第2話 ボクレンさんの身体強化魔法スゴイです! え? おっさん生身やけど

「おつかれさん、セシリア」

「はい。薬草、ちゃんと効いたみたいでよかったです」


 ミニスの町に行った俺たちは、子供の家に薬草を届けた。

 煎じて飲ませたところ、熱は引いてなんとか峠は越えたようだ。


「で……なんでまた森に戻ってるんだっけ?」


 無事に終わって解散、と思いきや、俺たちは再び森にいた。

 セシリアが「どうしてももう一度、あの場所へ」と言い出したのだ。


 俺がセシリアと会った場所、魔物たちに襲われていた現場。

 魔物たちの死骸はすでにない。魔物は死んで一定時間がたつと、粉々になって消えるからだ。黒い粉が舞うように跡形もなく消えていくように。


 セシリアは静かに目を閉じ、胸に小さな手を当てて、なにかを祈るように呟きはじめた。


 彼女を中心として、地面に綺麗な模様が浮かび上がる。

 魔法陣ってやつか……。


 なにか魔法を使うのか? そう思って口を開こうとしたが、やめた。

 彼女の表情が息遣いが、呟く声が……真剣そのものだったからだ。



「……光よ……どうか、この地の穢れを祓いたまえ―――

 ――――――浄化ピュリフィケーション!」



 次の瞬間、地面に浮かんだ魔法陣から、淡い輝きがあふれ出す。

 淡くて白と黒がいりまじったようなまだらな光が、じわじわと広がっていく。

 なんじゃこりゃ……!


 こんなん見たことないぞ。


「くっ……やっぱり、また……」


 その光は周辺を一瞬照らすと、すぐに消えていった。


「セシリア!」

「……はい?」

「凄い魔法が使えるんだな!」


「い、いえ……あの……」


「ほら、ここの草とか、まだ光ってんぞ?」


「……失敗したんです! あんまり言わないでくださいっ、恥ずかしいです!」


 え? そうなん?


