第14話 始まりのチャイム
郵便受けに入っていた一通の封筒。
封筒には見慣れた筆跡で、ケンジの名前があった。高校時代を共に過ごした友人の文字が、静かに視線を引きつける。
手が震えるのを感じながら封を切ると、中には淡いクリーム色の紙に印刷された結婚式の招待状。
笑顔のケンジと綾香の名前が並んでいる。
遼はしばらく動けず、その紙面をじっと見つめた。
文字そのものは祝福に満ちているはずなのに、胸の奥がざわつき、重く沈んでいくようだった。
理性では、出席して祝うのが当然だと思う。
けれど心のどこかで、足がすくむ。
あの頃の自分たちの輪の中に、もう戻れないことを痛感させられる気がした。
抱えてきた孤独、そして詩を失ったあの日から動けずにいる自分。
笑顔で周囲に溶け込む日々も、結局は自分を誤魔化すだけの時間だったことを思い知らされる。
胸の中で、過去と現在がぶつかり合う。
喜ばしい知らせなのに、なぜか寂しさと罪悪感が混ざり合い、胸を締めつける。
「俺は……ここにいてもいいのか」
小さく呟いた言葉は、部屋の中でかすかに反響した。
過去を避け、東京での生活に身を投じてきた自分。
それでも、心のどこかで地元に残る人々や思い出とつながっていたい自分がいる。
結婚式に出ることで、取り残され続けてきた時間を、ほんの少しでも動かすことができるのかもしれない――。
遼は深く息を吸い、招待状を手のひらで包む。
その紙の温もりが、ただの紙切れ以上の意味を持つように感じられた。
行くべきか、行かざるべきか――迷いの中で、胸の奥の痛みと優しさが、ゆっくりと絡み合う。
――これが、あの日から続く自分の人生の一歩目になるのかもしれない。
その瞬間、玄関のチャイムが鳴った。
心臓が跳ね、思わず背筋を伸ばす。
ドアを開けると、そこに立っていたのはケンジだった。
変わらぬ笑顔。少し日焼けした顔。
しかし、いつもの軽やかさの裏に、どこか真剣さが宿っているのを、遼は瞬時に感じた。
「久しぶりだな、遼」
その声は、時間の隔たりを感じさせず、でも胸の奥の緊張を一瞬で増幅させた。
遼は目をそらそうとしたが、足は勝手にその場に踏みとどまる。
過去と現在が、ここで静かに交錯している――そんな気がし
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