第13話

 ダハイル・ハミラー侯爵死刑執行当日──



 刑執行時間より数時間早くに、アルベルトは処刑実施場所である聖ヴァインシュノワール広場に到着した。


「アルベルト様、こちらの準備もある程度整いました」

「わかった」


 処刑台を眺めるアルベルトに近づいてきた若い男はカレル・ラハイヤー。カレルもアルベルトと同様、処刑人一族の出だ。ラハイヤー家もアルバイン家ほどではないが由緒ある処刑人一族で、アルバイン家とともに処刑人一族の中で御三家に数えられる名門である。

 そんなラハイヤー家に生まれたカレルは現在、アルベルトの元で処刑人見習いとして修業をしている。

 アルベルトは処刑業のほかに処刑人の育成も行っており、今は十人ほどの者がアルベルトの元で修業をしている。カレルもその一人で、今日の処刑にあたってカレルともう一人の見習いを連れてきていた。


「もう処刑まではやることがないし、まだ処刑までずいぶんと時間があるから、それまで自由にしているといい」

「アルベルト様は?」

「私はもう少しここにいる」

「かしこまりました」



 処刑方法によっては大掛かりな設備や道具が必要になるため準備にかなり時間を要することもあるが、今回は斬首刑なのでちょっとした確認や打ち合わせだけで準備という準備もなく、すぐに処刑の場が整った。

 それでもどうしても処刑する日は目覚めが早くなるので、自分の気持ちを処刑台に慣れさせるためにもいつも処刑時間より大幅に早く現地入りするのが、アルベルトのルーティンだった。

 整った処刑台を見て、腰に帯刀している剣がズシリとその存在感を増す。

 



 処刑執行時間も近づくと、人だかりが多くなる。

 古くから処刑は、国民にとって一種の娯楽というか余興的な受け取り方もされており、いつも多くの人間が目の前で罪人が処刑されるのを見に来ていた。今回は、久々の貴族の処刑ということもあるのか、その人だかりは普段より多いように感じられた。

 処刑台の上から見渡すと、貴族らしき者たちも複数確認できた。


 人が殺されるのを見に来るとは、悪趣味な奴らだ。普段、我々、処刑人のことを忌まわしく扱ってるくせに貴様らも十分、ひどいじゃないか。


 アルベルトには、ぞろぞろと集まり、今か今かといった様子で処刑を待つ観衆のことが全く理解できなかった。確かに観衆が人を殺すわけではない。なのでアルベルトが自身に感じる罪と同じだとはもちろん思わないが、だからといって処刑を娯楽ととらえるなど、人が殺されるのを楽しみに待つなど、そんな感覚は一切持っていない。

 目の前ののんきな観衆の談笑する姿や早く処刑を始めろといったヤジには、何度見ても虫唾の走る光景であった。



 そんな光景をあきれながら眺めていると、とうとう死刑執行の時間が訪れた。

 処刑台には、アルベルトとハーバッド高等裁判院の担当者の男の二人が上がっている。アルベルトが連れてきた見習い二人は処刑台の下、両側に立っている。


「これより、ダハイル・ハミラーの死刑執行を始める!」

 高等裁判院の担当者が、声高らかに観衆に向かって宣言する。

 それにより観衆の熱気も一気にあがる。


「それでは、罪人を前に」

 二人の憲兵に腕をつかまれ白髪まじりで小太りの男、ダハイル・ハミラーが出てきた。ダハイル・ハミラーが殺したという女性につけられたものだろうか、頬に少し傷跡が見えた。

「離せ、憲兵ごときが! 私を誰だと思っている」

 ダハイル・ハミラーは、両脇の憲兵を罵倒し、暴れている様子だった。

 ただ、なんとか憲兵の力により、処刑台にダハイル・ハミラーが上げられた。


「罪人名ダハイル・ハミラー、罪状強姦・殺人、刑罰斬首刑、執行人アルベルト・アルバイン!」

 担当者が罪状を読み上げる。

 アルベルト・アルバインと名前が叫ばれた後、観衆から「おー!」と声が上がった。普段ははっきりとした嫌悪感を抱かれるアルベルトだが、このときばかりは、英雄か何かに向けられるような声援が浴びせられた。

 ただそれは観衆の話で、今回処刑されるダハイル・ハミラーはアルベルトの名前を聞いて、より強く抵抗し始めた。


「待て、待て。なぜ私がこんな目に合わなければならないのだ! もとはといえばこの私の寵愛を拒んだあの娘が悪いのではないか! それにあの娘はこの高貴な私の顔に傷をつけたのだぞ! 使用人ごときが!」


「何を言ってるんだ!」

「調子乗るな!」

「ゲスが!」

 処刑台の上で暴れるダハイル・ハミラーに観衆から罵倒のような強い言葉が浴びせられ、挙句の果てにダハイルに向かって次々と石が投げつけられた。

「や、やめ、やめろ。おい」

「それでは、刑を執行する」

 裁判員の担当者は、その様子を気に留める様子もなく刑執行の合図を出した。

 実際、処刑の場で粛々と刑を受けることで貴族としての矜持を見せるといった考えはあるものの、ダハイルのように最後まで抵抗する貴族も少なくなかった。

 そのたびに、貴族ということもあり、その情けない姿に観衆から罵声が浴びせられるというのは当たり前となっていた。

 裁判員の担当者が動じないのはそのせいだ。アルベルトも同じだった。


「おい! 待ってくれ!」

「黙れ、仮にも貴族の人間がなんだその情けない姿は! 貴族なら貴族らしく潔く覚悟を決めろ」

 なおも、抵抗し続けるダハイルに担当者が一喝する。

「では、アルベルト殿、お願いします」

「はい」

 一連の様子を見ていたアルベルトは、ダハイルの醜さににどこまでも呆れ、静かに剣を抜いた。


 アルベルトのその技は完成度が高く、切られたものは痛みを感じる暇さえなく死んでいく。下手な処刑人であれば、罪人の首を一太刀で切ることができず、首の途中で刃が溜まり、切られたものは、地獄のような激痛に包まれ、付近にはその叫び声が響き渡る。

 ダハイル・ハミラーのような悪人であれ、処刑することに全く心が痛まないわけではない。

 だから、できるだけ痛みを感じさせぬようにと、振り上げられたアルバインの剣に心はない。

 心を入れてしまったらためらいが出てしまうから。

 ためらいがでてしまったら苦痛を感じさせてしまうから。

 せめてもの情けであった。

 彼なりの優しさであった。剣に心はなくとも彼に心がないわけではない。

 処刑の瞬間だけ心を殺す。

 処刑の瞬間だけ、アルベルトではなく処刑人となる。

 処刑の瞬間だけ剣がアルベルトの本体となる。




 歓声の中でも空を切る音がした。

 先程まで抵抗していたダハイルの頭と体が一太刀で離れた。




 その瞬間、観衆から今日一番の歓声が上がり、聖ヴァインシュノワール広場全体に揺らすような大きな拍手が響き渡った。




 その様子に、アルベルトはどこまでも嫌になった。

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