3

 結局、30分の座禅を五分の休憩を挟んで3セットフルでやらされてしまった。


「茨木くん大丈夫?」


 疲れた茨木を涼しい顔で心配してくれる清良。

 清良の方が忍耐強く、集中力が凄まじい。ただ、茨木が集中を切らして「喝」を入れられるたび、清良も心配から集中が途切れ「喝」が入り、さらに清良を心配した茨木がまた「喝」を入れられる、という流れが何度か繰り返された。


「僕が気を散らせちゃってたよね。ごめんね」


「いえ、俺が清良さんの気を散らせてしまってましたよ。すみません」


 二人はやっと部屋に案内されて休憩できた。荷物は裂帛が置いていってくれている。


「そう言えば、みんなは?」


 清良は妖怪達の姿が見えないとキョロキョロする。


「九尾ノ峰に行ったのでしょう。裂帛と絡繰童子の故郷ですし、あそこは妖怪が力を溜めるのにうってつけですからね」


「みんなも休養しているんだね」


「ええ、あそこは俺を拾ってくれた妖狐がおさめる山なんですが、どういう訳か俺は連れて行ってくれないんですよ」


 茨木は困った様に笑いながら障子戸を開ける。心地よい風が室内に入ってきた。


「見えますか?あそこが九尾ノ峰です」


「壮大な山だね」


「ええ、登山するにはなかなか険しいですよ。ロッククライマーの聖地だとか」


「難易度の高い山なんだね」


 二人で縁側に腰掛けて、九尾ノ峰を眺めるのだった。


「茨木、清良さん、昼食ですよ」


 元真が昼食を持ってきてくれた。



「わぁ、美味しそうだね」


「今朝取れた野菜のサラダと山菜で作ったうどんです」


「自分で取ってきたの?」


「ええ、そうですよ」


「すごいね!」


 元真自ら取ってきた野菜と山菜に驚く清良だ。


「頂きます」


「頂きます」


 二人は手を合せてから食事に手をつける。



「美味しい」


「ええ、相変わらず料理の腕前は良いね」


「料理の腕前はって何ですか?」


 素直ではない言い草の茨木に、少しムッとした表情を見せる元真。


「ごゆっくりどうぞ」


 そう言って部屋を出ていく。


「兄弟みたいな間柄ってちょっと羨ましいな」 


 清良は小さく漏らす。


「そうですか?2歳しか違わないのに偉そうで……そもそも兄弟じゃありませんし、赤の他人ですよ」


「そんな風にはみえないけどね」


 やはり素直じゃない茨木。清良はフフッと笑ってしまうのだった。





 午後からはお墓参りである。茨木は水桶と手拭いを持って出た。清良も付いていく。お墓は敷地内にあるので、直ぐである。

 茨木は元住職のお墓に行くと水をかけて手拭いで墓石を拭いて綺麗にする。元々綺麗にされている元住職のお墓はこれだけで良いだろう。少しだけ生えた雑草も抜いておく。予め用意しておいた生花を花瓶に入れて蝋燭に火をつけて、線香をあげると手を合わせた。

 次はおばあちゃんのお墓だ。


「さっきのは茨木くんを育ててくれた住職さんのお墓でしょう?こっちは誰のお墓なの?」


 生花を持ってくれている清良は、何の気なしに茨木に尋ねる。


「こっちは良く寺に顔を見せてくれていたおばあちゃんのお墓です。先祖代々ですね。おばあちゃんで最後だったようで、身寄りもなく……」


 それなりに元真が手入れしているであろうが、手が届かないのだろう。雑草もけっこう生えてしまっているし、墓石も汚れてしまっていた。

 雑草を抜く茨木に、清良も手伝った。二人で墓石を拭いて綺麗にした。花瓶に生花をいけて、蝋燭に火を灯し、線香をたく。

 そして手を合わせた。


「おばあちゃんは茨木くんにありがとうと言っているよ」


「え?」


 清良の言葉に聞き返してしまう茨木。


「おばあちゃん成仏出来てませんか?」


「ううん、成仏してるよ。でも茨木くんにお礼が言いたかったみたいで、言葉の欠片を残して行ったみたいだね」


「おばあちゃん、お礼が言いたかったのは俺なのに……」


 思わず涙が溢れる茨木。清良は背中を擦る。

 何があったのか分からないが、茨木にとっておばあちゃんは大事な人だったことは分かる。

 清良は茨木が落ち着くまでずっと背中を撫でてあげた。







 夕食も終え、布団を敷いた二人は電気を消す。


「ねぇ、茨木くんてさ、好きな人いるの?」


「何ですか急に!?」


 茨木の方を向いたと思ったら小声で聞いてくる清良。


「居ませんよ」


「付き合ってる人は?」


「居ません」


「今まで何人と付き合った?」


「0人ですよ!」


「えーー!?」


 何で急に恋バナをはじめたんだと、茨木は顔を赤くする。


「こういうのってさ、修学旅行みたいじゃない?」


 フフッと笑う清良。


「修学旅行経験してないので解らないです」


「僕もさ、実は修学旅行ちゃんとやってないの。仕事でお泊りは無理だったし、1日目の午前中だけとか、そんな感じだったかな」


「そうなんですね」


 清良は一体、何歳からアイドルをしているんだろうか。レッスンとか、小さい頃から受けていたのかもしれない。


「じゃあ、清良さんは今、好きな人とか居るんですか?」


「僕も居ない。中学校とか高校の時は同級生の女の子と付き合ったりしたんだけどね、僕が忙しくていつも自然消滅してた」


「本当に仕事忙しかったんですね」


「うん、なかなか友達も作れなくてさ、僕、クラスじゃあ浮いてたし」


「なんか、俺達、結構似た者同士じゃないですか?」


「類友ってやつ?」


「清良さんと類友とは思えませんけどね」


 思わず顔を合わせて笑ってしまう茨木と清良であった。


「こら!!いつまで起きてるんですか!!早く寝なさい!!!」


 声が聞こえたらしく、元真の怒鳴り声が聞こえる。


「はーい、ごめんなさーい!」


「直ぐに寝まーす」


 二人で返事をし、また視線を合わせて笑った。


「修学旅行で先生に怒られるやつだ」


「寝ましょう。元真に殴られかねない」


「はーい」


 茨木と清良は、シーと言って布団に潜るのだった。

 その夜、清良は久しぶりに、心ゆくまで安らかな眠りにつくことができた。 


 


 翌朝。

 起きた清良は庭園で、そっと歌を口ずさむ。

 それは、誰に聞かせるためでもない、彼自身の心のための歌だった。澄み切った歌声は、山間の空気に溶け込み、遠くまで響き渡っていくのだった。

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