第7話 オレンジの 光は時を 遅くする

「燃えている〜桃色の花、咲き乱れ〜」

名花が肩を揺らしながら詠う。


第二棟の裏。

人気のない場所に、一本の桜の木が植えられている。

旬を過ごした桜がくたびれて、花びらを散らしていた。


「夕焼けって良いよね」

氷乃が桜を見ながら言う。


「そうだねぇ〜……この時期の下校時間は最高だよぉ〜!」


「めーちゃん、同好会作るんだね」


「うんっ! 短歌同好会作ったら、みんなで綺麗なものたっくさん見れるんだよ〜! ひょーちゃんもみたいでしょ?」


「もちろん、協力させてもらうよ」


「やったぁっ!」

へへ〜、と笑う名花。


「でもね、5人以上部員がいないとダメなんだって」


「うんっ! 知ってるよぉ〜?」


「当てはあるの?」

氷乃が腕組みをして、困った様子で微笑んだ。


「私と〜ひょーちゃんと〜たこちゃんと〜さいちゃん!」


「たこちゃんはともかく、さいちゃん? って誰?」


「私のクラスにね〜いるんだぁ〜、背がちっちゃくて、かわいい〜んだよねぇ」

名花が頬を抑えて、首をブンブン振っている。


「ふふ、そうなのね」

氷乃が何かに気づいたように、人差し指をピンと伸ばした。

「もう一人は?」


「わかんないっ!」


「あら」


「なんだ、こんな所に桜の木があったのか」

多々子が校舎の影から登場した。


「たこちゃんっ!!!」

名花が目を輝かせた。


「よくここがわかったね」


「王子様と姫君は目立つからな」


「たこちゃんたこちゃん! 短歌同好会に入ってくれる〜!?」

名花が両手を広げた。


「いいぜ」


「あう……ひょーちゃん……どうしたらいいかなぁ〜?」


「めーちゃん、落ち着いて、ここは泣き落としでいこう。目をウルウルさせて、そう。そんな感じでお願いしてみて」

氷乃と名花がヒソヒソと話している。


「おい、入ってやるって言ったんだ」

多々子が訝しげに首を傾げた。


「……?」


豆鉄砲に撃ち落とされた鳩のような顔をした氷乃と名花。

多々子をじーっと見ている。


「どうも最近、私の周りでは時が止まるみたいだな」


「えぇぇぇぇぇっ!?」

氷乃と名花の叫び声は、校庭の先まで響いていた。


* * *


「断ると思ってた」

氷乃が呟くように言った。


「ああ」


「たこちゃんの勧誘には苦戦するだろうと、そう思ってたんだけど、杞憂だったね」

にこやかに笑う氷乃。

「短歌、好きになっちゃったんだ?」


「まあ、そんなところだ」

多々子は会話に興味なさげである。


名花は楽しそうな顔で多々子と氷乃を交互に見ている。


「それで? ここで何を話していたんだ?」


「同好会になるには、五人以上のメンバーが必要だから、それについてちょっとね」


「そもそも同好会にする必要はないんじゃないか?」


「えーっ!?」

名花が声をあげた。


「何かメリットがあるのか?」


「……そうか、確かに。別にこだわる必要ないんじゃ……」

氷乃が考え込む。


「だめだよーっ! お部屋がないもん!」

名花が氷乃に抱きついた。


「あ、部室が欲しいのね」

氷乃が名花を撫でている。


「部室か……」

多々子は空を見上げた。


「部室でね、みんなでテーブルを囲んで詠うんだよ〜……? 楽しいんだよ……?」


「ん、わかった、じゃああと二人の会員と顧問の先生を捕まえてこないとだね」


氷乃と名花に見つめられた多々子が、ぐるりと目を回すジェスチャーをする。

「手伝うから、そんな目で見るな」


「たこちゃん、優しい〜!」

名花が多々子に抱きつく。


「それを言われるのは二回目だ」

多々子がため息をついた。


「詠む人よ〜春の湊を知らないで〜」


名花は今日も詠うのをやめない。

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