誇り高きドラゴンとして
正直自称母さんの、否、ママの話は八割方頭に入ってこなかった。
ダンジョンが地球に発生して――とか、我はここで生まれ育って――とか、お主の魂を――とか。何が何やらチンプンカンプンだ。
まあでもそんな私でも分かった事がいくつかある。
まずここは地球の、そして日本だということ。
次に私は一度死んで、この姿――ドラゴンに生まれ変わったのだということ。
ママが言うには私が死んでいる間? に日本は、というか世界は随分と変わってしまったらしい。まずダンジョンなるものができた。そして、えーっと……、ダンジョンなるものができた。兎に角ダンジョンなるものができたんだ、世界には。
で、ダンジョン内で発生? いや、生まれた? ママは私の魂を訳あって拾ったらしい。魂を拾うって何? とは思うが、そこは詳しく説明してはくれなかった。で、まあなんやかんやして私を自身の娘――ドラゴンの娘として転生させてくれたらしい。魂をどうちゃらこうちゃらしてどうのこうのと言っていたが正直私にはよく意味が分かんなかった。
まあいいや。取り敢えずママが頑張って私に二度目の人生? いや、ドラゴン生? をくれたってことだよね。サンキュー、マッマ! この恩は一生忘れないよ!
「それで我が子よ。お主は自身の前世――人間だった頃は覚えておるか?」
何処か心配そうに私に対し尋ねるママ。私はそんなママを安心させようと、敢えて元気よく答えた。
「勿論! 私の名前は
堂々と私は言い放つ。
例え生まれ変わろうが――一度死のうがそれは変わらない。断言できる。生涯、いや、死んでも変わることはない。私のひめへの愛は無限大なんだ。
この言葉はママに対し言ったというより、自身に対して言ったと言った方が正しいかもしれない。
「そうか。それだけ分かっていれば十分だ。これで安心して我は逝ける」
ママは私に対し慈愛の眼差しを向けた後、天を仰ぐ。そんなママに対し、私は話を聞いてからずっと疑問に思っていたことを口にした。
「ママ。ママはどうして死んじゃうのさ? 病気?」
そう。私が分からない中でも分かったことの内の一つ。それは、ママはもうすぐ死んでしまうということ。
「我は病気などではない。我はドラゴン故、病気なぞにはかからぬ」
私の憶測をママは即座に否定する。否定されたことで私は余計分からなくなってしまった。
「じゃあどうして死んじゃうのさ」
少し語気が強くなりながらもそうママに対し尋ねる私。だがしかし、これは許してほしい。私からしたら恩人……じゃなかった、恩ドラゴンの死がかかっているんだ。例え私じゃなくても、誰しもこうなってしまうと思う。
何故死ぬのかという私の問いに対し、少しの間考える素振りを見せた後、ママはこう答えた。
「そうさなぁ。我はもう、疲れた。生きるのに疲れたのだ」
生きるのに疲れた? だから死ぬの? それって、それってつまり――。
「自殺ってこと?」
私の結論的な小さなつぶやきを聞き取ったママは、私にこう返してきた。
「そうとも言う」
私の言葉を即座に肯定するママ。ママは目を瞑りながら静かに頷いた。
死が待ち受けているというのに、そうとは思えないぐらい落ち着いているママ。そんなママに対して私は怒りを覚えた。今も腸がぐつぐつと煮えくり返っているのを感じる。
「どうして?」
ああ駄目だ。怒りが、怒りが抑えられない。
「どうしてママ! そんな理由じゃ私納得できないよ! 私はママに死んでほしくない!」
これは私の心からの叫びだ。生きるのに疲れた? だから死ぬ? そんな、そんなのってないよ!
私を置いて行かないでよ、ママ。
「泣くな、我が子よ」
そう言われて私は気が付いた。私の目には今、涙がたまっている。頬に涙が伝っているのを肌で感じた。私は今、泣いている。
「我はな、死が怖い」
泣いている私をあやすように、ママは語り始めた。
「我はな、身近で起きたことは何となく感じることができる。感じてしまうと言った方が正しいやもしれぬ」
ママはそこで一呼吸置く。
「今日も、そして昨日も誰かが死んだ。そのまた前も誰かが死んだのを我は全て感じ取っておる。それは魔物かもしれぬし、人間やもしれぬ」
ママは「はぁ」とため息をついた。
「ここはダンジョン内部。死が身近にあるのは当たり前だ。その当たり前に、我は耐え切れんのだ」
ママの話が一区切りついたところで私は「じゃあ」と口を開いた。
「じゃあ地上に出ればいいじゃん! 私元人間だから美味しいものとかたくさん知ってるよ」
私の発言に対し、ママは首を横に振る。
「我も昔、地上に希望を見出したことはある。だがこの目を通して地上を見たが、地上も同じじゃった。地上でも必ず誰かが何処かで死んでおる」
「それに」と続けるママ。
「もし我がドラゴンだと地上でバレたらどうなる? きっと人間共は我を捕え、研究と評して我を甚振り尽くすだろう。そんなリスクを背負ってまで地上に行きとうない」
どうにか、どうにかママを死なせないことはできないのか。私は無い頭を懸命に動かして考える。
「私がママを守るよ。それで誰の死も感じないところで一緒に過ごそう?」
「ね?」と。どうにかしてこの頑固ママの心を動かそうと私は必死に言葉を綴った。だがしかし、ママはまたしても首を横に振る。
「お主にそこまでしてもらう義理はない」
「あるよ!」
「……何故?」
「だって家族だもん」
その言葉を聞いた瞬間、ママの眉がピクリと動いたのを感じた。今の会話の中で、ママの琴線に触れる何かがあったらしい。
「家族。家族か。良い響きだ」
そう言い終えた後、ママの身体が光り出す。ママは改めて居住まいを正し、こういった。
「お別れの時間だ」
その言葉と、今目に映っているママの光で頭の悪い私でも分かった。分かってしまった。これはママの死の前兆だと。
そうこうしている内にママの光が段々と強くなる。
私は何も言わずママに向かって駆け出した。
はぁはぁ、上手く身体が動かせない。当たり前だ。だって私は生まれたて。走るための筋肉がまだ発達していないのだろう。
何度も転がりながらもポテポテ足でママに対し徐々に徐々に近づいて行く私。
ママはそんな私を無言で見つめていた。何を考えているかなんてさっぱり分からない。
やがて私は何度も心が折れそうになりながらも辿り着いた。今目の前にあるこれは壁ではなくママの足だ。ママの足、大きいなぁ。
私はママの足に無言でしがみつく。悲しみとか怒りとか、疑問とか愛情とかがごちゃごちゃに織り交ざって私は今自分でも、何を考えているのかさっぱり分からない。
光るママに抱きつきながら私は涙を流す。
ママは姿勢を変え、私の頭をその大きな手で優しく撫でてくれた。
「ママ?」
そう言って顔を上げると、ママは笑ってくれたように見えた。
「ふぅ」と息を吐きだすママ。その後、力強くも優しさの籠った声で私に対し、こう言った。
「我が子よ、強く生きよ。誇り高きドラゴンとして」
そう言ってママは光の粒子となって消えて行った。
それを見届けた私は今の今までママの居たところで、独り涙を流し続けるのだった。
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しばらく更新できず、申し訳ありませんでした。
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