第11話 再生へのプレリュード

 夕暮れの光が差し込む神楽坂邸に、伊織と凛が二人で戻ってきた時、食堂の空気は凍りついたように静まり返っていた。

 蓮、しずく、こだまの三人は、テーブルを囲んで座ってはいたものの、その雰囲気は重く、沈んだものだった。


「……凛」


 最初に口を開いたのは、蓮だった。彼女は、伊織と凛の顔を交互に見比べ、疑念に満ちた目で問いただす。

「おい、プロデューサーに何を言われたんだ? 無理やり連れ戻されたんなら、アタシが……」

「違う、不知火」

 蓮の言葉を遮ったのは、凛本人だった。その声は、驚くほど静かで、穏やかだった。

「私が、間違っていた」


 凛は、メンバーたちの前に進み出ると、もう一度、深く、深く頭を下げた。彼女の長い黒髪が、床に触れんばかりに垂れる。

「皆、本当にすまなかった。私の独断で、ひかりを……チームを危険に晒した。……そして、今まで、ありがとう。皆がいたから、私は……」

 言葉が、詰まる。

 しずくが、そっと凛の肩に手を置いた。

「凛ちゃん……。もう、いいんですのよ」

 その瞳には、涙が浮かんでいた。

「おかえりなさい、凛ちゃん」

 こだまが、泣き笑いのような顔で凛に駆け寄って抱きつくと、張り詰めていた空気が、ようやく和らいだ。


 翌日、伊織は神楽隊のメンバー――凛、蓮、しずく、こだまの四人をミーティングルームに集めた。

 だが、その場の雰囲気は、以前のトップダウン式のものとは全く違っていた。


 伊織は、全員の顔をまっすぐに見つめると、まず自らの非を詫びることから始めた。

「僕は、みんなの心を理解しようとしていなかった。本当に、すまない。これからは、君たちの声を聞かせてほしい。どう戦いたいか、何をしたいか。僕に、教えてほしい」

 そして、彼はホワイトボードに、大きく一つの目標を書き出した。


『ひかりが安心して帰ってこられる場所(チーム)を作ること』


「これが、今の僕たちの、唯一で最大の目標だ」

 伊織は、榎本から受け取ったデータを全員に見せる。ひかりが倒れ、神楽隊の配信活動が休止してから、目に見えて人々の「信仰子」の総量が減少し、日本各地で観測される「穢れ」の濃度が、微量ながら確実に上昇していることを示すデータだった。

「僕たちの戦いは、僕たちだけのものではない。ひかりが守ろうとしたものを、今度は僕たちが守る番だ」


 伊織の言葉に、四人は固唾を飲んで頷く。

「ひかりの代わりは、どこにもいない。彼女は、僕たちの太陽だからな。でも――」

 伊織は、四人の顔を一人一人、確かめるように見つめた。

「太陽がいないからこそ、僕たち一人一人が、星となって輝くんだ。四つの星の光を合わせれば、きっと、闇を照らせるはずだ。僕たち四人と、僕で……五人で、今できることをやろう」


 その日の午後、レッスン場には、久しぶりに四人の巫女の姿があった。

 センターという絶対的な太陽を失った神楽は、最初はあまりにも心許なかった。歌の中心を失い、攻撃の起点を見失い、動きはちぐはぐで、何度も衝突しかける。

 誰もが、天宮ひかりという存在の大きさを、その不在によって痛感していた。


 だが、伊織は焦らなかった。

 彼は、以前のようにコントロールルームから指示を出すのではなく、レッスン場の隅に立ち、彼女たちのすぐ傍で、その声に耳を傾け、新しい可能性を探っていた。


「凛さん、あなたの剣が今の僕たちの起点だ。もっと蓮さんを信じて、一歩前に出てみてくれ」

「蓮さん、凛さんの斬り拓いた道に、迷わず飛び込んで。背後は、僕としずくさんが絶対に守る」

「こだまさん、今の動きは面白い。しずくさんがあなたの影をトレースするように動けば、新しい連携技になるかもしれない……!」


 伊織の言葉は、もはや「指示」ではなかった。それは、彼女たちの力を信じ、引き出そうとする「提案」だった。

 その変化に応えるように、四人の動きが、少しずつ、だが確かに変わっていく。

 凛の剣が道を切り拓き、蓮の炎がそれに続く。こだまの幻惑が敵の目を眩ませ、しずくの守りがすべてを包み込む。

 それは、ひかりがいた頃の、太陽を中心とした惑星の動きとは違う。四つの星が互いに引かれ合い、影響し合いながら、一つの星座を描き出すような、新しい神楽の形。

 その姿を、レッスン場の扉の陰から見ていた九重響は、厳しかった口元に、微かな笑みを浮かべていた。


 同じ頃、医務室で眠るひかりの指が、ぴくりと、ほんの僅かに動いた。


 そして、どこか遠い場所。

 式守暁人が見つめる水鏡には、不格好ながらも、新たな絆で舞おうとする四人の少女たちの姿が映っていた。

「……ほう。面白い。傷を舐め合い、新たな形を模索するか」

 暁人は、楽しむように、それでいて心底から軽蔑するように、呟いた。

「だが、偽りの絆で紡いだ神楽など、本物の絶望の前には、蜘蛛の糸より脆いということを……すぐに教えてやろう」


 再生のプレリュードが奏でられるその裏で、破滅の足音は、すぐそこまで迫っていた。

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