消えたアイスと三人の証言

えいじ

犯人は誰だ

金曜日の朝、A君は共用冷蔵庫の扉を開けて、思わず声を漏らした。


「……ない」


そこにあるはずの、自分の名前を書いたアイスが消えていた。昨晩、楽しみに冷凍室に入れたばかりだったのに。


鍵のかかっていない共用冷蔵庫。

使用するのは、同じアパートの住人たち数人。

管理人は「責任は持てませんよ」と言っているだけで、防犯カメラなどもない。


冷静になって考える。

冷蔵庫の中身は深夜まで残っていた。

消えたのは、おそらく金曜の夜中から明け方までのあいだ──。


A君は、住人の中でも特に“その時間に動ける可能性のある三人”に目星をつけた。



---


一人目──隣室の受験生、H少年。


A君は以前、何度か彼と言葉を交わしたことがあった。


「母が定期的に食料を持ってきてくれるんです。基本的に外出は必要最低限にしてます」

そう話した彼は、机の上にずらりと並ぶ参考書の前で表情を崩さなかった。


「甘いものは苦手なんですよ。カレーも、絶対辛口じゃなきゃ無理ってくらいで」


それは本当だった。

A君自身、彼がレトルトの“激辛”カレーを食べていたのを目撃している。


──甘いものが苦手な彼が、アイスに手を出すだろうか?


だが、夜中でも起きていることが多いという話は聞いている。

可能性は、ゼロではない。



---


二人目──階下に住むサラリーマン、Y氏。


背筋の伸びた、見るからに鍛えられた体。

朝も夜もよく姿を見かけるが、日中はほとんど不在だ。


「平日は仕事ですが、夜はよくスーパーに寄ってから帰ってます。

運動してるんで、糖分は極力控えてるんですよ」


Y氏の冷蔵庫スペースには、茹でたブロッコリー、鶏むね肉、プロテインのパック、ゆで卵。

見た目からして、筋トレ愛好家の冷蔵庫だった。


だが、A君はひとつ気になるものを見つけた。

冷蔵庫の隅に置かれていた、「糖質オフ・アイスもどき」のパック。


甘味料が使われているが、砂糖はゼロ。

健康志向のご褒美か、それとも?


──もしかしたら、彼は時折誘惑に負けてしまう人なのかもしれない。



---


三人目──上階に住むおばあちゃん、Tさん。


杖をつきながら、ゆっくりと階段を下りてくるその姿は、住人たちの間でもおなじみだ。


「最近はねぇ、夜中に目が覚めちゃうことが多くてね……。

階段を使ってるのは、健康のためなんですよ。エレベーターは使いません」


そう笑った彼女は、まるで少女のように優しい表情を浮かべていた。


──しかしA君はふと、違和感を覚えた。


あれほどゆっくりしか歩けないはずの彼女が、深夜に一人で階段を使うのだろうか?

しかも、そのタイミングでアイスが消えている。


さらに──

彼女の部屋の前の廊下に、風に舞って落ちていたチョコレートの包み紙。


彼女は言った。


「たまに、甘いものが恋しくなるのよ。ほら、年を取るとねぇ」



---


三人の証言。

三人の部屋の様子。

三人それぞれの“動機”と“可能性”。


A君は、冷蔵庫の前で静かに目を閉じ、考える。


──この中に、たった一人だけ嘘をついている者がいる。

その“嘘”こそが、アイスを消した真犯人への道標なのだ。



---


あなたには、わかるだろうか?



---


(続く)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る