1-4

「ひの六、ひの六、あった、ここだ。ありがとうね、マリモ君」


まりもじゃねぇ!


今ナスターシャがいった場所は一番左奥の館の三階、資料室みたいな場所なので、席も人も少ない、あったのはずらりと並んでいる本棚だけ。本棚は天井まで続く、その上の本棚もびっしりと詰まっている。


「これは面白そうだ」


ナスターシャは見上げて、タイトルを読む。


「よし、これを読もう」


手を伸ばす、しかし全然届かない、本はかなり上の方に置いている。

ナスターシャは左右を確認、梯子を探しているみたい。


「ええ?梯子はないの?魔法を使わないと、取れないの?」


いや、単にお主が低すぎるだけ。


「仕方ない、この魔法ならうまくいけるはず」


手を本の方向に伸ばした。


「ラオベン、ファレン!」


一冊の本が、ふわりと少し浮いた後、急に重力の支配下に戻り、落ちていく。同じ棚にある本は、運動会の銃声でも聞いたかのように、一斉に飛び降りた。一冊、二冊、最初に落ちた本を中心に、まるで滝のように、書籍たちがどんどん降ってくる。真下にいるナスターシャは、襲ってくる本の攻撃から逃す為、鞄で頭を庇って走ったが、廊下が完全に塞がれたので、逃げ場がない。


「いった、いった、いたぃぃぃぃ」


数秒後、革と紙の雨は遂に止んだ。


「何の騒ぎじゃ!」


どうやらナスターシャが開いた演奏会を聞いて、抗議しに来た人らしい。

声を聞け、急いで本の山から頭を出すナスターシャ、目先にいったのは、何処かでみたことがあるシルクハット。


「あああ、またお前か、」

「あああ、今朝露天カフェにいた老紳士」


お互い指で指す。


「な、お前、わしの事を知らないのか?まぁ、いい、わしはこの図書館の館長じゃ。そして、君の…」

「館、館長さん?す、すみませんでした、本を取りたいだけです、片つけますから」

人の話を最後まで聞け!

「あ、いや、」


老紳士は何かを察したようだ。


「まあいい、君が片つけるならいいや、任せたぞ、シュメリング君」

「はい、あ、あれ?何故僕の名前を?」


ナスターシャは彼の背中を見つめる。


「しかも露天カフェ以外でも何処かで見た事があるな、一体誰だろう?」


お主が彼の話の腰を折れなかったなら、分かるよ。


「しかし、これはどうしよう」


傍にある、書籍の小山を見て、ナスターシャは嘆く。


「少しずつ棚に戻るしかないな」


手近の本から拾い始める、時々好奇心で内容を確認して、満足したら、まだ作業に戻る。


突然、手が止まり、ナスターシャの視線は一冊の本に向かった。それは、緋色の表紙がルビー、エメラルト、サファイアみたいな宝石の装飾が施され、さらに箔押しで、魔方陣みたいな幾何模様を描いている本である。


「これ、何処かで似ている物を見た事あるような」


神秘なオーラに惹かれて、ナスターシャはその本を取る。


「タイトルが、ない」


あらゆる箇所をチェックし、タイトルが見つけない。


「うわぁ、何これ?」


本を開く、ナスターシャの目に映るのは、おたまじゃくしみたいにぐにゃぐにゃした文字、開いたページに万遍なく書かれている。


「外国の文字?でも、外国の書籍なら、専用の置き場があるじゃないの?」


しばらく考えたら、ナスターシャは本を別の場所に置く。


「後でこれを借りよう、今はこの大惨事を片つけるのは先だ」


と、彼女がそう言った瞬間、床に散らばる書冊は、命が吹き込まれたように、自ら本棚に登って、定位置に戻って行く。


「あ、あれ?あ、待て、それは後で見るから」


困惑の中、さっき見つけた不思議な本も、戻ろうとしている。ナスターシャは慌てて、そいつを掴む。


「ふふん、逃がさないよ」


何故か得意げな顔をしているナスターシャ。


「でも、何故本は自動に棚に戻っただろう、自動修復機能でもあったの?」


周りを見ても、特に変わった物はない。


「まあ、いいか、これでこの本を読めるね。辞書エリアに行こう、場所を教えてね、マリモ君。」


軽快なステップを踏んで、ナスターシャは次の目的地に向かった。


辞書エリア。


「えっと、アルベロ語、グライフ語、イボール語、ヒルシュ語、大体これぐらいかな」


四冊の辞書が高く積む、それを持っているナスターシャは殆ど前が見えない。


「お、おもいぃぃ」


蛇行しながら、ようやくテーブルに辿り着き、ドーンと本を下ろす。


「よーし、調べるぞい」


それは古いだぞ。


「先ずアルベロ語から、アルベロで確か、この国の北にあるよな」


アルベロは北極圏にいる為、終年寒い国であり。その国の文字は、どちらかというと、肉球スタンプみたいな形、ナスターシャが探している物ではないぞ。


「これは可愛いけど、違うな」


かわいい?それが?


「しかもこのアルベロ語、僕の記憶が正しいなら、アブギダ系?の文字らしいね。このアブギダ系の文字の特徴は、例えば日本語のか行、この系統なら、かの文字に装飾を加えて、き、く、け、こになる。この文字も、肉球の周りに色々な物を付けているから、多分そうだ」


何を言っているのはさっぱり分からないぞ。


「次はグライフ語だな、」


グライフはベルトゥルフの西にいる、砂漠の国。


「うわぁ、これ、どう見てもヒエログリフだろう、これも違うね」


そのヒエログリフに呼ばれたグライフ語は、鳥の絵と足跡の絵で文字を表している、そんなに似ているかい?


