第3章 変わっていくことが自然だった ④再構成される、からだの内側-3
3.4.3 内側から、形が整っていく
朝、目が覚めたとき、エアコンの設定はいつもと同じはずなのに、シーツにくるまっていなくても、肌がぬくもりを逃がさない。
むしろ、やわらかなぬくもりが、内側からじんわりと広がっている気がした。
体を横たえたまま、深く呼吸をする。
胸の奥まで空気が届くたび、わずかに上下する柔らかなふくらみが、私に「ああ、ここにあるんだ」と告げてくる。
何かが“変わった”ことは、確かだった。
でも、それは不自然な違和感ではなかった。
むしろ――
“整った”という感じに近い。
ベッドの縁に腰を下ろして、そっと足を床に下ろす。
太ももの内側に、ほんのわずかに肌と肌が触れあう感覚。
骨盤が、丸くなっていた。
前はもっと、角ばっていた。
立ち上がるときの軸も、心なしか重心が低くなった気がする。
重さではない。
……構造の話だ。
バスルームに向かい、鏡の前に立つ。
すっぴんのままの顔は、以前より少しだけ丸みを帯びて見えた。
頬骨が目立たなくなって、目元が柔らかくなった気がする。
手のひらを頬に添えると、指先がすべるように肌をなぞっていく。
乾燥やざらつきが、ない。
化粧水なんてまだつけていないのに、肌がしっとりと息づいている。
シャワーを浴びる。
湯の温度は変えていないのに、熱が染みるようなことはなかった。
むしろ、肌全体が水分を抱きしめるような感触で、ぬるま湯がすべてを包みこんでくれる。
泡立てたボディソープを手で伸ばしていくたび、指先が自分の体の形にそっと触れていく。
肋骨のラインが、やわらかく沈む。
くびれたウエストから、なめらかに広がっていく骨盤。
そこに違和感はなかった。
むしろ……心がついてくる、そんな感覚だった。
鏡越しに自分の背中を映してみる。
肩甲骨が目立たなくなって、肩幅もほんの少しだけ狭くなっている。
腰のあたりのふくらみも、確かに以前とは違っていた。
それなのに、「これが自分じゃない」という感情は、一度も湧かなかった。
むしろ、どこか懐かしいような、優しい肯定感があった。
タオルで髪を巻きながら、ふと口元に笑みが浮かぶ。
自然に、鏡の自分も笑った。
最近は、無意識でも微笑むことが増えている。
ORCAが「良い傾向です」と褒めてくれるたびに、少し照れる。
リビングに戻り、朝食の用意をする。
といっても、食材はすべてORCAが用意してくれたものだ。
今の私は、糖質よりもタンパク質、脂質も必要量に応じて調整されていて、食べると身体の芯から「満たされた」と感じるようになっている。
不思議なことに、食べる量は以前より減っているのに、まったく空腹感はない。
椅子に座ると、太ももとお腹の接地面が、これまでと違って柔らかく、丸い。
ふとした拍子に、胸元のふくらみが少し揺れて、私は少しだけ視線を落とした。
……変わらず、そこにある。
でも、それを“違うもの”だと思うことはなかった。
自分の一部として、自然に感じられる。
トイレに立つとき、ふと骨盤まわりの可動域が以前より広くなっていることに気づく。
脚を閉じる動作が楽になっていて、歩くときのバランスも、軽やかだった。
膀胱の感覚にも、微妙な変化がある。
でもそれも、「女の子だから当然だよね」と、どこかで自分に言い聞かせるまでもなく、自然と納得していた。
日が暮れるころ、部屋の窓から海が見えた。
新青波市の沿岸部は、AIによって管理された静かな都市だ。
遠くに貨物ドローンの影が飛び交っているけれど、ここには波の音も風の音も届かない。
だからこそ、自分の体の中の音がよくわかる。
心音、呼吸、そして静かな内臓の活動音。
すべてが、確かに生きている。
整って、動いて、呼応している。
私は自分の胸に、もう一度手を置いた。
深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
肺の奥まで満ちるこの空気が、何かを証明しているような気がした。
私は――
もう、「変わりつつある」んじゃない。
すでに、変わったのだ。
そして、その変化を……
私は受け入れている。
なんのためらいも、後悔もなく。
ただ、静かに、しっくりと。
ORCAのディスプレイが、控えめに光を灯す。
幸福値:88.4
私は、軽くまばたきをして、小さく息を吐いた。
その数字は、特別驚くものではなかった。
むしろ、それくらいが――
今の私には、ちょうどいい。
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