声だけが残る
泣いて喚いてスッキリしたのかベガは、部屋を片付けて。「行こ、デネブ」と私の手を引っ張る。
いつも私たち3人が並んで観察してもらう天球場へ行くために。
私たちの他には、先程のアンタレスと他の星の子達が天球場へ集まっていた。
私とベガは毎年立っている天の川の決められた位置に立つ、そうしたらアルタイルはここへ駆けつけてくれるはずだ。
この天球場へ立ち続けるのは《夏》が終わるまでで、朝になればレポートを書いて眠り、また夜になれば天球場へ立つ、私たちの生活は夏の間で決まる。
他の子達は各々綺麗に輝く中、アンタレスの赤くてギラギラとした明かりに私たちは圧倒されていたが、今年はそれを凌ぐアルタイルの姿が見えなかった、定位置に立つベガはまた不安が高まってしまったのかソワソワとしている、私は見ていられなくてとりあえずアンタレスにちょっとごめん、アルタイル探してくると声をかけて天球場を出て、今度は西寮へ向かう。
西寮は、東寮より人が少ないからアルタイルはすぐ見つかるはずだったが。
「い、いない…………ベガが引きこもり気質で良かったけど……」ベガは機織りなどをやっていることもあるから比較的、アルタイルや私みたいに外に頻繁に出ることを苦手とするが、アルタイルに会える《夏》は違うのだ。
もう何年も前に彼女が発した、アルタイルの思い。
「あの子に会う、そう思うと私は春も秋も冬もずっと引きこもってていいって思えるの、私たちのお話の上では仕方ないことなんだけどね、でも好きだから頑張れちゃうの」
私は2人のことを見ること、励ますこと、2人のうちどちらかが欠けたら探さないといけないこと。
それしかできないけど、彼女達の関係が羨ましくもあった。
彼女と同じくらい黒い制服を探すこと、《夏の大三角》の中でも誰よりも高くて綺麗な長髪の持ち主を探すことがこんなに難しかったっけ?
私だって同じ鳥の星座なのに、アルタイルにはいつも遅れを取る。わし座だから仕方ないかと思っていたけど今回ばかりはベガが大荒れしている。早く見つけて何していたのか問いたださないと。
私は西寮の庭園へ行くと、黒い制服を身につけた綺麗なプラチナブロンドが光るのが見えた。
「アルタイルー!!!」私が叫ぶと、アルタイルは振り向く。
早く行くよ、そう声をかけたかった私の足が止まる。
彼女もまた泣いていたのだ。金色の瞳からきらきらと煌めきがこぼれ落ちる。
黒の制服にその光が反射する、私にはできない芸当だけど、見蕩れている場合じゃない。
止めた足に動け、と叩き大きな彼女の前に立って私はまた慰める。
ベガとアルタイルの違いは病む時の機嫌の違いだ、ベガは直情型で物に当たったり泣きわめいたりするがアルタイルの方が少しめんどくさいのだ。
大きい身体でさめざめと泣く、口数もあまり多くは無いため私越しでベガにどうしてこうなったかを説明しないといけない、それでベガがしょうがないなと二人で天球場へ向かう時もあればベガもアルタイルの言葉に傷ついて2人とも来ない年もあって天球場に私とアンタレスと他の子達という時もあった。
《夏》は結構天球場が忙しくなる、流星群の準備や天の川の光の調節に恒星が来る時はその準備も。
私たち3人だけが大変な訳では無いのだ、他の子達が概ねその準備をしているから、私たち等級が高い生徒はそれなりの心構えも必要なのだが。
どうしても、《逸話》に引っ張られがちでもあるのだ
アンタレスとベテル、リゲルの話も私たち3人の話も《逸話》のせいで上手くいかない時もあるのだ。
天球場で誰かが水を零せば、雨に変わるし、どんよりしている人が誰か1人いると、曇るし。
《逸話》通りを望む者もいれば、《逸話》通りを望まない者もいるから、近年のベガとアルタイル達が無事に会える確率は減ってきている。
アルタイルは小さな声で、「今年も会えない、会う資格が無いと思っていた」と私に打ち明けた。
庭園のベンチに腰掛けて彼女はまた涙をこぼす。
私は、半分やってらんないなと思いつつ彼女に「どうしたいの?ベガは天球場で待っているよ」と言うと。
弾かれたようにアルタイルは顔を上げる、「き、来てるの……?」「あの子が貴女にゾッコンなのは一番自覚してるはずなのにまだベガのことを疑うの?」「ち、違うよ、違う……」疑っている訳じゃないのと彼女はスカートを握りながら続ける。
「私たちって、明るいじゃない」「そうね」暗い庭園に私たちの光はベンチだけを包み込んでいた。
「そういう子たちって、最期はどうなるか聞いたことある?」アルタイルの困ったような金の瞳が私を捉えて離さない。
「き、いたことないわ」私が答えると、彼女はそうだよねと頷いてから口を開いた。
「何もかもを忘れて、輝きも失ってまたここを漂うみたいなの」「……」
何もかも忘れて、天球聖女学院内を彷徨いまた《逸話》持ちの星として生まれるか、名のない星に生まれ変わるかは私たちにはどうすることもできないらしい。
その話を聞いたアルタイルはベガと会えるか分からないと前後不覚に陥ってしまって天球場へ来れなかったとの事。
懐中時計を出して時間を確認すると、まだ《夜》だ。
間に合う、べそべそうじうじとしているアルタイルの手を引いて私は駆ける。
アルタイルはえ?え?と困ったような声を出しているが、私はあなたの獲物を狩るような凛々しい顔が好きだったの、同じ鳥の星座の明るい等級生としてあなたの背を追いかけて来たの。
白鳥でも、私は駆けることが出来るの。
天球場のドアを勢いよく開けると、アンタレスが駆け寄ってきて、私の影に隠れているアルタイルに怒鳴る
「アルタイル、アンタ今まで何して……」「ご、ごめんアンタレス……」「2人とも、私を間に挟んで口論しないでくれる?」私がそう言うと2人は私の傍から離れて位置へ付く道すがらアンタレスはアルタイルをどつき、それを見たベガがアンタレスを叱るそんな場面を目にした。
そうだ、《夏》の夜空はこうでなくちゃ。
アルタイルの話が本当なら、私たち3人のうち誰かがいつ欠けてもおかしくないし、《夏》の中ならアンタレスがいなくなるかもしれない、アルタイルの話には続きがあった。
「私たちはもう昔に消えていて、今残っているのは届くのが離れているから」
ベテルやアンタレスも今の姿はもう何年も前のものなのか、そう思うと私の胸もザワつく。
「あの、デネブ様」2等星の子が私に声をかける、「どうしたの?」答えると彼女は「デネブ様も位置につかなくてよろしいのですか?」と困った顔で言うから私も慌てて位置に付く。
アンタレスもアルタイルもベガも慌てて位置に付く私を笑っていた。
私は何年経っても、この中に居たい。
私だけの光を放って、観測されて、《逸話》を持つ星として、アルタイル、ベガの隣に立ち続けたい、それが叶わない恋だったとしても、ただの橋渡しだとしても私はこの2人の関係を生まれ変わっても見守り続けたい。
低い等級の子達の声で、天球場の明かりが落とされ闇が満ちる。
私たちの髪や肌、瞳が光る。
それが投影され、遠い遠い星へ届ける。
私は、ベガとアルタイルを交互に見つめる。
2人ともキョトンとしていたが、私に微笑みを返してくれた。
長い長い夏は、流星群を降らせ、天の川を明るくし
恒星の話も聞くことが出来た、今年もなんの変わりのない《夏》であった。
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