「うん~もしかして、」


ナスターシャは迅速に残りの二つを閲覧、沢山の円で組み合わせた文字と木の枝みたいの文字が一瞬だけ目に入る。


「やはりどちらでも当てはまらないな、それもそうか、この国の歴史関連の本棚で置いている本だから、他国語で解読出来る可能性がないよな」


力が抜いて、ナスターシャは顔を本に埋める。


「だとしたら、これは一体?」

「その本、この館内では、古文書で呼ばれている」


顔を上げると、館長が傍に立っている、立派な口髭を手で伸びながら答えた。


「はっ!館長さん?あ、あの、散らばした本はもう…」

「知っている、ご苦労だな」

「でも、それは僕が片つけたじゃなくて、本が自動に戻っただけですよ」

「まぁ、不思議な事は偶に起きるからな、」

「それはという…」


館長は手を上げてナスターシャを止めた、同時に髭は巻き尺みたいに自動にくるくると戻った。


「それより、その本、実はとある有名な魔法使いが残した物、まあ、内容に関しては未だに誰でも解読できないからな」


それを聞いて、急にナスターシャの目はキラキラ光っている。


(つまり、解読出来れば、強い魔法が使えるじゃない?)


「どうした?気になることでもあったか?」

「館長さん、これ、借りられるの?」

「別に構わないか、君はそれを読めるかい?」

「読めない、でも試したいです」

「そうか、ははっ、それは期待できるぞ。借りるなら、一応手続きを済ませて行けよ。」


愉快そうに、館長はエントランスの方へ向かった。


「期、期待?館長さんは一体何者なの?」


館長じゃ、いや、怒るな、我は凄く言いたいが、今は敢えて言わない、そなたたちはいずれ分かるさ、いずれな。


カーンコーンキーンコーン、巨大な時計塔から正時を伝える鐘の音が響く。


「やばい、もう七時だ、はやく帰れないと」


急いで五冊の本を閉じ、そのすべてを積み上げ、両手で持ち上げる。

本はどれも分厚いので、ナスターシャの視線がほぼ遮られ、そのせいで彼女は通りかかる茶髪の男に気づかなかった。


バサッ、バサッ、バサッ。


回転の勢いでナスターシャはその男とぶつかり、両方が持っている本が全て地面に落ちる。


「あ、ごめんなさい、本のせいで周りを見えなかった、本当にごめんなさい」


また他人に迷惑をかけたと思ったナスターシャはすぐペコペコっと謝る。


「いや、俺の不注意だ、まさか子供がここにいるとは、すまん」


男は本を拾いながら謝る。


「だから僕は子供じゃ…うん?」


今日二回目子供と思われて、ナスターシャはさっきのように反論したいが、その男が落とした本のタイトルを見て、言葉を呑んだ。


どれどれ、我も確認しよう。


《相手の気持ちをちゃんと理解する技術》

《苦手な人と向き合う方法》

《相手も自分も大切にする会話集》


あ、これナスターシャ絶対誤解している、相手が別にコミュ障ではないぞ。


「どうした?」


突然言葉が途切れると、男も不審を思った。


「いいえ、その、大変かもしれないけど、頑張ってください」

「お、おう、ありがとう」


突然励まされて、少し困惑しているが、男はナスターシャに感謝する。


「これで全部です、ありがとうございます」


お互いの本を拾い終え、ナスターシャは相手の分を返す。


「こちらこそ感謝する、ところで、俺個人の好奇心ですか、」


男は言いながら、辞書の一番上に置かれている古文書を取り、パラパラとベージをめくる。


「さっきこの本が地面に落ちた時、偶々このページが開かれているから見たですが、これは何の本ですか?文字は読めないが、ここに描いているのはこの国の地図らしいぞ?」

「地図?」


それを聞いて、ナスターシャはつま先立ちで覗き込む。


「本当だ、何てだろう?」


男から本を受け取り、ナスターシャは暫く考え込んでいる。


「地名も書いているらしい、あれ、もしかして、これは使えるかも」


それを言ったナスターシャは、男に会釈した後、辞書を返し、再び道しるべ精霊に道を聞き、別の場所へ進んだ、今度はこの国の地図を借りに行ったらしい。


求める物を見つけたら、ようやく帰る気になったナスターシャは、受付に向かった。


「なるほど、さっき館長さんが言った、不思議な本を借りたい女の子は君か」


職員は手続きしながら、ナスターシャに話しかける。


「しかし、何故地図も一緒に借りるのですか?君の趣味かい?」

「いや、それは、参考資料かな、うん、参考用資料」

「参考?旅でも行くの?まぁ、どうでもいいわ、はい」


彼女は二冊の本をカウンターの上に置く。


「これで完了、もう持って帰っていいよ」

「ありがとうございます」


頑張って手を伸ばして、本を取り、鞄にしまう、そしてそれを繰り返す。

ちなみにナスターシャの鞄、いや、学院の生徒の鞄には多少空間を増やす魔法が掛かれているので、見た目以上に物が入られるぞ。

そしてもう一度希望の光を見つけたナスターシャは、図書館を後にした。

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