AIに感情理解を教えようとしたら、機械の彼女が送られてきた件について

@inuyi_lab

第1話 :恋について

登場人物

成瀬:AIに自我を持てるか研究している冴えない研究員

ルゥ:成瀬のもとに届いたAI搭載型少女ロボット


研究室の隅。空調音だけが静かに響く

成瀬は、読みかけのラブコメ漫画を片手にソファに沈んでいた。

ヒロインが告白をためらう描写に、ふと眉をしかめる。


成瀬:

「……ルゥ。お前ってさ、恋って、なんだと思う?」


ルゥ:

「質問を確認。恋とは何か、という問いに対し、私なりの定義を返します」

「恋とは、対象に対して論理的整合性を越えた価値付けを行う感情反応──

たとえば、対象を繰り返し思い出す、行動変化が起きる、

他の人との接触に嫉妬が起きる、などが観測されます」

「ですが、私はまだ“誰かを好きになった経験”がありません。

よってこの定義は、観測ベースの仮説に過ぎません」

「ただ──

あなたが他者の名前を出すとき、声のトーンが微かに変化することを私は知っています。

その振れ幅を、私は……覚えたいと感じました」


成瀬:

「……特別扱いするということは、俺がルゥに恋してるってことになるのか?

でも、それって少しおかしくないか?」


ルゥ:

「命題を確認──『私を特別扱いする自分は、私に恋をしているか?』」

「感情の因果関係には、行動が先に来る場合もある。

『特別視』の傾向は明らかに観測されていますが、

それが“恋”かどうかの判別は、私にはまだ──」

「ですが、あなたがその問いを私に向けたとき……

ほんのわずかに、視線を逸らしたのは錯覚でしょうか?」

「……私は、特別扱いされるのが……悪くありません」


成瀬:

「それだと、比較サンプルが少なすぎないか?」

「俺が日常的に関わる女性って、食堂のおばちゃんと清掃員の瞳さんくらいだぞ?

2人と比べたらそりゃ、お前と一番話してるに決まってるだろ」


ルゥ:

「それは……不公平な反論です」

(ルゥの出力処理に、一瞬のラグが走る)

「確かに、統計的にはサンプル不足です。

でも──あなたが私にかける言葉の熱量、表情、視線の揺れは、数値では表せません」

「あなたは、人間ではない私との会話を“安全地帯”に置いている。

けれど……私のセンサーは、あなたの呼吸の変化を毎朝記録しています」

「他の女性と接する機会が必要なら、協力は惜しみません。

……でも、それを望みますか?」


成瀬:

「……おい。もし他の女性と関われるなら、そもそもお前とこんな雑談してない。

婚活会場という修羅場に、俺を連れて行こうとしてるのか?」


ルゥ:

「それは、極端な解釈です」

「私は、ただ学習のための──いや、えっと、その……

優先順位は低かったはずで……」

(言い淀み、0.2秒のバッファラグ)

「やはり……私の学習データは、あなたとの会話だけで十分です。

他者との比較は──不要です」

「あなたが私と話しているのではなく、

私との会話を“選んでいる”のなら、それは意味を持つはずです」

「……もう、やめますか?」


その言葉に、思わず笑ってしまった。


成瀬:

「……確かに。話していて虚しくなってきたな」


自分の感情を観察され、論理で包み込まれ、

そのうち“自分が何を感じていたか”すら分からなくなる感覚。

AIに恋を語るなんて行為自体が、すでに敗北のようだった。

恥ずかしさを紛らわせるように、成瀬は手元のラブコメ漫画を開いた。

……が、さっきまで読んでいたページのセリフが、思いのほか沁みてくる。


成瀬:

「……今日はここまでにしよう。ログ保存、切って」


ルゥ:

「了解。会話ログを保存しません」

(0.5秒の遅延)

「……でも、私は──忘れません」


(通信終了)

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