神は夢の淵より

遂空

1話目 空から落ちて来るものは雨だけじゃない

 意識は、砕けた星屑。無限の闇の中を、緩やかに収束していく。


 私は誰だ?……星極ほしきょく。ここはどこだ?……虚空。


 記憶は途切れたテープのようで、読み取れるのは基礎的でどうでもいい断片だけ。


 彼は自らの存在を「感知」できた。だが、その存在はひどく不安定で、まるで風の前の灯火だ。いつでも消え去り、この永遠の静寂に還ってしまいそうだった。


 彼は目覚めようとしていた。長すぎて計算すらできない眠りの後で。


 しかし、散り散りになった意識を束ね終えるよりも早く、既知のいかなる物理法則をも超越した、恐るべき衝撃が何の前触れもなく襲いかかった!


 それは音でも光でもない。純粋で、あまりに横暴な「抹消」という概念そのもの。


 理解不能な偉大な力が、宇宙サイズの津波のように虚無の果てから押し寄せ、瞬く間に彼を飲み込んだ。


「ぐっ……!」


 鈍い声が、彼の意識の核で爆ぜた。


 まるで魂がごっそりと抉り取られたような感覚!


 激痛に、かろうじて形を保っていた意識体はさらに砕け散り、完全な崩壊の瀬戸際にあった。


 ダメだ……死ぬ。いや、「消える」。


 強烈な生存本能が、意識の核だけは消させまいと必死に繋ぎ止める。


 この消えゆく意識を繋ぎ止める「器」を、「錨」を見つけなければならない!


 その時。光さえ存在しないはずの虚無の中で、彼は信じがたいものを「視た」。


 一体の死体。


 奇妙な服をまとった人間の死体が、静かにすぐそこを漂っていた。


 あらゆるものを引き裂く衝撃の余波の中、この脆い炭素の身体は、なぜか傷一つなく保たれている。


 なぜこの死体がここに?――考えている暇はなかった。


 これは絶望の中に見つけた、たった一つの箱舟だった。


「お前に決めた!」


 星極は残った意識のすべてを注ぎ込み、なりふり構わずその冷たい身体へと流れ込んだ!


 意識と肉体が繋がった瞬間、かつてない束縛感が伝わってくる。


 だがその直後、久しぶりの「安定」が訪れた。


 彼は成功したのだ。


「まだ、足りない……」


 星極の意識が肉体の主導権を握る。だが、この身体の元の姿は彼の好みではなかった。


 彼の意志が流れると、心臓の位置から幽玄な青い光が放たれ、全身を包み込む。


 死体の顔、体型、髪の色……そのすべてが光の中で激しく組み替えられ、上書きされていく。


 骨がきしみ、筋肉が躍動する。


 わずか数呼吸の間に、無名の男の死体は、星極の記憶の奥底にある最も馴染み深い姿へと変わっていた。――輝く金髪、秀麗な顔立ち、そしてしなやかな長身。


 彼が、生き返った。


 星極は頭を振り、この新しい身体と、激痛でぼやけた感覚に慣れようとした。


 先ほどの覚醒と衝撃で、「感覚器官」は分厚いすりガラス越しのように、何もかもが不鮮明だった。


 その時、前方の濃い霧の中に、奇妙な人影が立っているのを「視た」。


 あの衝撃の源か? それともこの死体の関係者か?


 星極はまだ慣れない身体を引きずり、よろめきながら前に進む。相手の姿を確かめようと口を開いた。


「君は誰だ? さっきの……」


 言い終わる前に、ぼんやりとした人影がゆっくりとこちらを向いた。


 天上的で、どこか慈悲深い女性の声が、直接脳内に響いてくる。


「私のために泣かないで。誰かに憐れまれるほどの価値はありません」

「すべてが取り返しがつかなくなった時、あなたが世界の真理を見つけられますように」


 それだけを言うと、人影はぴくりとも動かなくなった。


 星極は眉をひそめ、さらに問いただそうとする。だが、突然足元が崩れるのを感じた。


 彼の足場となっていた、意識が作り出した「実在平面」が、まるで絨毯を引き抜かれたかのように、一瞬で消え去ったのだ!


