第2話 あくる日の 綺麗を探す 星ひとつ
私立呉羽川女子高等学校。
賑やかな街から離れた場所で、学び舎として穏やかな時を重ねている。
辺りに咲く桜が、時間をことさらゆっくりにしていた。
「あれ、めーちゃん……もう帰っちゃったのかな?」
2年生の氷乃が顔を出したのは、一年四組の教室である。
ここは幼馴染の名花のクラスになる。
「へ!? こ、こ、郡先輩っ!?」
「あ、あれ見て! 氷乃さんだよ……!」
帰り支度をする生徒、部活動に向かおうとする生徒、その誰もが氷乃を見て歓喜の声を上げる。
高身長、美形、クール。三拍子を揃えた氷乃は、すっかりこの学校の憧れの的になっていた。肝心の本人は、黄色い声援を気にも留めていない様子である。
「ん、いないか」
「めーちゃん、いつも教室で私を待ってるのに。珍しいな……」
* * *
校門前。
帰宅目的の生徒が続々と校舎から出てくる。
「……」
「あ〜! こんにちは〜」
「……」
「あれ〜? お〜い、こっちだよ〜」
名花が背伸びをしながら手を振っている。その先にいたのは、多々子だった。
「ん? 私か?」
多々子はイヤホンを外して、名花の方を向く。
「うんっ、そうだよ〜」
「なんだ?」
「サヨナラを〜言えぬ光は、色落とす〜」
「あ? ……あ、あんたは、この間の?」
「夕焼け綺麗だね〜」
多々子は、鼻で大きく息を吐く。
「そうだな」
「あんた、同じ学校だったんだな。で、なんか用か?」
「綺麗なもの、好き〜?」
「ああ、好きだぜ」
多々子のレスポンスは早い。
名花がふわっと体を浮かすように肩を揺らした。
「これ、あげるね」
名花は一枚の紙を多々子に差し出す。
「やれやれ……」
多々子はその紙をぶっきらぼうに受け取って、そのまま校門から出ていった。
「夕暮れに〜さてひとときの、ファンファーレ〜」
名花は今日も、詠うのをやめない。
* * *
「ふむ……」
氷乃は学校中を渡り歩いていた。
誰かとすれ違うたびに寄せられる熱い視線は無視しているようだ。
「もう一回だけのぞいてみるかな……」
一年四組の出入り口からひょっこり顔を出す氷乃。
「……いない、か……」
「……」
氷乃の視線の先にはポツンと一人、席に座って読書に勤しんでいる生徒がいた。
広い教室で一人。その生徒が人払いをしたかのように誰もいない。
その生徒だけが切り取られて、そこに貼り付けられているような、そんな光景を氷乃は目にしている。
「……」
氷乃が教室に足を踏み入れ、近づいていく。
「ごめんね、聞いてもいいかな」
「……郡氷乃先輩」
静かな、透き通るような声だった。
西木はくりくりっとした大きな瞳を氷乃に向けた。
「あ、私のこと知ってるのね」
「氷乃さんは有名人です」
「そう、貴女の名前は?」
「西木木葉(さいぎ・このは)です」
「西木さん。めーちゃ……有的名花、どこにいったか知ってたりしない? ここのクラスの子なんだけど」
「有的さんの居場所……心当たりはないです」
「ん、そうだよね。突然ごめん」
「いえ、居場所はわかりませんが、何をしているかはわかるような気がします」
「あら……何か知ってるの?」
「彼女に、これをいただきました」
木葉が取り出したのは、A4サイズのプリントだった。
「短歌同好会、会員募集中」
氷乃がその紙に印字された文字を読み上げる。
「……はは、なるほど」
「彼女、不思議な方ですね」
「ん、そうだね」
「君たち〜、早く帰んなさいよ〜。可愛い子がそんな遅くまで学校にいたら私が攫っちゃうからね〜」
1年4組の担任、吹谷雪(ふいたに・ゆき)が見回りに来たようだ。
「ああ、吹谷先生」
「こら! なんかバカにされた気がするぞ。って君は、氷乃!」
「ええ、氷乃です」
「くぅ〜! 私の可愛い可愛い生徒たちをたぶらかしたあげく、先生に対してその余裕の表情……! 憎むべし、憎むべし、郡氷乃!」
「相変わらずですね吹谷先生……。それより、めーちゃん知りません? どうやら同好会の勧誘を行ってるみたいなんですがね」
「めーちゃん!? 名花ちゃんのこと!? うんうん、可愛いよね〜名花ちゃん、ちっちゃくてふわふわしてて……!」
「知りませんか?」
「う……わかったわかった。氷乃って感情ないよねぇ……顔は可愛いのに……勿体ないなぁ全く……」
氷乃が呆れたように鼻を鳴らした。
「では、私はこれで……」
黙っていた西木がおずおずと声を上げる。
「あ! 木葉ちゃん! 読書に熱心なのはいいけど、あんまり遅くまで残ってちゃだめだよ〜! 冗談抜きで可愛い子は早く帰らないとダメなんだから」
「わかりました。気をつけます」
西木は少し間をおいて、そう言った。
「西木さん、教えてくれてありがとう。またね」
氷乃はそう言って微笑んだ。
「……そうですね、また」
西木は一礼をして、教室から出ていった。
「それで、名花ちゃんのことね。さっきふらふらっと校門から出ていったけど。同好会作ろうとしてるの? え〜なに〜? 吹谷先生ファンクラブ〜?」
「違います。短歌同好会です」
「ん〜? 短歌同好会?」
「じゃあ、私も失礼しますね」
「あ、あ、ちょっと! 同好会作るのって結構大変なんだよ〜? まず……5人以上会員がいて、一応顧問の先生についてもらわないとダメなんだからね〜」
「ええ、伝えておきます」
氷乃はうやうやしく口角を上げて、教室を後にした。
* * *
世界はすっかりオレンジ色に染まっている。
学校から離れた駐車場。停まっている車は三台のみで、広いスペースを持て余していた。うち一台は黒色のバイクである。
名花と多々子がそこにいた。
「なんだ、ついて来たのか?」
多々子がバイクのサイドスタンドを払いながら言った。
「そうなのです〜」
「同好会のことか」
「違います〜」
「だったらなんだ? 私が飴玉をくれるおばちゃんに見えるのか?」
「いつも、綺麗なものを見に行ってるんだよね〜?」
「なんだって?」
多々子の瞳が名花を捉えた。
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