「あんなに広範囲に光るなんて、すげぇと思ったんだけどな」


 夜とか便利そうだけど。


 いったいなんの魔法なんだろうか。

 おっさんの疑問顔に気付いたくれたのか、セシリアが再び口をひらいた。


「ボクレンさん、魔物がどうやって生まれるか知ってますか?」

「え? いや、考えたこともなかったな」


 魔物―――この森にもいる異形の生物。


 通常の獣とは違い、基本的に好戦的で捕食の為というよりかは、殺しが好きな生き物といった方がしっくりくる。

 だから人間にとっては、魔物は害獣とみなされている。


「魔物は、瘴気から生まれます」

「しょうき?」

「はい、特に瘴気が多く出るのが……魔物の死骸です」

「といっても、俺が倒した魔物の死骸はもう残ってないぞ」


 そう、この世の魔物は死んで一定時間が経つと、粉々になって消える。

 まあたまに例外もいるけど。


「魔物が粉々に消えた後も、瘴気はしぶとく残るんですよ。たとえ目に見えなくても」

「ふむふむ、セシリアは物知りだな」


「ふふ、学校でいっぱい勉強してますから」


 エッヘンと胸をはるセシリア。デカいのもブルンと揺れた。


「魔物の死骸から出た瘴気がたまると、やがて新たな魔物が生まれます」

「そうなのか、ちいとも知らんかったよ。おっさん」

「だから、魔物の総数は減ることがないと言われています」


 なるほど、死んだ分だけいつかどっかで生み出されるのなら、そりゃ減らんわな。


「その他にも魔物同士で子を作ったり、時間が経つと分裂したりと、いろんなタイプの魔物が存在するので、放置しておけば増え続けるんですよ」


「てことは、いつかこの国も魔物だらけになるってことか?」


 ゾッとする想像が浮かんだ。

 うわぁ~~犬魔物程度なら何匹こようがどうにでもなるけど、おっさんの見たことも無いヤバイのはいっぱいいるだろうしなぁ……こわぁ……。



「いえ……そうはなりません……じゃなくて、させません絶対に」



 セシリアは強く首を横に振った。

 なぜだ? 彼女の教えてくれた理屈でいけば、いつかこの世は魔物まみれになるぞ。


「ならない答えは……浄化ピュリフィケーションという魔法が存在するからです。

 この魔法は、魔物が残した瘴気を綺麗にしてくれます。つまり、魔物を生み出す元を断つことが出来るんです」


「なるほど。じゃあ、その魔法を使える人がある程度綺麗にしてるから、魔物まみれにはならんってことか」


 おっさん、まだまだ知らんことが多い。

 こんなド田舎暮らしだから、世の情報なんてあまりはいってこんし。


「はい、ボクレンさんの言う通りです。ただし、この魔法を使える人は一部に限られます。そして……やっぱり私じゃダメでした……」


 なるほど、セシリアがさっき使ったのがその【浄化】という魔法か。


「やっぱ、セシリアはすげぇな」


「そんな……一度も成功したことないんですよ。今回も途中で……」


「でも、途中まではできたんだよな」

「それじゃ意味がないんです……」


 それだけでも、たいしたもんだけど。

 膝をついた彼女の瞳には、怒りにも似た悔しさと惨めさが静かに揺れている。


 うむ、悩み多き学生さんってとこか。


 にしても壁を出したり、光らせたり、俺の知らない魔法をこんな少女が使えるなんて。

 この子の通っている学校は、魔法学校とかなんだろうか。


「俺は魔法のことはさっぱりだ。でも、セシリアは将来有望にしか見えんぞ」


「……ありがとうございます。

 私、いまの学校を卒業したらいろんな場所に行って、瘴気を消したいです……魔物に大切な人を奪われるなんてことが起こらないように」


「そうか。それがセシリアの目標なんだな」


 こくりと静かに頷いたセシリア。

 田舎のおっさんに手伝えることなんか無いだろうけど、それでもなんか応援したくなる子だよ。


「ところで、ボクレンさんも魔法を使ってますよね?」

「んん? まほう?」


 え? なんのこと?


「はい、身体強化魔法です。さきほどアイアンウルフとの戦闘で、使ってたじゃないですか」

「いや、俺は魔法使えんぞ。だって魔力なんてないし」

「で、でも……魔法で身体能力を強化してないとしたら……あ、特殊な魔道具を使っているんですね!」



「いや、おっさん生身だぞ」



「――――――ええぇ! じゃあ……あれ全部、生身で戦ってたんですか!?」



「当たり前だろ。てか生身以外でどうやって戦うんだ?」


「ふ、ふつうに木刀で魔物討伐なんて……や、やっぱりこの人……」


 まってくれ、なんかおっさん若干ひかれてる?

 調子に乗りすぎて、ベラベラ話したのがまずかったのかもな。若い子にとって、普通のおっさんの話などたいして面白くも無いだろう。


「ふぅ……すいません、少し取り乱しました。それで、その……町に戻りたいのですが」

「おお、町までは送ってくよ」


「ありがとうございます。わがままにつき合わせてしまって、ごめんなさい」

「ああ、気にするな」


 セシリアを町の馬車乗り合い所まで案内することにした。これから学校のある都市に戻るらしい。


「にしても……(生身で、しかも木刀で魔物を倒せるものなんでしょうか? 教科書には書いてなかったです……もしかして見落としてたのかしら……でもでも、ほとんど暗記したはずなのにぃ)~ブツブツ」


 ヤバいな……なんかセシリアの様子がおかしい。

 ブツブツ呪文のようになんか呟いてるし……。


 おっさんトークがよほど苦痛だったとみえる。


 こりゃ、あまり余計な事をしないほうがいいな。

 そっと、町へ送り届けよう。

 いつも通りの普通な対応をすればいいんだ。うん、それがいい。









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