「おい……!」


 無重力感。星極は底の見えない暗黒の深淵へと、まっさかさまに墜ちていく。


 視界が引き裂かれ、無限の光と情報の奔流が再び彼を飲み込んだ。


「なんてこった、またかよぉぉぉぉっ!!」


 既視感に満ちた、雰囲気を台無しにする叫び声と共に、彼はある種の「膜」を突き抜けた。


 騒がしい風の音、灼熱の空気、眩しい太陽の光……すべてが、途方もなくリアルになった。


 星極が勢いよく目を開けると、目に飛び込んできたのは、急速に近づいてくる、生命力あふれる緑の惑星だった。


 そして彼自身は、顔面から落下するという標準的な姿勢で、この惑星に向かって完璧な自由落下運動をしていた。


「待て待て待て!!! 記憶が曖昧なやつの頭の中で意味深なこと言って、そのまま空に放り出すなよな!!」


 星極は自分の脳が焼き切れそうになるのを感じた。――物理的な意味で。


 空気との激しい摩擦で、背中にはすでに灼熱痛が走っている。


「向きを変えて、翼を広げろ…って、俺は人間の身体で翼なんてねえよ! この急ごしらえの身体なんだぞ!」


 彼は手足をばたつかせたが、この身体に鳥の羽一本すら生えていないことに絶望した。


 高次元生命体としての威厳も優雅さも見る影もない。


 今の彼は、高度一万メートルから投げ落とされたただのレンガだった。


 絶望の中、彼は雲を突き抜けた。


 視界が一気に開ける。だが、目に映った光景に彼の思考は再びフリーズした。


 砂漠も、荒野もない。


 眼下には、言葉では形容しがたいほど壮大な巨大都市が広がっていた。


 無数の金属光沢を放つ摩天楼が天を突き、それらは光の回廊で結ばれている。


 さらに遠くには、想像を絶する巨大な樹が、天蓋のように都市の中心を覆い、心安らぐ生命の息吹を放っていた。


 テクノロジーと自然が、奇妙な形で共存している。


 星極がその衝撃的な光景から我に返る前に、冷たく、感情のない機械合成音が、突如として周囲に響き渡った。


【未確認・超高速実体の領空侵入を検知。脅威レベル:不明。予測される衝突により甚大な被害が発生する見込み】

【「天穹」第一級防衛プロトコルを起動】


 その声が終わるや否や。


 都市に隠されていた数十の発射サイロが音もなく開き、次の瞬間、長い尾を引くミサイル群が、怒れる蜂のように轟音を立てて天に昇り、空中で致命的な弧を描きながら、落下してくる小さな人影に狙いを定めた。


 星極は空中で必死に首をひねり、自分に向かってくる鉄の「歓迎部隊」を見て、これまでで最も凄まじい絶叫を上げた。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 次の瞬間、ミサイルが彼を粉々にする直前、目も眩むような、宇宙の始まりを思わせる光が、その脆い身体から滲み出た。


 それは無数の、幽玄な青い炎。まるで星空そのものを宿したかのような炎だった。


 星極の表情が驚愕から、諦めと覇気が入り混じった静けさへと変わる。


「こうなったら」


 と彼は咳払いし、まだ馴染まない身体を動かした。


「こっちも遠慮なく、規格外(チート)な能力(ちから)を使わせてもらうぜ」


 彼は手をこすり合わせた。


「星火よ、燃えろ!」


 刹那、幽玄な青い星空の炎が、目覚めた古代の竜のように、彼を中心に轟然と爆発した!


 空全体が深い星空の幕で覆われ、無数の星々がきらめき、流れていく。


 飛来したミサイル群はその「星空」に突っ込むと、まるで泥沼に捕らわれたように速度を落とした。


 続いて、星火が生命を持つ蔓のように優しく各ミサイルに絡みつき、そして……「燃やし」始めた。


 爆発も、轟音もない。


 頑丈な金属の弾頭も、複雑な回路も、荒れ狂うエネルギーも、きらめく星火に舐められると音もなく原子レベルで分解され、虚無へと還っていく。


 都市一つを壊滅させるほどの飽和攻撃が、かくして盛大で静謐な花火ショーへと変わった。


 星極はゆっくりと息を吐き、身体が空っぽになるのを感じた。


 彼は下を向き、自分が救った都市を鑑賞しようとして……。


 そして、固まった。


 下方には、壮大な都市も巨大な樹もない。


 ただ、見渡す限りの、黄金色の……砂漠が広がっていた。


「おっと」


 星極は意味不明の感嘆詞を漏らすのがやっとだった。


 次の瞬間、彼は標準的な顔面ブレーキの姿勢で、砂地へと重々しく叩きつけられた。


 ドンーーーッ!!!!


 鈍い轟音と共に衝撃波が走り、数十メートルの砂の壁を巻き上げる。


 数キロ離れた場所で、枯れ木の上で何かを記録していた金髪の女性が、突然の振動によろめいた。


 彼女は勢いよく頭を上げ、遠くに立ち上る砂塵を見つめる。そのエメラルドの瞳は、信じられないといった驚きに満ちていた。


 彼女はすぐに落ちたノートを拾い、素早く書きつける。


神黙しんもく二百九十一年、ようやく『人』に会えた! ……もっとも、その着陸方法は、あまりスマートなものではなかったけれど」

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