第7話

「おい、あれはまさか……」

「なぜ、あんなものがここに」



 国王が掲げたものに一瞬の沈黙が流れたが、すぐにあたりが騒然としだした。

 父と母の顔を見るが、二人は愕然とした様子で、父は、うつろな目で「まさか……」とリリシアにも何とか聞こえるほどの小声でつぶやいた。

 以前のリリシアの記憶から、国王の持っているものが何か、それが何を意味するかが今のリリシアにもわかった。


「皆も知っての通り、これは異国宗教イーラー教の経典である。この書は、そこにいるリリシア・ミッシュバルクの部屋から先ほど取り押さえたものである」

「ままま待ってください。そんな訳がありません」

 父はこれまで以上に声を荒げ国王へそう言った。

 リリシアにも父とその慌てぶりも理解できた。


 ヴァインシュノワール王国は、ヴァエンダという神を一神教とするヴァエンダ教への信仰が義務付けられており、これはヴァエンダ神が国を作り、国の守り手として偉大なヴァインシュノワール一世を誕生させ、ヴァインシュノワール家を通して国家を守護しているという考えに由来する。

 この世に生をうけたのはヴァエンダ神の御心であり、農作物が育つのはヴァエンダ神からの贈り物であり、国家が存続できるのはヴァエンダ神の加護のおかげであるというのが、教えであった。

 そのため、異国の宗教を信仰することまたはヴァエンダ教を信仰しないことはヴァエンダ神に背くことであり、これは国民への国王への国家への裏切りとされた。

 異国宗教を信仰する者、ヴァエンダ神を信じぬ者は異端者とされいずれ国家へ危害を加えるものとして厳しく弾圧された。

 このように、ヴァインシュノワールに生きていく限り、ヴァエンダ教徒であることは絶対であるが、皆、強制されるから、厳しい罰を与えられるから仕方なく信仰しているわけではない。この国に住む多くの者が、純粋に自分の意志でヴァエンダ教を信仰していた。それほどまでにヴァエンダ教はヴァインシュノワール国民に根付いている。その分、異教を憎む心も深いものがあった。

 国王の持っている本は、異国の宗教であるイーラー教の経典。まさに異端者の証であり、つまるところの国家へ仇なさんとする者の証であった。


「イーラー教だと」

「まだイーラー教信者がいたのか」


 特にイーラー教は少し前に一部の国民の中で信仰がはやり、大きな問題となった過去がある。そのため、国王の命令のもとに徹底的にあぶり出しが行われ、信仰するものはもれなく処刑が行われた。

 宗教がらみとしては国家歴史に類を見ないほどの大規模な処刑であったが、国民はその判断を強く支持し、異教を信仰する異端者に対する処罰がより一層厳しくなるきっかけとなった。


 なんであんなものが私の部屋に……? イーラー教なんて信仰していないし、あの経典も記憶にないわ……。


 リリシアも国王が掲げる経典がどれほどのものか理解しているが、しかし、自分の部屋から押収されたとするその経典に見覚えはなかった。


「この憎むべき異国の経典がリリシア・ミッシュバルクの部屋から取り押さえたものであることは動かぬ事実であり、リリシア・ミッシュバルクが異端者である確かな証拠である」

「国王陛下、私にはその経典に見覚えがありません」


 リリシアは、初めて国王に物申した。


「異端者が! 喋るな!」

 国王は、立ち上がりリリシアに向かって鬼のような形相で怒鳴った。あまりの迫力に、身がすくんでしまう。

 横では母の泣いている声が聞こえ、国王におびえながら母の方を見るとその場で泣き崩れていた。


「陛下、そんなはずがありません。私を含め、ミッシュバルク家は、昔から強くヴァエンダ神を信仰し、ヴァエンダ神と国王を始めとする王族の皆様方に、敬愛の念を込めて日々を過ごしてきました。それはリリシアも同じです」

「では、貴殿は自身の娘の部屋から見つかったこれをどう説明する」

 国王は反論する父に今一度見せつけるよう経典を掲げる。

「しかし……」

「もうよい。この経典は異端者の何よりの証拠。これが貴殿の娘が保持していたのは紛れもない事実であり、つまりリリシア・ミッシュバルクが異端者であることに他ならない」

 父もいよいよ力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。


「皆もよく聞け。この異国の経典はヴァインシュノワール王国の宰相でもあるミュラー・ミッシュバルク公爵の娘、リリシア・ミッシュバルクが所持していたものである。偉大なる神ヴァエンダ神がこの国をお創りになり、我々ヴァインシュノワール家に国家を預けられて以降、貴族のしかも公爵という絶大な力を持つ貴族家から異端者がでたのは初めてのことである。これは、由々しき事態であり、いつリリシア・ミッシュバルクが祖国に災いを連れてくるかわからなかった。」

 国王は演説するように一言一言ゆっくりはっきりとそこまで言うと、少し溜めを作りそして、


「しかし、このようなことが起こるより前に我々はそれを防ぐことができた。これは一人の英雄のおかげである。その名は、エミリヤ・モスベルト!」


 声を張り上げエミリアの名を呼んだ。決してリリシアに対するみたいに怒鳴ったわけではなく、称賛するように名を呼んだ。


「リリシア・ミッシュバルクが異端者であることはエミリア・モスベルトの告発によって突き止めることができ、祖国の危機を回避することができた。伯爵家の出身でありながら、このヴァインシュノワール王国にもたらした奇跡は前代未聞の偉業である。これに私は敬意を示すとともに、モスベルト家の公爵への昇格を認める。また、我が息子との婚約をこの場で正式に宣言する。エミリア・モスベルト、そなたの活躍に感謝する」

 国王はエミリアほうを見ながら一礼した。


 エミリアが私を告発した?

 

 エミリアの告発によって自分が異端者とされたことを知ったリリシアは、国王がエミリア家の爵位格上げ、グランゼーノ王子とエミリアの婚約を宣言するなか、ただ立ち尽くすしかなかった。



「そして、リリシア・ミッシュバルク」

 国王がリリシアの名前を呼ぶ。エミリアを呼ぶ声とは違う。リリシア・ミッシュバルクと呼ぶ声はリリシアを忌む気持ちが如実に含まれていた。


「お前が犯した罪の重さは計り知れない」


 リリシアには国王が言おうとしていることがわかった。

 だって、何度もプレイしたのだから……。




「リリシア・ミッシュバルク公爵令嬢。斬首刑に処す」




 その国王の宣言に、リリシアの体から感覚が消え、父と母は泣き叫んだ。

 父と母の泣き叫ぶ声だけが頭を反芻するなか、そしていよいよ、リリシアは膝から崩れ落ちた。

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