勇者の子供~夢の中に希望抱く~

青い林檎

幼少期

時代の変化

第一話 始まりは現実で

「オギャー!オギャー!」


この夢と希望が溢れる世界に一つの生命いのちが生まれ落ちる。


彼はさいわいにも五体満足でこの世界に生まれ、元気いっぱいに泣き続ける。




普通の赤子というのは泣き、疲れれば夢の世界へと飛び立つ、それが仕事だ。だが、その子は違った。


彼は泣き、疲れ、泣き止む、それを繰り返すが眠ることがなかった。


朝はもちろん昼間も夜も目をつむることなく起きていた。


医者にてもらっても身体に異常はなく、両親の心配は他所よそに元気よくすくすくと育っていた。


彼の両親は我が子を心配しながらも、どこか安心しているようで優しく愛を育む。


何不自由なく過ごし、毎日楽しく幸せに時間が過ぎて行った日、唐突にその時間が終わるカウントダウンは始まった。





僕、レイ・エタニティは5歳となった。


ここは周りには街はおろか村すらない世に言うド田舎の草原の中にポツンと建っている家だ。


我が家は両親が昔、名の通った冒険者だったらしくそのたくわえの一部で買い取った家で、豪邸ごうていというわけではないが、木で作られた家には、元気いっぱいな男児だんじの僕と黒髪短髪でとても尊敬できる父レイヤ、腰辺りまで伸びた金髪を靡かせる優しい母フロスの3人で住むには少し大きく、温かさが溢れた家だ。


その日、僕はフロスとリビングでつみきを使い遊んでいたが、ある男が急いだ様子で訪ねてきた。


男は10代後半くらいの年に見える若い顔だちで、汗が体から溢れている。


レイヤは突然の訪問に驚きながらも水を出し、訪問を歓迎する。


出された水を一気に飲み、一息つく間もなく話を始める。


「レイヤ先生!」


男はガン・ケイルというらしく、昔レイヤが冒険者の頃に組んでいたというの仲間の一人。


ガンの目をしっかりと見返すレイヤ。


「どうしたんだ、急に?」


一呼吸置き、ガンは少し声色を低くして話す。


「先生驚かないで聞いてください。がもう一度始動したそうです」


その言葉を聞いて父親は目を広げる。


「――っどういうことだ⁉奴らは壊滅させたはずだが?」


「それが、には娼婦との間に出来た子供がいたそうで…」


「まさか、そいつで復活したのか?」


「いえ。ステュルカが復活して、始動したのではなく、です。やつが子供を担ぎ上げ仲間を集めたらしく」


「レーヴェン…生きていたのか…」


「はい、あの時倒しきったとばかり思っていたのですが…。本当に申し訳ありません!」


遠心力で頭が飛んでいくのではないのかと思う程のスピードで頭を下げる。


レイヤは少し考えた後「大丈夫だ。あくまでもステュルカは復活していなんだろ?」と言いながら頭を上げさせ続きを促す。


「情報では復活はしていないそうです」


「そうか、それはまだ吉報と言えるかもな」


少し遠くを見ながらレイヤは目を細める。


「実はですね、その情報と並行してお伝えしたいことが。イェゲーレが先生の命を狙って刺客を送ったという情報を得て、こうして急いできたのですが。まだ、大丈夫そうで安心しました。けれど、この家は危険です。放棄して逃げた方がいいと――」


その話を片耳で聞いていた僕は理解出来なかったためフロスに質問を投げかける。


「ねぇ、ママ。イェゲーレって?ステュルカ?レーヴェンって誰?」


会話をフロスも聞いてたらしく、まだ続く話に耳を傾けていたが僕の声で意識をこちらに向ける。


「え?もう一度お願い」


同じ質問をフロスにぶつけるが、動揺していて手の震えが目に映り、返事までに少し間が開く。


だが、一度僕と目が合いレイヤの顔を見た時には手の震えは消えていた。


「ゴメンね。そうねー、レイちゃんに言うべきかしら?」


うーんと顎に手を当て悩むフロス。


顔をこちらには向けているが、僕を見ているのか分からない瞳は意を決したのか笑顔を見せる。


「うん!教えておきましょう。…パパとママがいるでしょう?」


「目の前にいるよ!」


「昔ねパパは勇者って呼ばれてて、ママはお姫様だったのよ」


「…え?」


「そうよね。動揺するのも分かるけれどこれは本当なの」


目から鱗とはこのことか。急にそんな情報を言われて動揺しない子供がいるだろうか?


