でも、どんな英雄に?


 マルタみたいに人を守る? 覇王の夢を叶える存在? それとも――

 まだ誰も知らない、新しい英雄の形?


 予言書なんか、読んでから考えればよかったのに。なのに、食べちゃったんだよなぁ……!


 でも、もしかしたら。

 俺がどう生きるかは、神じゃなくて――俺自身が決めるべきなのかもしれない。

 目を閉じる。

 月光が差し込む窓の外。静かに眠るアルベド山脈が、俺の夢を見守ってくれているようだった。


 ________________________________________


 Tips:

 太陽の戦士

 ソラリス帝国における最強の戦士に与えられる称号。軍を率いる“光の象徴”として存在し、歴代の太陽の瞳を持つ者は全員、この地位に就いている。戦場では信仰と戦術、両方の軸を担う

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