【完結】かわいらしいふたり

篁 しいら

かわいそうな子

『この年で入院なんて…』

『家族も忙しくて見舞いも来ないなんて』

『あまり動いたら発作でしょ?』

『この間、集中治療室に行ったんだってよ』

『その時も、来たのはおばあ様一人ですってよ?』

『まぁ……かわいそうな子ね』



かわいそうな子。

かわいそうな子。

私はかわいそうな子。



そう思っていないと、今すぐ壊れてしまうわ。

だって、だってよ?

私はずぅっと病気だもの。

お外の世界に行くには、腕にぶら下がっている紐が邪魔よ。

紐から流れてくるお薬が、私を病人と言ってるの。

ご飯を食べたあとに飲む、白色と黄色と赤色のお薬が私を眠くさせちゃうの。

お薬は邪魔、私を眠くさせるから。

私も私も、外にいる大人のように、遊んでいる子供のように、自由で飛ぶ小鳥のように。

けどだめ、私はお薬を飲んでいる「かわいそうな子」なの。

病気でずぅっとお薬を飲む、それが今の私なの。

それを変えてはいけない、変わってはいけないの。

私はとてもーー


「ねぇ、君は誰?」

私は外の窓から目を離したわ、そこには男の子がいたの。

とても元気そうな子、その証かしら。何処かに頭をぶつけたあとを示す絆創膏が貼られているわ。

とても元気な男の子なのね、私はそう思ったの。

羨ましくなんかないわ、だって私はかわいそうな子だもの。

かわいそうな子は、かわいそうな子なの。そう、大人は私を見てひそひそ話を良くするわ。

だから私は、その子をベッドから降りずに顔だけ向けてお話するの、いつものように。

「私はさち、あなたは?」

「僕はのぶみち、小2!」

年齢は私と同い年、けど彼には腕に紐がついていない。

彼と私は、別の人間なのね。

「さちちゃんも、入院しているの? これなに?」

彼は私の紐をつんつんつついた。

「お薬の落ちる紐、だから触るとお薬止まっちゃうの」

「ふーん」

彼は興味をなくしたように、紐をつんつんをやめたわ。

男の子って単純ね。


「ねー、さちちゃんはなんでベッドにいるの?」

「病気で入院しているからよ」

「そっかぁ、なら友達は?」

「いない、病気だから」

「へぇー、ならいつも一人なんだ」


彼からくる質問は、いつも私が答えている言葉で全部解答出来るわ。

だって、いつもこう答えているからこれで正解なんですもの。

人から外れた答えは出してはいけないの。

だって、私はかわいそうなーー


「僕と一緒だね!」

「……え?」


私は心の言葉を止めて聞き直したわ、びっくりしたんだもの。

目の前にいる彼が、私をおなじといったことを。

けど彼は、名前を「のぶみち」と名乗ったこの子は続けてこう言ったわ。

「僕んちはねー、ともばたらき?っていっておとーさんとおかーさんはいつもいないんだ。 学校に行けばお友達たくさんいて楽しいけど、おうちにかえったらいつも一人でご飯食べてるの。 だから、僕達一緒だね!」


そう言って「のぶみち」は、私に向けてお外にある太陽さんの様に笑顔を向けたの。

嗚呼、なんでそんなに眩しく輝く瞳で私を見つめるの?

私はかわいそうな子、なんだもの。

そんな目で見られたら、その目のキラキラに殺されてしまうわ!

そんな気持ちも知らないで、彼はまた話し出すの。


「僕たちは一緒だね、だから、新しいお友達になってよ!」


お友達。

お友達。



お友達。



頭の中で繰り返されるその言葉は、とても純粋にキラキラと私の心の真ん中を捉えたの。

それは欲しかった言葉、それは欲しかった紐。

腕についている紐よりも、そこから流れるお薬よりも、そしていつも私を眠くさせるお薬よりも。

けど、けどよ?

私は「かわいそうな子」。

「かわいそうな子」に、友達は……?


「どうしたの? いやだった?」


私を覗き込む彼の顔は、私に友達になることを拒まれそうになって泣きそうになっている彼の顔は。

とても、「かわいそうな子」だったわ。


「……いいよ、お友達になったげる」

「ほんと? やったぁ! よろしくね、さちちゃん!!」


肯定した途端に、お外のお花より咲き誇った彼の顔に私はとても同情したの。



嗚呼、かわいそうな子。



思わず微笑んでしまったわ、そして言ってしまったの。

「よろしくね、のぶみちくん」

「うん!」



嗚呼、のぶみちくんはかわいそうな子。

お父さんとお母さんと、ご飯が一緒に食べられないかわいそうな子。

お家に帰ると一人ぼっちなかわいそうな子。

そして、私とお友達になったかわいそうな子。

のぶみちくんはかわいそうな子、私もそう。

だって私達、お友達だもの。

お友達だから、これからもかわいそうな子でいようね。

ね、のぶみちくん。


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