「ゆ、勇者って絵本の?」


「そうよ。だけど、パパは勇者って呼ばれるのは嫌いだから言っちゃダメよ」


「え?あ、うん!」


ママがお姫様だったという情報やパパのことも知りたかったが、この話だけになってしまい先に進まないことを感じたため情報を一回流して続きを促す。


「っで、で質問の答えは?」


「ママはある組織に命を狙われてたの。そこで、パパは自分の意思でお姫様だったママを助けてくれたの。その時の組織がイェゲーレで、ステュルカがその組織のボス。レーヴェンがボスの仲間かな」


「へ、へぇー。じゃあなんで壊滅って言ってるの?」


僕がいつも読んでいる絵本の話みたいなことを説明されて、頭がパンクしそうになってしまう。


「その、イェゲーレはパパがステュルカは含め全員倒して壊滅させたはずだったの」


「…だけど?」


「生き残りがいたみたいで、それがレーヴェンみたい。その人がステュルカの子供を使って組織を復活させようとしているってこと」


「す、すごい。話だね」


「そうね。だけど、安心していいわ」


「なんで?」


「それはね。私達にはパパがいるからよ」


その迷いなく言い切る姿を僕が忘れることはないだろう。




「奴らを野放しにすれば、レイやフロスにも危害が加わる可能性もある。ここで俺がするべき行動は…」


父親とガンが十二分に話し合って決めた答えはこうだった。


「奴らをもう一度壊滅させよう。次はアリ一匹残さないように」


ガンは頷き言葉は話そうとするが、父親が遮る。


「それと、イェゲーレ壊滅の為にエンペルを復活させたい協力してくれ」


その言葉を聞いたガンは少し苦しそうな顔をする。


「エンペルを?…分かりました」


「よろしく頼む。それで、まずは拠点とするかだが」


「それなら、我が城もといフロス様の城、レシオ城を拠点に」


「あぁ、確かにそれがいいな」


話しをを聞いていたフロスはレイヤに対し


「それはもちろん私達もついていくのよね?」


レイヤは一度僕を見て


「あぁ、もちろんだ。この家で待っているより俺と来た方が安全だろうからな。レイもそれでいいか?」


「うん」


深く考えることもなく言葉は喉を抜けた。


「怖くないのか?」


あまりにあっけない返事だったからそう思ったのだろう。


だが、僕はまるで楽しい物語が始まるようで、恐怖などあろうはずもなくただ楽しみという気持ちであふれていた。





必要な荷物を簡単にまとめその日の内に家を出る。


目の前は暗闇に包まれていて、遠くまで広がる草原を灯す光は、ドンと構えながらもとても細い月と、キラキラと自身の居場所を主張し続ける星のみで僕は少し肩身が小さくなる。


だが、両手をレイヤとフロスの手で収めながら、どこまで歩いても続くであろう世界の広さを否応いやおうなしに実感するその光景は、今から始まる自分の物語を楽しいものになると示しているようで、圧巻の一言では収まりきらない程の美しさと力強さを持っていた。




馬車に揺られながら、広い広い草原を走っていく。


レイヤとフロスは眠そうにあくびをもらしていたが僕は眠くなることはなく、むしろ遠出などしたことなどないため初めて見る景色にワクワクを募らせていた。


しばらく、馬車に揺られていると前方に大きく高く成長している木が横にズラーっと並んでいて、奥の方には闇に包まれた森が見えてきた。


「今日は少し休憩するか」


森に入りすぐにレイヤが提案する。


ガンが馬車を操縦してくれていて、急いで来たと言っていた通り、疲れが溜まっているようにも見えたこともあり休憩することは間違いではないのだろう。


ガンはまだ大丈夫と言いたげな表情だったがフロスが


「そうね、ここは強い魔物もいないだろうし」


テキパキと麻布などをだし休憩の準備を整える。


ガンは遠慮しつつも、疲れには勝てなかったのか麻布を受け取り木に寄りかかり睡眠を始める。


レイヤは落ちている枝を一つの所に集め使い炎をなにもないところからだし火を点ける。


「さぁレイちゃんこっちにおいで」


早くも眠りの態勢に入っているフロスは麻布に少しスペースを開け手招きをする。


「えーなんで?僕もっと見たい!」


「ダメよ、ここはそこまで強い魔物はいなくても魔物はいるから危険なんだから。それにここから長いのよ眠らなくても大丈夫といっても少しは休憩しないと」


「大丈夫だって。一人で探検してもいい?」


「ダーメ。危ないから」


「じゃあなんでここは大丈夫なの?」


「それはね…」


フロスはレイヤを見る。僕もつられて見ると寝ているレイヤがいた。


「パパがどうしたの?」


「パパの手元を見て見なさい」


言われた通りに見てみると美しい波打つデザインが施された長剣が置いてあった。


「剣があるね」


「そうよ、あの剣は聖剣マリーヌ。女神さまに認められたものに授けられる剣よ」


「パパは女神様に選ばれたの?」


僕はイソイソと麻布の中に入ってフロスの膝に寝転がる。


「そうよ」


「へぇー。でも、剣だけじゃ誰かが襲ってきても分からないよ」


「それは大丈夫よ。パパは強いから」


「そんな理由で?」


「信じられないの?」


僕はパパを見る。


パパはもうぐっすりと眠ってしまっていて頼りなさそうに見えた。


だが、パパは僕がどんなピンチでも助けてくれるという信頼がそこにはあった。

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