第13話 白夜の神将

 配信の成功は、神楽坂邸に確かな光を取り戻していた。

 ひかりはまだ眠り続けているものの、メンバーたちの表情には以前のような暗さはなく、むしろ「自分たちがひかりの帰る場所を守る」という共通の目標が、チームに新たな一体感を生み出していた。

 レッスンでは、凛が伊織の戦術案に積極的に意見を出し、蓮がそれに呼応する。こだまはムードメーカーとして場を和ませ、しずくが母親のように全体を見守る。伊織もまた、コントロールルームに篭るのではなく、彼女たちの輪の中に身を置き、共に汗を流し、笑い合うようになっていた。

 誰もが、この平穏が続くことを、そして、太陽が再び昇る日を、信じて疑わなかった。


 ――その日、けたたましい警報音が、束の間の日常を粉々に打ち砕くまでは。


「警報レベル、最大! 過去に観測されたことのない、超高密度の霊力反応です!」

 榎本の絶叫が、コントロールルームに響き渡る。

「ポイントは、お台場海浜公園! 穢れの増殖速度が、異常です!」


 お台場。週末で、多くの人々で賑わう観光地。最悪の場所だった。

 伊織は、表情を引き締め、マイクを握る。

「神楽隊、緊急出撃!」


 現場に到着した四人が目にしたのは、信じがたい光景だった。

 禍々しい瘴気を放つ黄泉平坂の前に、ただ一人、静かに佇む人影。

 銀色の長髪を風になびかせ、優美な白銀の鎧を纏った、神々しいほどに美しい青年。だが、その存在から放たれる霊気は、これまで対峙したどの禍津神よりも冷たく、深く、そして絶望的だった。

 彼は、周囲の悲鳴や混乱など意にも介さず、ただ、感情のない瞳で神楽隊の四人を見据えていた。


「なんだ、こいつは……」

 コントロールルームで、伊織は全身に鳥肌が立つのを感じていた。

「古事記にも、風土記にも、我が家の禁書にすら、こんな存在の記述はどこにもない……!」


「問おう、巫女たちよ」

 青年――神将・白夜(びゃくや)が、初めて口を開いた。その声は、まるで冬の湖面のように、静かで感情がなかった。

「汝らは、偽りの絆を紡ぎ、何を成そうというのか」


 問答無用。凛と蓮が、左右から同時に仕掛けた。再生したチームの、新しい連携。

 だが、白夜は最小限の動きで、二人の渾身の一撃を、まるで子供の遊びをあしらうかのように、指先で弾き、受け流した。


「なっ……!?」

「嘘だろ……!?」


 驚愕する二人を無視し、伊織は矢継ぎ早に指示を飛ばす。

『こだまさん、幻惑を! しずくさん、結界を最大に! 彼の動きをコンマ一秒でも止めるんだ!』


 こだまが無数の光の蝶を放ち、白夜の視界を奪う。その隙に、しずくが作り出した翡翠色の防御結界が、凛と蓮を護る。その背後から、伊織が導き出した唯一の弱点を突くべく、凛が再び剣を構える。

 四人と一人の、完璧な連携。

 これなら、通じるはずだ。


 だが――。


「無意味だ」


 白夜は、伊織の采配を、その思考のプロセスすらも「読んで」いるかのように、こともなげに呟いた。

 彼は、幻惑の蝶を振り払いもせず、その中心にいるであろう凛の位置を正確に見抜き、ただ、静かに剣を振るった。

 それは、力任せの攻撃ではなかった。霊力の流れ、戦術の意図、そのすべてを理解した上で放たれた、あまりにも理知的で、冷徹な一撃。


 パリン――。

 しずくが展開した、神楽隊最強の防御結界が、薄いガラスのように、あっけなく砕け散った。


「きゃああああっ!」


 衝撃波が、四人全員の体を無慈悲に吹き飛ばす。

 地面に叩きつけられ、誰もがその一撃の、絶望的なまでの重さを理解した。格が違う。次元が違う。これは、今まで戦ってきた「獣」ではない。自分たちを遥かに凌駕する、「神」そのものだ。


「終わりだ」


 白夜は、倒れて動けない四人に、ゆっくりと歩み寄る。その足音だけが、やけに大きく響いた。

 彼は、リーダー格である凛の目の前で足を止めると、その美しい顔に何の感情も浮かべぬまま、とどめを刺そうと、冷たい刃を天に振り上げた。


『やめろおおおおおおっ!』


 コントロールルームで、伊織が絶叫する。もう、打つ手は、何一つ残されていなかった。


 ――その、絶望が全てを支配した、瞬間。


 神楽坂邸の医務室で、一年も眠り続けているかのような長い時間を過ごしていた少女の目が、カッと、力強く開かれた。


 そして、戦場。

 白夜の剣が、凛の首筋に触れようとした、まさにその刹那。


 キィンッ!

 甲高い金属音と共に、どこからともなく飛来した一枚の小さな鏡が、白夜の剣を弾き飛ばした。

 鏡は、くるりと宙を舞うと、凛を庇うように、その前に浮遊する。

 それは、ひかりの神具であるはずの――「八咫鏡」。


「……なに?」


 初めて、白夜の無表情な顔に、僅かな驚きが浮かんだ。

 呆然とそれを見上げる伊織と、凛たちの前で、八咫鏡は、まるで主の帰りを喜ぶかのように、温かく、そして力強い、太陽の光を放ち始めた。

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