第18話 浮遊する我が家
ヘルテの作ってくれた非常に美味しい朝食を食べ終えた俺は、お茶を飲みながら一息ついていた。
これも彼女が淹れてくれたお茶だ。
温かな液体が喉の奥をスッと通って、癒やされる。
そんな風に窓の外の景色を見ながらお茶を飲んでいると、隣にヘルテが座ってきた。
彼女も自分用にお茶を淹れたようで、小さな口で飲んでいる。
これはやはり、どうしてこんな状況になっているのかを本人に聞くべきだろう。
「それで、ヘルテさん」
「うん」
「どうしてこの小屋は飛んでるんですか?」
聞くと、彼女はもう一口お茶を飲んで首を捻った。
「え~っと、うーんと......」
やがて、ヘルテは一つの答えを出す。
「分かんない......」
「分かんないんですか? でも、ヘルテさんが浮かせてくれたんですよね?」
「うん。多分」
自分でも無意識にやったってことか?
そんな風に頭の中で色々と考察をしていると、ヘルテは何かを思い出したようだ。
「昨日の夜。頭の中で声が聞こえた。
授かった、というのも気になるが、やはり特殊な発音の言葉が気になる。
「今、なんて言いました?」
「
不思議な発音だ。覚えられる気がしない。
つまりは詠唱だろうか。
てことは、この家を浮かしているのは魔法なのかもしれない。
それにしては家の周りに魔力反応が発生していないし、不可解な点が多いが......。
「まぁどちらにしても、現状はソレがどんなものか分かりません。あんまり使いすぎない方がいいと思います。使う時は慎重にお願いしますね」
「分かった」
素直に頷いてくれるヘルテ。
「でも、俺の為にこの家を浮かしてくれたんですよね? ありがとうございます」
「うん」
お礼を言うと、彼女は少し口の端を上げてくれた。
でもまさか、ヘルテにこんな秘密があったとは。
秘密......。秘密か......。
いや、別に彼女が隠していたという訳ではないことは分かっているが......。
くそ......また嫌な思い出が蘇ってくる......。
自分でも顔が歪んでいくのを感じたが、それを誤魔化すようにお茶を一口飲むと、小さな手が俺の膝の上に乗せられていた。
「ご主人、出会った時から悲しい顔してる。ご主人の話......聞きたい」
気がつくとヘルテの純粋な瞳が向けられている。
彼女になら話してみてもいいのかもしれない。
いやしかし、こんな小さな子供にあんな話を......。
迷いながらも、とりあえずヘルテを無視する訳にもいかないので口を開いた。
「俺は......」
――その瞬間、家が大きく揺れた。
「あれ? 家がゆら、ゆ......ら......」
同時にヘルテは床に倒れて、気を失った。
その後、家は落下を始めた。
「ヘルテさん!? ヘルテさん!」
家具が当たると危ないので、俺は土魔法で周りを覆って、彼女の安全を確かめる。
落下による凄まじい揺れの中、即座に頭の中で唱えた。
――
完全回復魔法を施すが、効果はない。
発汗にふらつき。
そして何よりヘルテさんの魔力がかなり減っている。
これは魔力欠乏症か......。
なんで今まで気付かなかったんだ......。
この感じだと、残りの魔力はかなり少ない。
早急に対処しないと命に関わる。
考えろ、考えるんだ。なにか手はないか?
魔力を回復するルコの実は持ってないし、錬金魔法で作り出せる物の中に、魔力を回復できるような物質は無い。
だとすれば回復魔法辺りからアプローチするしかない。
基本的に回復魔法というのは、魔力を体に流し込んで新陳代謝を急激に高めるものだ。
もっとも、欠損を治すような高度な回復魔法は、魔力で新しい体を作るような方法をとるのだが......。
いや、待てよ。
人は空気中にある魔素を取り込んで、自分の体に適した魔力を生成する。
であれば、ヘルテの魔力機関に集中的に回復魔法をかけて......。
違うな。それは効果的じゃない。
新陳代謝の活性化を行った所で、回復する魔力量はあくまで空気中の魔素の量に依存する。
この部屋中にある魔素をかき集めたとしても、ヘルテが必要としている膨大な魔力量には届かない。
であれば、この大空にある魔素を集めて......。
いや、魔素の操作はかなり危険なんだよな......。
落ち着け、ヘルテの命がかかってるんだ。
とりあえず経験則的に、中々答えが出ない時は考え方が間違っている。
回復魔法を発想の元にするのは恐らく合っているが、そこから先は他の魔法と組み合わせる必要が......。
結界魔法、補助魔法、攻撃魔法......。
――そうか、錬金魔法だ。
錬金魔法は魔力を物質へと変える。
それと同じ要領で、俺の魔力をヘルテの体に適応する魔力に変質させればいい。
でも、本当にできるのか......?
『魔力を他者に与える魔法』なんてこの世に存在していない。
オリハルコンの時は難しかったが、言ってしまえば決められた詠唱をしながら大量魔力を丁寧に動かしながら注ぐだけだ。
今回は違う。魔法陣も無ければ、詠唱もない。
つまり、全く新しい魔法を作るということだ。
今ある魔法だって、歴代の大賢者達が数千年かけて試行錯誤の末に出来上がったもの。
それをこの一瞬で完成させるだなんて......。
それにもし、変質させた魔力が俺の方に流れ込んでしまえば、俺の魔力器官は......。
そうやって数秒間だけ逡巡していると......。
ふと、昨夜の記憶が蘇る。
「――ご主人は王になれるよ?」
俺は、何を悩んでいるんだ。
自身の頬を全力で叩いた。
彼女が言ってくれた言葉の意味は分からない。
けれど......。
あんな純粋な瞳で、俺を見てくれる子供を見捨てるわけにはいかない。
選択肢は一つだ。
新たな魔法を一発で成功させて、ヘレテを救う。
覚悟は決まった。後は行動に移すだけだ。
俺は彼女のお腹辺りに手をかざして、ゆっくりと深呼吸をする。
落ち着け、既に工程は頭の中で完成させた。
必要なのは、深い集中力と繊細な魔力操作。
そうか......。
なんだ、オリハルコンの時と同じじゃないか......。
俺は難しく考えすぎていたんだ。
そう思った瞬間、心がスッと軽くなり、自分でも驚くほど緻密な魔力操作が行えた。
錬金魔法の要領で魔力を変質させ、完全回復魔法の要領で、作り出した魔力を彼女の魔力器官まで届ける。
集中のあまり、気がつくと魔法を発動し終えていた。
俺の魔力は全体の5割ほど減っており、彼女の魔力はやっと2割いったところだ。
しかし、これで必要魔力量の最低ラインは突破した。
すると、彼女は微かに目を開いて呟いた。
「ご主人......」
「っ! ヘルテさん......!」
すぐに声をかけるが、彼女は再び目をつむって返事を返さない。
「スー......スー......」
良かった。ただ疲れて寝ているだけだ。
しばらく安静にさせておこう。
すると、土魔法で作った壁の外からは激しい音が聞こえる。
家具が壁に衝突している音だ。
今、俺が足を着けている家は、そろそろ地面とぶつかる頃合いだろう。
衝撃に備え、ヘルテを抱えて防御魔法を展開しておいた。
――やがて凄まじい轟音と土煙と共に、家は地面と衝突した。
◇◆◇
後で知ったことだが、俺達が落下したのは『アルディカダム』の首都の中心。
――つまり、王宮だった。
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